40歳を前にして走り始め、還暦を過ぎて間もなく走ることを終えるまで、20年余りにわたって市民ランナーとして活動してきました。最初は1キロも走れなかったのに、いつの間にかマラソンを走り、しまいにはウルトラマラソンまで挑戦することとなりました。そんな私のランナー生活の中で、北海道マラソンとサロマ湖100キロウルトラマラソンは二大ハイライトと言えるでしょう。
北海道マラソンに初めて挑戦したのは、2003年のことでした。1999年に本格的に市民ランナーとしてデビューして5シーズン目のことでした。
当時の北海道マラソンは、参加するにも完走するにも(私には)非常に高いハードルがありました。まず参加資格です。過去2年以内のレースで、マラソン4時間以内、またはハーフマラソン1時間40分以内の記録がなければ参加できませんでした。申告した大会と記録を事務局でチェックされて、虚偽申告したものは受付してもらえないという厳しさでした。
その壁をクリアして出場できたとしても、5キロごとに厳しい関門制限時間があり、最後の40キロ関門を3時間45分以内に通過しなければなりませんでした。そのかわりここを越えてしまえば自ら諦めない限り完走が約束され、最後の2.195キロは歩いてもゴールできました。
初めて出場した2003年。エントリーの時点で、私のマラソンのベストタイムは4時間17分台でした。でもハーフマラソンで1時間36分台と37分台の記録があり、このタイムで参加資格を得ることができました。もっともこの2つの記録。ひとつは距離が短いという疑惑のあった大会(非公認の大会ではままあることです)と、下りワンウェイで自己ベストより10分速く走れるという評判だった大会です。
北海道マラソンの厳しさというのは、参加資格や関門ばかりではありません。むしろ一番きついのは暑さです。8月の最終日曜日に行われる大会ですが、夏のピークは過ぎた時期(北海道はお盆を過ぎると涼しくなります)にもかかわらず、毎年のように30度を超えていました。加えてこの頃は、スタート時刻が昼の12時でした。一番暑い時間帯に走らなければなりません。
走ったことのある方はおわかりと思いますが、暑い中での長距離走というのは大変な苦行です。ですから当時の北海道マラソンは、マラソンを3時間40分以内で走れる力がないと完走できないと言われていました。
そこにいわくつきのハーフマラソンでようやく資格を取れた私が参加するというのは、参加したという思い出作りと思われても仕方のないような状況でした。
私自身、まったく自信はありませんでした。30キロ関門、いや、25キロ関門まで行けたらいいかな、くらいに思っていました。ところが走友の一人が、
「おがまんさんなら大丈夫。絶対に完走できます」
と言ってくれたのです。そう言われると、なんとなくそんな気になってしまいました(なんて単純な奴!)。
いったい彼はどんな根拠があってそんなことを言ったのでしょう。きっと根拠なんてなかったと思います(笑)。ただ走る前から関門をゴールにしていたら、走れるものも走れなくなる、ということを私に教えてくれたのだと思います。彼は素晴らしきモチベーターでした。
その頃はただでさえ暑さが苦手であり、30度を超える中でマラソンを走るということに、恐怖を抱いていました。だけどそんな意識を変えてくれたのも、モチベーターの彼です。
「こんな真夏に走れるマラソンは北海道マラソンだけですよ。暑いからこそ北海道マラソンなんです。暑い北海道マラソンを楽しみましょう」
またしても単純な私はその言葉を素直に受け入れました。以来私は、常に「暑いからこそ北海道マラソン」とつぶやくようになりました。
しかし楽しむためには暑さを克服しなければなりません。どのように克服するか、いろいろ考えて試行錯誤しました。
真っ先に却下したのは、暑い中で走ることです。北海道マラソンが行われるような時間帯に走ってみましたが、疲労が蓄積するばかりで走力が身につくとはとても思えませんでした。こんな中で走り続けていたら、本番前に疲弊してしまう。そう思い、走るのは夕方の涼しくなってからにしました。
じゃ暑さに体を慣らすにはどうしたらいいのだろうか。いろいろ考えました。そしてたどり着いた結論は、炎天下を歩くことです。
人間の体は、暑いときには汗をかいて気化熱を奪われることで体表を冷却します。暑いときに水をかけながら走るのも、水で冷やすというより気化熱が奪われて冷えることを期待してのものです。つまり暑さに強い体というのは、汗をかける体だ。そういう結論にたどり着きました。そのために普段から汗腺が働く体を作り出さねばなりません。そのため天気のいい昼休みは外に出て散歩しました。さらにエアコンが効いて快適な環境には身を置かないようにしました。車のエアコンもかけず、窓を開けて走りました。
そうしたことを続けたおかげで、北海道マラソンを迎えるころには、上手に汗をかける体が出来上がっていました。
迎えた北海道マラソン当日。やはりこの年もコース上は30度を超える炎天下でした。最初はすっかり雰囲気に飲まれていましたが、5キロくらい走ったところでふと我に返り、この晴れの舞台を楽しもうという気持ちになれました。おかげでそのあとはゴールまで、笑顔のままで走りきれたのです。
そのときは知りませんでしたが、私がとった方法は暑熱順化にあたるようです。知らずにたどり着いたこの暑熱順化と、モチベーターの彼からもらった暑いからこそ北海道マラソンという言葉。そのおかげで、走り終えた時の私は、「俺は真夏のレースは得意だ」と灼熱無双の状態になっていました。
この時のタイムは、3時間50分18秒。これを含めて北海道マラソンを12回完走しましたが、この記録を抜くことはついにできませんでした(笑)。