読んだ本

終わらない原発事故と「日本病」
柳田邦男
新潮社
2013年12月

ひとこと感想

さまざまな偽装事件や交通機関などの深刻な事故など、さまざまな例と比較しながら、社会問題の視点から原発事故をとらえて、人のいのちを大切にするということを見失っているものとし、それを「日本病」という言葉でまとめている。こうした傾向性についての議論はもちろん大切だが、ただしここでは原発事故に固有の問題の姿が見えなくなってしまうのが惜しい。

***

本書はあくまでも「中間報告」とまえがきに記している。実際には新聞や雑誌などに書いた文章を編纂したものである。

こういう場合、やっつけ仕事で本を刊行する人(たち)も世の中にはいるが、柳田はさすがに、しっかりとしていた。

原発事故を中心としながらもほかの事故や事件を総称して「日本病」がはびこっているとまとめている。

「この10年ほどの期間に災害や事故の取材をしていて次第に痛感するようになったのは、人間の命を守るべき社会システムが、行政においても企業においても、病んでいるということだった。」(4ページ)

柳田の視点は明解である。

「原発は社会システムであり、その安全性を確認するには、地域の住民による被害を受ける側の目線で、安全対策は万全かどうかを逆照射することが不可欠だ。そして、政権が仮にも原発をエネルギー政策の必要から再稼働させるなり推進しようとするなら、地域や住民の安全対策に関して不完全な点や整備に何年もかかる点については、その具体的なリスク情報をすべて開示するとともに、予想される大混乱についても名明示し、それでも住民が稼働や推進に「イエス」と言うのかどうかを調査すべきだ。」(43ページ)

本書の論考のなかでは特に「吉田所長の死闘が訴えるもの」(2013年9月)がもっとも読み応えがあった。

吉田昌郎元所長の事故当時の行動については、手放しで褒め称えるもの、逆にその問題点をあげつらうもの、と評価大きく分かれている。

その両方を読めば、それなりに全体像がつかめるが、一方だけを読んでいると、まるで無敵のヒーローのように扱ってしまうか、それとも、まるで能力のない悪人に仕立て上げるか、いずれかになってしまいがちである。

このあたり、柳田はとても公平に彼のことをみつめていると思う。

吉田はもちろん、自分が現場にあって最善を尽くすべく努力したという自負はあるが、いくつかの「失敗」があったことも、率直に認めている。

それなりに知られているかもしれないが、いちおう整理しておく。

1 1号機破綻の致命的なきっかけ
緊急時の原子炉冷却装置であるIC(非常用復水器)の弁が電源停止とともに自動的に「閉」の状態になり、正常に作動しないことに6時間も気づかなかった

2 1号機の注水の遅れ
ICが作動しているという前提をとったため、消防車による注入の実施が遅れた

3 3号機の炉心損傷のきっかけ
唯一生き残っていたバッテリーによってHPCI(高圧注水系)を作動させていたのだが、代替注水の準備がないにもかかわらず、バッテリーの枯渇をおそれ停止させた。その後バッテリーが枯渇し、HPCIは再起動しなくなり、冷却水注入まで6時間もの空白をつくった

4 3号機のトラブルにたいする組織内連絡の不徹底
3の操作については担当部長や所長が知らないところで行われていた。つまり現場の判断で勝手に行われた

このように吉田個人の失敗だけでなく組織としての失敗も含まれているが、これらの問題点は各種機器の連携に関する設計や緊急時の操作について、改善的として挙げなければならない。

…と書くとどうしても吉田(ら)の当時の行動に対して批判もしくは懐疑的な目を向けざるをえなくなる。

特に、似たような状況にありながら危機回避した福島第二の増田所長との対比がしばしば行われる。

これに対して柳田は、以下の点についての福島第一と第二の状況の違いを忘れてはならないことを強調する。第二には以下のような違いがあった。

1)外部電源は生きていた
2)中央制御室の照明も計器盤の表示も生きていた
3)4基は型式がほぼ同じ
4)各号機の情報共有がうまくできた

1)から3)はシステム上の問題であるとして、4)については、福島第一でうまくいかなかった理由は何であろうか。この点については本書では柳田はそれ以上追及していない。

ただ、1点だけ、システムや機器などの対策はいくらしたとしても欠かせてはならないものとして、吉田や増田のような「人間」を挙げている。

「原発事故が発生した時に事態の悪化を防ぐには、原発の現場に原発のシステムや事故対処の方法に精通し、刻々と変化する事態への適切な対処法を冷静に実践することのできる指揮官が絶対に必要なのだ」(70ページ)

時に人材育成や人材確保は話題にされることはあるが、実際のところそうした人材を配置している、というような証明というようなものは、おそらく「官僚文化」にすぐわないのであろうか。

もっとも大事なところであるはずだ。



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