さて、光源氏亡き後、その先の『源氏物語』へ。

 

『源氏物語』第四十二帖「匂宮(におうのみや)」

 

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この帖は、こんなふうに始まります。

 

光君がお崩(かく)れになったあとに、そのすぐれた美貌を継ぐと見える人は多くの遺族の中にも求めることが困難であった。院の陛下(←冷泉院のこと。実は源氏と藤壺との子なので、源氏の血を直接受け継いでいます)はおそれ多くて数に引きたてまつるべきではない。今の帝の第三の宮(←匂宮)と、同じ六条院で成長した朱雀院の女三の宮の若君(←薫)の二人が、とりどりに美貌の名をとっておいでになって、実際すぐれた貴公子でおありになったが、光源氏がそうであったようにまばゆいほどの美男というのではないようである。

 

つまり、まあ光源氏ほどの人はそう簡単に現れるはずはないけれど、その血筋で美貌や才を引き継いでいる若者二人がいますよ、という展開ですね芽

 

ひとりは帝の第三皇子。明石の姫君が産んだ皇子ですから光源氏の孫にあたります。

もうひとりは、女三の宮が産んだ若君。表向きは光源氏の子になりますが、実際は女三の宮が柏木と密通して産んだ子です。彼は生まれつき身体に高尚な香が備わっていることから薫(かおる)と呼ばれます。それをうらやましく思う第三皇子はいつもすぐれた薫香をたきしめるようになり、匂宮(におうのみや)と称されます。

 

世間は「匂う兵部卿、薫る中将」ともてはやし、娘をもつ貴族たちはこの二人を婿に迎えたいとみな望んでいるようです。

 

与謝野晶子も次世代の二人を愛でています。

 

春の日の光の名残花ぞのに 匂ひ薫るとおもほゆるかな 晶子

 

この帖は、これまでの登場人物が今どうしているかというような状況説明も多く、まさに新時代の幕開けという感じの内容です。

 

夕霧や女三の宮、明石の姫君がそれぞれ親となって登場しているのは、ずっと物語をたどってきた者としては、なんだか感慨深い。小さい頃から見てきたけど、みんなそれなりに年をとったんだなあ・・・と(笑)。

 

さあ、ここからはまた新たに物語が展開していきますビックリマーク

 

 

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今日の『源氏物語』はあるようでない、ないようである帖とでもいうのでしょうか。

 

「雲隠(くもがくれ)」

 

本文はなく巻名だけが残っているといわれています。

 

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かきくらす涙か雲かしらねども ひかり見せねばかかぬ一章 晶子

 

 

与謝野晶子の歌、秀逸だと思います。

 

名前だけしか残っていない帖の現代語訳は、この歌一首に尽きます。

 

パンローリングから発売されている朗読『源氏物語』には、「雲隠」+与謝野晶子の歌+解説が第四十一帖「幻」のあとに収録されています。

 

手元にある『与謝野晶子訳 源氏物語』(河出書房新社)には、ここに久松潜一氏の解説が書かれていて、「おそらく本文ははじめから無かったのであろう。また雲隠れという巻名もはじめからあったかどうかは疑わしい」とあります。

 

しかし、私は巻名だけはあったのではないかと勝手に思っています。

 

紫式部は、光源氏の死を思わせる「雲隠」という言の葉だけを残し、光源氏が出家して亡くなる様子はもとより書くつもりはなかったのではないでしょうか。

 

だからこそ、前の帖「幻」の最後も源氏が出家することをにおわせながらも、淡々と終わらせたのではないかと、そんな気がするのです。

 

だってこれまで、紫式部はいつも肝心なことは書いてこなかった。

 

禁断の恋、光源氏と藤壺の密通も。

あれだけ求愛されていた玉鬘の結婚の顛末も。

浮舟の宇治川入水のことも。

 

肝心なことは書かれていないけれども、巧妙にわかるように文章や構成が練られていて、「あ、そうだったのか」と読み手をはっとさせる。そうなると、ますますドキドキしながら読んでしまう。伏線や布石を見落とさずに読まなくてはという緊張感すら生まれてきます。

 

つくづく紫式部ってすごい・・・と思う。

 

あ、研究にはいろいろあって、宇治十帖は紫式部とは違う作者だという見方もありますし、残っている写本は時代が下っているので、厳密な本文はわからないという問題もあったりしますが、いま私は紫式部がひとりですべて書いたという前提で勝手な憶測を楽しんでいますクローバー

 

というわけで、名前だけで本文がない「雲隠」は、紫式部が意図してやったことのように思っているのです。

 

 

どこまでも光り輝いていた源氏の君は、もういない。

 

 

「雲隠」という帖があるから、しかと光源氏の死を受け入れて、次の世代の物語へと進んでいくことができます。

 

 

さようなら、光源氏。

 

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今日も風が強いあせる 春三番?!ってあるのかな。

 

さて春の嵐のなか、今日の『源氏物語』は光源氏の登場が最後となる第四十一帖「幻(まぼろし)」

 

紫の上が亡くなった後の光源氏

何を見ても、誰と会っても、紫の上を思い出すばかり・・・

 

そうでしょうねぇ、やっぱり。

 

この帖を朗読していくのは、切なかったです。

 

とにかく紫の上への追慕一色。

美しい描写があってもすべては淡い墨でおおわれているような世界です。

 

いよいよ出家を決意する源氏は、紫の上の手紙も燃やしてしまいます。

 

須磨の幽居時代に方々から送られた手紙などもあるうちに、紫の女王(←紫の上)のだけは別に一束になっていた。ご自身がしてお置きになったのであるが、古い昔のことであったと前の世のことのようにお思われになりながらも、中をあけてお読みになると、今書かれたもののように、夫人の墨の跡が生き生きとしていた。これは永久に形見として見るによいものであるとおぼしめされたが、こんなものも見てならぬ身の上になろうとするのでないかと、気がおつきになって、親しい女房二、三人をお招きになって、居間の中でお破らせになった。こんな場合でなくても、亡くなった人の手紙を目に見ることは悲しいものであるのに、いっさいの感情を滅却させねばならぬ世界へ踏み入ろうとあそばす前の(←光源氏)のお心に女王の文字がどれほどはげしい悲しみをもたらしたかはご想像申し上げられることである。

 

この帖につけられた与謝野晶子の歌は、ようやく出家を目の前にした光源氏の心境なのでしょう。

 

大空の日の光さへつくる世のやうやく近きここちこそすれ 晶子

 

 

こうして近いうちに出家していくであろう源氏を描きながら、淡々とこの帖は終わります。

 

このあと、巻名だけが残る「雲隠」があって、次の帖では、時が過ぎ、源氏の子孫である薫(かおる)匂宮(におうのみや)が中心の物語となっていきます。

 

ここではまだまだ幼い二人ですけれども。

↓左は抱き上げられている薫、右は源氏のそばにいる匂宮。

 

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それにしても、これでもう光源氏が登場しないなんて・・・実感がわきません。

 

光源氏の出家と死については、次回の「雲隠」で、考えてみたいと思います。

 

 

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