『ハリー・クバート事件』
(2012/橘明美訳、東京創元社、2014.7.31)

『忘却の声』
『北京から来た男』と、
このところ憑かれたように
東京創元社から出ている
上下二冊本を読んでますが
今回のは
これまで読んできた中でも
最高の出来映えでした。

上下二冊で
総ページ数が800ページにもなろうか
という本を
まさに寝食を忘れる勢いで
読み終えました。

(実際のところは昨晩、
 切りのいいとこまで読んでから
 食べて寝てますけどw)


アメリカの地方の小村で
33年前に行方不明になった少女の
白骨化した死体が発見されます。

死体は、村に住む小説家
ハリー・クバートの
自宅の庭に埋められていました。

少女を殺した容疑で逮捕され
起訴されることになった
クバートの無実を晴らすため、
大学時代にハリーの教えを受け
小説家としてデビューし
ベストセラー作家となっていた
マーカス・ゴールドマンが
事件の調査に乗り出す……
というお話です。


物語の構成そのものは
アガサ・クリスティーが得意とした
回想の殺人 retrospective murder です。

それにクバートと少女との恋愛が絡み
さらに、小説家の師弟の物語や
ひとつの小説が書かれるまで、
売り出されるまでの背景が絡んで
興味が尽きない物語になっています。

特にこういう、
小説を書くことをめぐる物語、
小説についての小説
という構成には
猫に鰹節状態になってしまう人間にとっては
たまらない面白さですね。

そこらへんは
『二流小説家』
初めて読み終わったときの気分に
似ているかもしれません。


構成も面白い。

失踪事件のさわりが掲げられ
プロローグが示された後
第一部の最初に来るのが
第31章だったりします。

そこからひとつずつ
数が減っていく形で章が進み
エピローグの後には
あるものと、献辞が掲げられるのですが
そのあるものを見た時
師弟関係の物語が完結し
深い感動に包まれると同時に
最後の献辞を読んで
ひとつの本が完成したという
深い充実感を味わうことになります。

各章の扉には
クバートがマーカスに述べた
小説家の心得の条が引用されていて
それが時にはその章の中身と
関係を持つこともあるあたりは
実に稚気に溢れており、洒落ています。


もちろん、
ミステリとしての出来も上々で
第二部でいったん調査を終え
事件を基にしたマーカスの小説が
出版されてからの
怒濤の展開には脱帽でした。

それまでの章で描かれ
言及されたことが
新しい事実によって
まったく違った相貌を見せるあたり
優れた本格ミステリを
読んでいるかのようでした。


そして
回想の殺人パターンだけが出せる効果、
事件が起きた瞬間に向かって
すべての出来事が集約していき
逃れられない悲劇だった
という印象を抱かせる劇的効果は抜群で
真相の意外性もさることながら
深い悲しみに包まれたことでした。

そしてすべてが明らかになった後の
もうひとつの事柄をめぐる真相については
もう、ねえ……! としか
いいようがない。


これは、アメリカを舞台にしながら
スイス人の作家が
フランス語で書いた長編小説の
2作目だだそうで
作者はミステリのプロパー作家ではなく
いわゆる普通小説の作家、
純文学の作家だそうです。

そういう作家が
ミステリ・プロパーの作家でも
めったに書けないような傑作を書いてしまい
フランスの高校生が選ぶ
高校生ゴングール賞というものを
とってしまうのだから
ただただ、感嘆する他ありません。

題材からして
シリアスなタッチで統一されるべき
だと思うんですが
事件のムードとは異なる
ユーモラスなやりとりが書き込まれていて
(特にマーカスと母親のやりとりが面白い)
読んでいて、何か妙な気分になりますが
訳者のあとがきによれば
これを読んだ文芸編集者の勧めで
そういう統一感のない感じがするところも
直さずそのまま出すことにしたらしい。

そういう破天荒なところ
妙に計算されつくしていないところも
あるいは『二流小説家』に
似ているかもしれません。


これは超おススメ。

本年度のミステリ系ベストテンに
登場、間違いなしの秀作!

だと、個人的には思います。


こういう作品に出会えると
小説を読んでてほんとに良かったなあと
つくづく思える、
そんな1冊でした。

ま、実質的には2冊ですけどね(笑)


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