読んだ本
放射線防護の基礎 第3版
辻元忠、草間朋子
日刊工業新聞社
2001年3月
(1989年4月初版、1992年4月第2版)

ひとこと感想
とても中立的に書かれていて、良い教科書だと思う。欲を言えば、もう少し社会文化的な背景や意味づけについてもふれてほしかった。

***

本書の「第3版」は、国内で、ICRPの1999年勧告を受けて法令が改正されたのを受けて内容を「全面的に改訂」したものである。

目次構成も少し変更が加えられている。

目次構成は、以下のとおり。

1 放射線防護の歴史
 そのまま

2 放射線利用の歴史
 新たに追加された

3 放射線防護の基本的考え方
 第2版では第2章だった
 第2版の「3 放射線防護に関連した組織」は削除

4 放射線防護に用いられる線量
 
第2版では「放射線防護に用いられる線量と単位」だった

5 放射線防護のための測定
 
新たに追加された

6 放射線の健康影響
 第2版では「
6 放射線影響に関する基礎」だった
 第2版の「
7 放射線被ばくの形式」もここに含まれる

7 
放射線防護の基準
 
第2版では「5 放射線防護基準」だった

8 放射線防護の手段
 そのまま

 放射線作業者に対する健康管理
 第2版では第9章だった

10 原子力・放射線施設の事故と緊急時対応
 第2版では「
12 放射線事故時の措置」だった
 第2版「9 放射線の管理計測」「10 放射線防護のためのモニタリング」を含む

11 
放射性廃棄物の処理・処分
 第2版では第13章だった

12 放射線防護に関連した法令
 新たに追加された

13 放射線に関する教育・訓練
 新たに追加された

 (第2版「
14 放射線リスクに対する受容の判断」は削除)

***

まず目につくのが、新たに加わった「
放射線利用の歴史」で、さまざまな分野で放射線が利用されていることを示したあと、「原子力エネルギーの利用」という項目がある。

ここでの記述表現が興味深い。

まず、戦後冷戦下における米ソの核競争を次のように書いている。

「核実験による環境破壊を引き起こし世界的な関心事となった。」(20ページ)

また、平和的利用としての原発については、次のように表現されている。

「核兵器より転換した技術で危険がつきまとうものと考えられ、そのためはじめから安全第一で進められ、二重、三重の安全装置が施され、たとえミスを起こしても大事故とならないように、技術の開発が行われている。」(同)

上記は、いわば、通常の「無難」な説明であるが、このあと、各国が盛んに運転を行ってきたため、次々と原発が増えて行ったあとについては、次のように述べられている。

「あまりにも急激に増設されるようになったので、最近では市民との共生が難しくなり、原子力発電に対する反対運動が生じ、世界的に原子力発電所の停止の動きまで生じ始めている。」(同)

確かに米国などでは、NIMBYとまで揶揄され、各地で反対運動があったことはよく知られている。

しかし、近隣住民との「共生」が困難になっていた「原因」を、急激な建造とみなすのは、はたして正しいであろうか。

急増したことよりも、チェルノブイリ原発やTMI、JCOなどの事故、ならびに、情報公開の不透明性によって、不信感が増したからではないのか。

少なくとも、国内においては、増えた原発はほとんど同じ場所で建てられているので、少なくともこの説明だけでは不十分であろう。

***

3章にある、「放射線防護」の大前提について述べられている箇所は、やはり、ピックアップしておきたい。

まず、低線量被曝の害は、医学的にも生物学的にも判然とはしてない。

一方、自然放射線を含め、私たちは日常的に低線量の放射線被曝をし続けている。

「低線量の放射線被ばくでも人体に有害な影響があるものと仮定して、放射線防護の基本的な考え方を組み立てることにしている。」(25ページ)

人工的な放射線は、マイナス面があることを前提としているが、同時に、プラス面もあると考えているので、利用されている。

なお、以前より気になっていたのだが、人間以外の生物に対する影響については、これまでは(ICRPは)、人間が安全であれば他の生物も安全であるという前提をとってきたという。

「この点についての科学的な検討が、現在ICRPで行われている。」(26ページ)

この件、今後も注目してみたい。

***

第6章の「放射線の健康被害」について、その歴史的変遷がまとめられている。

1 ~20世紀前半
・放射線取扱者
・鉱山労働者
・女工(時計盤の蛍光塗料塗り)

2 20世紀中頃
・放射線取扱者
・放射線治療患者

3 20世紀中頃~
・放射線取扱者
・トロトラスト投与患者
・放射線診断、治療患者
・原爆被爆者

なぜ「3」に、原発事故(特にチェルノブイリ)被害者が含まれていないのだろうか。

この点、十分に「改訂」されていないように思われる。

なお。同じ章の後半である、「放射線誘発ガンに関する疫学調査」の一覧には「原子力施設の作業者」が「職業被ばく」の例として挙げられているし、また、、「チェルノブイリ原子力発電所の事故」ならびに「マーシャル諸島フォールアウト」は「環境汚染による被ばく」として、「テチャ河汚染」と並んで記載されている。

***

低線量被曝に対しては、三つの仮説があると、まとめられている。

1)閾線量は存在しない
2)統計的な閾線量を参考にし、それ以下の線量では影響が発生しない
3)適応応答があり、低い線量の場合は、ホルミシス効果がある

前述したように、放射線防護の立場は、あくまでも1)を採用する。

2)と3)については、次のように述べている。

放射線によって損傷を受けた細胞のすべてが修復、回復されるという保障がなければ放射線誘発ガン、および遺伝的影響に対してしきい線量の存在、あるいは、適応の応答があるという仮定を採ることはできない。」(109-110ページ)

さまざまな調査や研究は行われているが。、2001年の段階では、次のように結論づけられている。

「いずれの調査・研究の場合も低線量・低線量率被ばくによるヒトの放射線影響について、科学的な信憑性をもって結論を出すまでには至っていない。」(110ページ)

問題は、2001年以降の研究調査結果であるが、これも、いずれは、確認しておきたい。

こうした「教科書」的な書籍による記述は、一定程度以上に、その学問界の共通見解をふまえていると考えるのが妥当である。

それゆえ、できることなら、本書の「第4版」の刊行を望みたいところである。



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