天皇家は皇太子家と男子(悠仁)をもった秋篠宮家が対立して、天皇と皇后陛下(美智子妃殿下)が苦慮していると良く女性週刊誌に取り上げられるそうです。

これは一説によると(真偽のほどは確認できませんが、皇宮警察から)美智子妃殿下は、長い天皇家の歴史の中で公家の藤原氏の娘(そうでない場合は一旦藤原氏の養子に入ってから)以外の出身は、初めて平成天皇自ら選ばれた女性です。

従って藤原氏から妃に推薦された二人の女性がいましたが、この関係からも美智子妃の一挙手、一頭足に渡り非難の対象になり、昭和天皇の香淳皇后からも冷たい目で見られたと言われて、皇太子妃雅子様同様に初めごろは精神的に不安になり、那須の御用邸でしばらく静養されたこと、近年では声が出ない失語症になったことなど一般平民出身というだけで、皇居内の差別に合い、最初に生まれた徳仁親王殿下(

現皇太子)は美智子妃殿下の側で養育すると言う伝統を破って、新しい天皇家に風穴を開けられました。この様な状況は逐一皇太子は実の母の苦労を知っているために、自分のお妃選びでも母同様に一般平民(これを言うこと自体が差別)から雅子様を選んで一生お守りしますと宣言して妃とした。将来の天皇と皇后陛下になられるために、何につけても批判の的に晒されたことは多くの国民の知るところです。

一方で、二男の秋篠宮文仁殿下は姿かたち、風貌から、どうも本当の御兄弟では無いのではないかと昔から言われてきた経緯があります。歯に衣を着せぬ兄皇太子に対して批判をすることや性的にふしだらなところがあって、昭和天皇の喪が明ける前に、紀子妃殿下と結納をされる(一般人でも避けること)という問題児であること(一説によると独身時代にナマズの研究で、タイの女性との関係で外交問題にまで発展)が、どうも美智子妃殿下の実子では無いのではと言われてきた所以なのでしょうか。そして男子が誕生したので、兄皇太子よりも将来の天皇に近づいたことが、この兄弟関係を皇位継承問題(これは歴史を変えてきた大問題でもある)からぎくしゃくとした関係になっているように見られますが、どうなんでしょうか。