「四郎殿何を呆けておるのだ!!刀を構えられい!!」


その声に我に返った四郎は、近くに転がっていた自分の刀の柄を握り、胸の前に構えた。目の前の敵は、生捕ることを忘れたかのように四郎に向かって刃を向け始めた。無我夢中で刀を振っていた。人肉を切り裂く手ごたえが手に伝わり、顔や衣服にその返り血が降りかかる。異様な興奮の中、敵襲を退けることが出来た。

敵が慌てて逃げ出す様を目で追いながら、ヘタヘタとその場に座り込んでしまった。礫が当たった足から、ズキズキとした痛みが走り始めた骨には異常がないようだが、力の抜けた身体を支えるにはその傷は支障となっていた。そんな時貞の側に、慌てて駆け寄ってくる運之丞と、竹筒を手にしながら、渋い表情で覗き込む佐々木がいた。


「四郎殿・・。やはり、狙われておりましたか。」


「四郎様、お怪我は・・・。ああ!!やはり礫が当たっておられたのですね。早く屋敷に帰りましょう。」


運之丞は、佐々木の助っ人には感謝してはいたが、このあやしき男から早く時貞を離したく、礼すら忘れてその場から離れようと四郎の肩を担ごうとしていた。そんな運之丞を諌めるように、


「運之丞。佐々木様に失礼ではないか。私たちの窮地を助けて頂いたのだぞ、まずはお礼を申さずして武士と言えようか。佐々木様、危うきところ助に入っていただき、誠にありがたく、心よりお礼を申し上げまする。あと少しで、私は人買いに連れ去られたことでしょう。自身の未熟さを情けなく思うております。」


四郎は深々と頭を下げ、佐々木に礼を申した。運之丞も四郎に諭されたことで、渋々といえども、佐々木に礼を告げた。
運之丞の不貞腐れたような顔を見ながら、佐々木は半ば挑発をするように運之丞に話しかけた。


「くくく、運之丞殿、儂は四郎殿を連れ去るとでも思うたか?そのようなことなぞせんぞ。なにやら道場で吹きこまれてこられたようじゃ。もしや、先ほどの野盗どもは儂の差し金と思うておるのではないのか?そのようなことなど、儂がしようか。腕ずくで連れて行くのならあ奴らのような下衆など使わずとも儂一人で行うわ。」


先ほどの体たらくを見られてしまえば、今の言葉はあながち間違いはない、自分一人では、この佐々木から時貞を守り通すことなど不可能、しかし、納得がいかない。


「な、ならばなぜ絶妙な時を図ったように姿を現されたのか?そこが解せぬのです。」


運之丞が佐々木に詰め寄った。


「なぁに、道場帰りにちょっくら寄った茶店の中で、この先で人狩りをすると算段しておる奴らがおってな、非番といえど儂は奉行所の者じゃ、捨て置くわけにもいかぬであろう、その者達をつけておったところお主たちがお襲われているところに出くわしたというわけじゃ。算段しておった者たちは、狩られた人間を運ぶ役割なのだろう。頃合いを図ってこの場に来たようじゃ。その者は、その先で叩きのめしてきておるがな。」


血で汚れた刀を手ぬぐいで拭いながら、事の次第を淡々と話す。この話を聞くだけなら、佐々木には四郎を襲う気がなかったと考えられた。
だが、狙われていたと先ほど口走ったはずだと運之丞は思いだし、


「四郎様が狙われていると先ほど言われたことにはお答えいただいておりませぬが、なぜ、四郎様が狙われていたのでございましょうか?」


その言葉に、鼻で笑って少し冷たい視線で、その視線には何か含むようなそんな感じを漂わせながら


「わからぬわけがなかろう。四郎殿の美貌は、我が国の者ならず、他国の者も欲しいということじゃ。今回の話しのなかに伴天連が欲しがっている美少年という言葉が入ってたのでな。この長崎で美少年とうたわれる者はそうはおるまい。ましてや、この近辺となれば当然であろう。これで儂の疑いは晴れたかの?運之丞殿?」


嫌味と年長者の威圧も含め運之丞に答えた。ここまで言われて何も否定することが出来なくなった運之丞が押し黙ってしまった。

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