プラネタリウムクリエーターが下町ロケット「佃製作所」を徹底検証(前編) | 大平貴之のブログ

プラネタリウムクリエーターが下町ロケット「佃製作所」を徹底検証(前編)

皆さん、昨年末にTBS系で放送された連続ドラマ「下町ロケット」はごらんになりましたか?

技術者を主役に中小企業の奮闘を描くという異色の内容に、普段ドラマを見ない40代以上の男性の視聴者を多く集めたそうです。多くの反響を集めながら、一部では本作で描かれる佃製作所の有り方について議論も飛び交っているようです。果たしてこのような会社は実在するのか?実在するとしたらそのあり方は?
放送終了したドラマで今更感もありますが、自ら技術開発を生業とし、中小企業を経営する一人として興味が沸いたので独断と偏見で論証してみました。

1.当社と佃製作所との共通点と相違点
舞台となる佃製作所は、中小企業といっても従業員200名程。一方私の経営する大平技研(14名)に比べると1桁の規模差があります。当社は大まかなグループ分けはありますが部課は存在せず部課長といった役職もありません。それに比べると大企業には及ばずとも組織ツリーが存在しているのが見受けられます。製造業という共通点はありますが、当社の場合は研究開発や設計製造が主体ではありますが、公共施設向けやイベント向けの一品物が主です。その一方でイベント企画や公演等、表に出て直接お客様に触れる仕事も多いです。そして会社規模の割には知名度が高い。一方佃製作所はエンジンという中間製品製造に特化していて、これをある程度量産して製品メーカーに卸す業態が殆どのようです。つまり一般ユーザーに触れる機会はほとんどないものと考えられます。より町工場らしいといえるでしょう。

2.佃社長の人柄
技術者出身ならではの、良くも悪くも経営や利益よりも技術開発を優先しがちなタイプ。これは私自身含め、技術系ベンチャー経営者ではありがちなタイプだと思います。ただし阿部寛演じる佃社長は技術だけに興味を持ち対人関係を苦手とする、いわゆるオタク型というより、社員との和や団結を重視する体育会系の気質も併せ持っているようですね。研究者には比較的稀なタイプですが、技術者の中には割りとよく見かけるタイプだと思います。

3.社員に徹夜残業させる佃製作所はブラックか?
さて、この辺から本題です。劇中しばしば描かれる徹夜シーンに、ブラック企業では?との声もしばしば見かけます。しかし私は、徹夜残業=ブラックと判断するのはやや早計だと思います。何をもってブラックとするかにもよりますが、ポイントは2つです。

a)残業手当は支給されているか?
b)徹夜残業は強制か?


この2点それぞれを論証してみます。
まずa)の残業手当ですが、劇中ではこれについて全く触れられていません。ですが、劇中では社員たちの会社に対する様々な不満が描かれているので、本来出るべき手当てが支給されていなければ当然それにも言及があるはず。となると一応この問題はクリアされていると見たほうがよさそうです。

続いてb)です。劇中では、社員たちは社長に共感し自ら進んで徹夜残業を引き受けているように描かれています。なのでブラックではない・・と言い切れるかは微妙です。確かに大半は進んで徹夜しているのかもしれませんが、200名もいれば、中には不本意な者もいる可能性は決して否定できません。そして大半が進んで徹夜しているからこそ、少数派の徹夜したくない派は、それを言い出すこともできずに嫌々徹夜している可能性もありそうです。

現実の企業経営ではこれは重要なポイントです。社員の不満は常に社長や経営陣の耳に入るとは限りません。少数派だからこそ見えにくい。そして少数派だからこそ声を上げにくく、その分不満は深刻なレベルに達しやすいのです。もし、その不満がある日爆発すれば、社内の和を乱したり、最悪は行政の介入や風評などの社会的なペナルティを受ける可能性だってあります。これが会社運営の難しく恐ろしいところでもあります。

皆で目標に一丸となって進むこと自体は悪くないと私は思っています。しかし同時に、サイレントマイノリティの声にならない声をどうやって聞き分けるか?も大いに考慮すべきところなのです。

