
(1942/越前敏弥訳、創元推理文庫、2009.3.27)
検死審問(インクェスト)というのは
被害者の死因を法的に確定する制度で、
検死官が6人の陪審員を召喚して開かれます。
本書はアメリカの地方都市
というより田舎を舞台にしていて、
当地の検死官がやりたい放題、
陪審員が言いたい放題するドタバタの内に
事件の手がかりが隠されており、
最後に意外な真相が判明する
というユーモア・ミステリです。
前作『検死審問—インクェスト—』(1940)は、
はるか昔、新潮文庫で出ていた訳で読んでいます。
そのときはあまり面白くなかったんですが、
去年、創元推理文庫から
新訳が出ており(→)

必要があって
再読してみると、
これが無類に面白い。
翻訳小説は
訳文によって印象が変わる
ということの
良い例かと思いますが、
特にユーモアものは
新しい訳で読んだ方が
楽しめることが多いですね。
右のオビに
「乱歩」とあるのは、
江戸川乱歩のことです。
蛇足ながら、念のため。
『検死審問ふたたび』は題名通り、
前作とほぼ同じメンバーが登場します。
舞台となる小村トーントンに越してきた作家が、
火事を起こして焼死してしまいます。
その死因をめぐる審問なのですが、
ネタ自体はありきたりなので、
ミステリを読み慣れた方なら、
真相に気づくのではないでしょうか。
ただ、前作同様、
ユーモアたっぷりの書きっぷりで、
奇人変人の語りを読んでいるだけでも楽しい。
ちょっとやりすぎなんじゃないか、
というくらいに遊んでます。
陪審員の一人で、元学校教師の
イングリスの暴走ぶりは、
読者を選ぶかもしれませんが、
読みごたえありますよ。
最後になって、検死官が
一人語りで謎ときをするのですが
(記録のために速記者に語るという体裁)、
むちゃくちゃやっているように見えて、
陪審員にちゃんと
全ての手がかりを示していたことを
いちいち挙げていきます。
読者一人一人が陪審員になって
審問に臨んでいたかのような、
あるいは審問の記録を読んでいたかのような
効果も出ているわけで、
要は最後になって、
いわゆるフェアな謎ときミステリが
立ち現れてくるわけですね。
法廷ものに似たような構成ですが、
まともな法廷ものではありません。
昔、前作を読んで、面白くなかったのは、
まともな法廷ものだと
誤解していたからでしょうか。
2作ともオススメですが、
発表順に読むと、なお楽しめるでしょう。
以下おまけ
てか、今回は
これが一番いいたかったことかも(藁
268ページの女性証人の語りの中に、
前夫と牛乳風呂の話をしているとき
「アンナ・ヘルドを思い出すなあ!」
と夫が言った、という箇所があります。
「二十世紀前半に初頭したミュージカル女優」
と訳註にありますが、これ、例の舞台
『ムーラン・ドゥ・ラ・ギャレット』に出てきた
アンナ・ヘルトのことですね。
英語読みだと「ヘルド」でもいいんでしょう。
舞台を観てる人なら、
こんなところに出てきたかと
ニヤリと笑える箇所なわけです。