暫くして家盛のもとに、頼長からの使いが寄こされ、昇進の祝いに杯を酌み交わしたいと呼び出しがかかった、これが何を意味しているか、家盛には分かっていた。先の宴にて交わされた密約、それを果たしに来いと言っているのである。


「祝いの席と・・・な・・。直ぐに参るとお伝えくだされ。」


俯き加減に憂いを落とした表情で答える家盛を、家貞は不安な面持ちで見送った。まさかとは思うが、頼長の別の顔を漏れ聞いて来ていた。有利に事を進めるためには、情事さえも政局に利用すると、その触手に家盛が捕まったのではないかと心配をしていた。しかし、そうであったとしても、もはや、逃れることすら出来ない。摂関家と繋がりを持つということは、綺麗ごとだけではすまぬのだ。


「犬と蔑んでいたというのに、どういった心づもりなのじゃろうか・・。」


家盛を見送りつつ、家貞は呟いた。


「平 家盛、内大臣様のお招きに応じて参りました。」


「おお、家盛か、待ちかねたぞ。まずは、そなたの昇進に杯を交わそうではないか。」


宴の用意でもしてあるのかと思えば、頼長の屋敷の一室で、二人で酒を酌み交わすように準備されていたのだ、そのような席に呼ばれたことのない家盛は、体を固くして座っていた。そんな家盛の様子を、含み笑いをしながらあやすように声をかけ、家盛の横に頼長は座った。


「そう、固くなられることもあるまい。従四位右馬頭への昇進、真にめでたい。そなたに吾が与えたのじゃ。そなたにはその資質が備われておる。平家の棟梁はそなたが継ぐことになるであろう。吾がいくらでも後押しをしようぞ。しかし・・。清盛と比ぶれば、そなたはなんと品が良いのであろう。」


「内大臣様、なんともったいないお言葉を。」


もともと酒には強い方でない家盛は、酒を口にしているうちに朦朧として来ていた、この酒はいつも自分が口にしているものと違い、甘く飲みやすい。また、頼長に勧められれば、断ることもかなわい、杯を重ねるうちに頭の中もぼんやりとして来ていた。そんな家盛の様子を稀代の色男と呼ばれる頼長の裏の顔が、妖艶な笑みを浮かべながら家盛を眺めていた。


「物分かりの良い弟としてこのまま嫡男でもない兄に従うのは辛いであろう。吾とそなたは似た者同士じゃ。吾の兄は出来そこないじゃ。そなたの兄も出来そこないじゃ。まして、そなたの兄は血の繋がらぬ者。真の平家の棟梁は家盛・・そなたじゃ・・・。」


耳元でそう囁く頼長の声が、家盛の心の中を見透かしているかのようだった。グルグルと頭の中を頼長の言葉が周り始めた。


「真の平家の嫡男が棟梁になってなにが悪いであろうか・・・。清盛など、取るに足らぬ。吾が叶えてやろう。そして、吾と共に歩んで行こうぞ。この腐れ切った世を、煌びやかで華のあった時代に戻すのじゃ。それには平家の力が吾には必要じゃ・・・・。」


そう言いながら、家盛を腕の中に引き寄せて、そして、押し倒していく、既に腕に力の入らない家盛は、頼長に押し倒されるがままになった。頼長の、生暖かい唇が、家盛の首筋に当てられている。ゆっくりと首筋から胸元にかけて手を這わして衣の中に差し入れてくる。肌の感触を確かめるかのような動きに、嫌悪を感じはするが、その動きは女子を愛でる時のような動きであったがためか、その触れてくる感覚にいつの間にか絡め取られ、抵抗しようという気さえも起こらない、そんな家盛を見透かしたように頼長は、口に含んだ酒を、家盛の口の中に注ぎ込む。そうかと思えば、触れるか触れないような接吻をしてくる。なだめるように、誘うように家盛を翻弄してくる。
女子を抱くとしても、このように焦らすようなことは家盛はしたことがない。頼長の策にまんまと嵌ってしまい、今は、頼長の与える刺激を求めて、自らも積極的に応え始めていた。


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