4.佃製作所の一番ヤバかった点
ドラマを見ていて、私が経営者視点で一番気になったシーンは、実は主力商品の開発を担当する真野という若手技術者に、社長の夢である水素エンジン開発を命じるシーンでした。真野は主力商品の開発で手一杯であることを理由に難色を示します。しかし佃社長ら経営陣はそれを聞き入れず、それも大事だがこっちもやれと、ほぼ一方的に水素エンジン開発を指示するのです。はっきり言ってこれはまずいです。少なくとも私の感覚ではありえない。

従業員はあらかじめ定められた業務に携わっています。それには然るべき計画も立てられているはずです。突発自体で追加業務を頼まねばならないことは、あります。そしてそれを優先しなければならない場合もあります。会社を取り巻く状況が動く以上、業務の急な変更はあって然るべきなのです。だから水素エンジン開発を指示する事自体は必ずしも間違っていません。

しかし問題は、現業との両立を無理強いしたことです。真野は闇雲に拒否しているのではなく、現業が佳境なため、両立が出来ないとアラームをたてているのです。むしろこういう時に無理だとハッキリ言ってくれる従業員のほうが稀で、大半はそれを言い出せず、問題を発生させてしまう事も少なくありません。

したがって、上司や社長は、労務状況の管理を普段から慎重に行い、もし意見を言われたならば、それは貴重なものだと受け止めて真摯に耳を傾ける必要があります。劇中であれば、少なくとも本当に両立できないかを検証した上、無理があるのなら、その解決策、例えば主力商品の開発スケジュールの見直しや新たな人員配置など、代替案を検討、提案しながら本人を説得すべきでした。
 ここで無理を通せば、本人を過重労働に追い込み、労働コンプライアンス上の問題が発生するだけではありません。現行商品か水素エンジンのいずれか、場合によっては双方の開発に問題が発生する恐れがあります。特に現行商品の品質に問題を出せば、それこそ会社を窮地に立たせかねません。しかもそれが本人の責任ではなく、経営陣の無理強いが原因においてです。こういう無理強いをすれば、言い方は悪いですが、社員は逆に、経営陣に責任を負わせながら、中途半端な仕事をする事も可能になってしまうのです。
色々な意味でこれはヤバイ、と強く思いました。

5.信じあうのがメインバンクとの関係か?
本作ではメインバンクが、理解のない薄情な存在として描かれています。佃製作所の研究開発を道楽やガラクタ呼ばわりする銀行担当者の態度は明らかに非礼かつ非常識。この点は銀行側に大いに非があります。私はこのような非礼な行員に合った事はありませんが、それほど多くの銀行と付き合った経験があるわけではないので、そういう行員がいるのかどうかも判りません。もし実在したらどうでしょうか?このような無礼な態度を取れば当然客離れを起こしますし、万一明るみになれば銀行そのものの予測しがたいイメージダウンに繋がるリスクがあるでしょう。特殊な事情でその企業との関係を切るため、わざと怒らせる戦略も論理的にはあるのかもしれませんが、いずれにしても銀行にとってリスクが高すぎるやり方だと思います。

とはいえ、形勢逆転後の佃社長の態度もまた疑問があるのです。佃社長は、良いときも悪いときも信じあっていくのがメインバンクとの関係だと説きます。しかしこれは筋違いだと私は思います なぜなら佃製作所がそうであるように、銀行もまた利益追求をする営利企業であり、当然、融資のリスク判断をする権利もあるからです。特に金融業界においては、安易に相手を信じて杜撰な審査の融資を重ねた結果、不良債権を膨らせた悪夢もあるのです。銀行が融資判断を慎重にするのは当然であり、いかなる理由でも難しいと判断されたならばそれを飲むしかない。佃社長のすべきことは、融資を見送った銀行を道義的に責めるのではなく、銀行にとって融資をするメリットを明快にプレゼンすることだったのではないでしょうか。

如何だったでしょうか?
今回はこの辺にして、残りは後編に続きます。
特許紛争のリアリティ、帝国重工・財前部長との関係、後編に登場するサヤマ製作所との関係などにメスを当てていきます。

こうご期待!