今回は、下記の本の第3章について。

読んだ本

放射線災害と向き合って 福島に生きる医療者からのメッセージ
福島県立医科大学附属病院被ばく医療班 編
(現 放射線災害医療センター)
ライフサイエンス出版
2013年5月

原発事故に対する論議のなかでも、もっとも見解が分かれるのが、(急性ではない)放射線の健康リスクについて、である。

先に結論を書いてしまうが、これまで、1,000冊ほど関連書を読んできた経験から言えば、はっきりしたことは、言えないのである。

「はっきりしていない」というのは、「ない」ということでも「ある」ということでもない。

実際に被害が出ている人もいる、が、出ていない人もいる。

まったく健康への影響がない、というもの誤りであり、かつ、常に有意な影響がある、というのも正しくないのである。

こうした、言い方をすると、「中途半端」「分かりにくい」「誤魔化している」「情報を隠している」「陰謀だ」といったような見方をする人もいる。

その気持ちも分からないわけではないが、放射線に関する研究は、何もかも、「原子力ムラ」によってコントロールされていると考えるのは、ちょっと行きすぎである。

世の中で起こっているさまざまな事象を一元化、単純化させてしまう「
ユダヤ陰謀説」と同じようなものになってしまう。

確かに、「放射線防護学」の専門家、と名乗っている人のなかには、かなり風変りな人もいるので、そういう人の見解をテレビやYouTube、本などで知ると、「?」がつくことはある。

それぞれの専門家は、あくまでも、その領域における立場を表明している場合が多く、専門家だから「正しい」とか、その領域の見解を代弁している、と思ってはならないのである。

だが、たとえば本書のように、医学系の専門家が放射線にたいして下している判断は、そのまま私たちの「健康」にかかわるものであり、もっとも参考にすべきものであるように、私には思われる。

もちろんそれは、医者だから信用できる、と言おうとしているのではない。

もっとも自分の健康と近いところにいる専門家である医者の言うことを、まずは聴いてみるべきではないか、と言いたいのである。

***

本書の第3章では、上記のような、放射線の健康リスクを考えるにあたって、これまでの研究の蓄積から学ぼうと、特に、ヒロシマ、ナガサキ、そして、チェルノブイリを例として出している。

急性ではない場合、放射線がどのように健康に影響を及ぼすのかをとらえようとすれば、当然、長期間にわたる調査が必要となる。

それも数名の追跡ではなく、万単位の「サンプル」が望ましい。一般的に「疫学」的研究といわれているものだ。

と、考えれば、おのずと、ヒロシマ、ナガサキ、チェルノブイリの「人たち」に焦点があてられることになる。

ヒロシマ、ナガサキに関しては、放医研が長期的に追跡調査を行っている。

もちろん、放医研がその前身であるABCC以来、米国との共同機関であることから、情報が捻じ曲げられていると考える人も少なくないし、非常に残念なことに調査の開始が1950年からであり、肝心な初期5年の情報がないことも、織り込んでおかねばならない。

とはいえ、その後半世紀以上、今もなお続けられているこの調査は、世界で唯一のものであることに変わりはなく、このデータを無視することは、許されるものではない。

この結果においては、特に、癌の発症と被曝した線量とのあいだには、少なくとも100ミリシーベルト以上の場合には、はっきりとした影響があることが知られている。

だが、ここで問題とされるのは、100ミリシーベルト以下の場合である。

この場合、前述したように、発症する人もいるが、しない人もおり、相関関係が難しい。

フクシマにおいて、事故現場で働いている人たちのなかには、もちろん高線量による障害が発生している場合があるが、一般住民への放射線の影響、と言った場合、明らかに低線量における影響という、なかなか説明がつけられない部分にかかわってくる。

年齢別でみると、高線量(1シーベルト以上)の場合、20歳未満の若年層の方が、がん発症の可能性が高まっていることは明らかだが、1シーベルト以下になると、年齢によるはっきりとした差がなくなってしまう。

癌以外の疾患についても、高線量の場合は、はっきりとした影響がある、と言える。

ただし、遺伝的な影響があるかと言えば、今のところ、はっきりとした影響がある、とは言えない。

また、「精神的影響」についても、1990年代以降調べられるようになってきた。

この場合、爆心地に近いほどダメージがある、という結果が得られている。

以上が、非常に大雑把だが、本書で主に述べられている原爆による放射線被害に関する知見である。

他方、チェルノブイリの場合、ヒロシマ、ナガサキと大きく異なるのは、食べものによる内部被曝の影響である。

特にチェルノブイリのときは、事故当初、食料に対する機制がまったくなく、特に汚染された牛乳を飲んだことにより、低年齢層(特に5歳未満)において、おそらく放射性ヨウ素の影響で甲状腺癌の発症が多くみられた(事故後10年頃がピーク)。

また、ベラルーシをはじめウクライナ地方など、内陸部のこの地域は、ヨウ素摂取量がふだんから少なく、より甲状腺癌を引き起こす前提があったとされる。

言い換えれば、フクシマにおいては、線量の高さの違いもあるが、ふだんから海産物からヨウ素を多く(過剰に)摂取しているので、甲状腺癌の発症は、チェルノブイリよりも少ないであろうことが、予想される(くどいようだが、影響がない、と言い切れるものではない)。

話は戻るが、チェルノブイリ(における一般住民の健康リスク)においては、甲状腺癌のほかの病気については、今のところはっきりとした影響がある、と言えるものは現れていない。

ただし、精神的な影響については、むしろはっきりとしており、言い方を変えれば、避難生活が長引いたり、いつ病気になるか分からないといった際に生じるストレスを解消することも、大切なフォローとなってくる。


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