「四郎様、先ほどの稽古相手の佐々木様の事で、道場の者から聞きつけたのですが、なにやらよからぬ噂があるようです。その・・・」


そこで言いよどんでしまった、どう伝えればよいものかと思案していると、時貞が澄ました顔で


「若い男が好きなのであろう?そのようなこと、父上から聞いておって知っておるわ。」


「では、狙われていることを知っての?」


「むろん、それくらいの事わかっておった、儂のこの美しい顔に、あの男が目を付けぬわけがなかろう!」


運之丞の顔を見てニッと悪戯な顔で笑って見せた。ふてぶてしいくらいの言葉でも、時貞は許されるくらいの美貌の持ち主なのだ。


「し、しかし、それがわかっていて、なぜゆえに??まさか、四郎様も・・」


「たわけたこと申すな!!あんな男、儂の趣味ではない!!運之丞ぐらい整った顔の男じゃなきゃ男になびくか。なんてな、ここだけの話じゃ、もっと近こう寄れ、あの者の従事ておる部署がの、キリシタン狩りの先鋒になってるはずなのじゃ。父上が奉行所を休みの時など、儂が何とかあの男から情報を引き出せぬかと思うてな。」


「そんなこと、お父上様が許すわけがないではないですか!!わかっておられますか?身体が無事なことなど・・・。」


その先を運之丞が言おうとすると、時貞が口を塞いで、


「儂は、ゼウス様の為に御身を差し出すだけじゃ。それだけじゃ。運之丞、気づいておらぬのか?囲まれた。」


さらに小さな声でそう言うと、小脇に携えた太刀の柄に手を添え、いつでも抜ける準備をしながら前に向かって道を歩いた、目の前に差し掛かる林に入ったところで、前方からと、後方から人が飛び出してきた、間髪入れず二人して刀を抜いて背中合わせに自分たちを囲む人間に刃先を向けた。ジリジリと間合いを詰めてくる敵にいつ切りかかるか間合いを計っていた。


「四郎様この者たちは?」


「多分、人買いに雇われた人さらいであろう。」


この時代、人買いにさらわれることは多々あった。特に女子供などは狙われていることが多く、また、美しい男も高く売れると狙われる傾向にあった。四郎の美しさならば、喉から手が出るほど欲しいと思うものがいてもおかしくはない。一緒にいる運之丞とて、整った顔立ちであることに間違いはないのだ。若くて美しい女や男には買い手が高値で取引してくれる、その魅力に人さらい達は憑りつかれ、武士の子であろうとも、隙あらば狙いかっさらって行くのである。ましてやここは長崎、他国の船に乗せることなどたやすいのだ。


ひゅんひゅんと礫(つぶて)を挟んだ紐の音がする、そして短剣や木刀をかまえた男どもが行く手を阻んだ、ピンっと張った異様な緊張が吹き矢の攻撃で破られた、時貞の鼻先を吹き矢が飛んで行った。吹き矢には眠り薬が仕込まれている。相手から金品を奪うときは毒を、人さらいの時はなるべく傷をつけずにさらっていくためにも、吹き矢で確実に狙って眠らせる方法が一番なのだ。吹き矢を吹く前の呼吸を入れる音を、時貞は聞き逃さず、その攻撃をすんでで交わしたのだ。


「チッ」


舌打ちの音と同時に数人が木刀で殴りかかってきた、刺し傷をなるべく付けないための作戦なのだろう、そのくらいならば剣の腕を磨いている二人にはいとも簡単によけられるが、相手は人数が多い、いくら鍛えていると言えども何度も打ち据えてくる相手に息が上がる、多勢に無勢、そして、手練れと思われるこの野盗どもの攻撃を残念なことに実践経験のない二人の剣術ぐらいでは、傷を付けるが精一杯で一人も殺すことすら出来ずにいた。
狙い定めた礫(つぶて)が四郎の足元に当たり足がよろけた、敵はその瞬間を逃さず四郎に向かって木刀が振り下ろされてきた、運之丞も一人にかかりきりで四郎の助にまわれない、もうダメだと覚悟したその時に当たるはずの木刀が目の前に落ちてきた。


見上げると自分を狙っていた男の眼が見開ていた、次の瞬間その男が崩れ落ちてきた。


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