2年前のリベンジを~決意 | 神社仏閣旅歩き そして時には食べ歩き

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還暦を過ぎて体にトラブルが出始めて、ランニングを楽しめなくなりました。近ごろはウォーキングに軸足を移して道内の神社仏閣を巡り、御朱印を拝受したり霊場巡礼を楽しんでいます。いつかは四国八十八ヶ所巡礼や熊野詣をすることが夢です。by おがまん@小笠原章仁

 すぐ前にはgenさんがいる。そしてその先にはこうめさん らしき姿も見えてきた。後半になって知っている人の姿が近づいてくると、だんだん元気が出てくる。残り10kmあまり。ここからロングスパートを決めれば、まだ自己ベストも可能かもしれない。よし!ここは勝負だ!私はトップギアに入れた。


こうめさんをつんつん  genさんとともにこうめさん に追いつき、後ろから「つん、つん」と声をかける。フルマラソンの30km過ぎで、frunのB会員(自己ベスト(または直近のタイム?)が3時間30分~3時間59分59秒までのメンバー)が3人揃うというのは、昨年のつくばマラソン でむぎさん、いっしーさん(正確には、この時点ではまだB会員になっていなかったようだ)と一緒になって以来のこと。すっかり戦闘モードになった私はそのまま一気に2人を置き去りにした(つもりだった)。


 32km地点の通過タイムが2時間56分14秒。残り10.195kmを53分ちょっとで走ると3時間50分を切れる。キロ5分20秒でギリギリか?30kmからの2kmを10分40秒ちょうどできているから、このペースを持続できればいけるかも。伊達ハーフ でも同じような状況で、(私としては)驚異的なスピードで駆け抜けたことを思えば、大丈夫!34kmまでの2kmも10分42秒でカバーした私は、徐々に自己ベストを確信し始めていた。


 自己ベストもさることながら、フルマラソンで後半のラップの方が良かったというレースは、これまで1度しか経験していない。2003年の旭川マラソン北海道マラソンで奇跡の完走 をした次のフルマラソンだったレース。北海道マラソンを完走したことがフロックでないことを自分に対して証明するために、気合いを入れて臨んだレースだった。他のレースではどうしても終盤で失速してしまうことが多かった。


 同じ楽走メンバーの磯ピーを交わし、昨年はこのあたりで交わされたchecheさんを逆に交わし、快調に自己ベストに向けて疾走していたはずだった・・・。


 ・・・あいつがやってきた。


 だいたいにおいて、私が調子に乗るとろくなことがない。自分では変わらず疾走していたつもりだが、数字はシビアである。34kmから35kmまでの1kmのラップ。5分37秒を刻んでいた。


 ペースが落ちていることを象徴するかのように、引き離したつもりのgenさんに追いつかれた。これでgenさんに抜かれるのは、今日何度目だろう?いかに私のペースが安定していないかを物語っている。こうなってくると、こうめさん のつんつん返しも恐ろしい・・・。


 35kmの通過タイムは3時間12分33秒。この間の5kmは26分59秒と26分台を記録しているが、このペースダウンは・・・。そう、2年前も私を奈落の底に突き落とした洞爺湖の女神。あいつが今年も虎視眈々と私を狙っていたことに気づいていなかったのだ。


 35kmの給水所。ここも虻田高校の元気な生徒たちがてきぱきと動き、元気な声で私たちランナーに声援を送ってくれている。私は水を2つ受け取り、1つは口に含み、もう1つは両膝にかけた。右だけではなく、左の膝にも痛みを感じ始めている。


 genさんの姿は徐々に遠ざかっていく。ここまではgenさんに抜かれても、なんとか見失わずについていこうと思い、追いかけることができた。しかしもはや気持ちはあっても足がついて行かなくなっている。


 36kmの通過タイムは3時間18分30秒。この間の1kmは5分57秒と、6分を切るのがやっとだった。集中力が途切れかかり、こうなると膝の痛さも余計に感じてしまう。このままじゃ2年前と同じだ。失速する地点がちょっと先に延びただけで、あとはやっとの思いで体を前に運ぶしかできなくなる。前に進むという強い気持ちも失ってしまい、ただ惰性で足を前に送るのみになってしまう。


 ここまでなのか?俺の粘りはここまでなのか?


 空耳だろうか?誰かの声が遠くから聞こえてくる。甲高い声が・・・。


 「あと5kmです!頑張ってください!」


 幻聴?いや違う。確かに聞こえている。しかしどこから?この先、コースは右にカーブを描いている。その先は見えなくなっているが、まさかあんな遠くから聞こえているのか?


 「もうちょっとです!頑張ってください!」


 間違いない。確かにその先から聞こえている。カーブの先に37.5kmのスポンジポイントがあるんだ。2年前、今にも止まりそうな私の背中を思いっきり押してくれたのと同じ声援がここにはあった。2年前、感謝の気持ちが全身からあふれていながら、お礼の言葉すら一言も発せなくなっていて悔しい思いをしたあの日。あの日の悔しさをようやく晴らすことができる。2年前、洞爺湖の女神にかけられた呪いが、今、解けようとしている。


 カーブを右に曲がった。


 「あと5kmです!頑張ってください!」


 やはりそこにスポンジポイントがあった。2年前と変わらない虻田高校の生徒たちがきびきびと動く姿。すでにスタートから3時間余り。先頭が通過してからでも1時間以上は経過している。その間、彼らは休むことなくこうして私たちランナーを励ましてくれている。私の頬を、汗とともに涙が一筋流れた。


 ここだ・・・私はここに来たかったんだ・・・そのために走り続けてきたんだ・・・。


 感謝の気持ちを、2年前からの感謝の気持ちを込めて、私は叫んだ。


 「ありがとうございます!」



 「頑張ってください!」


 「ありがとう!」



 「頑張ってください!」


 「ありがとう!」



 「頑張ってください!」


 「ありがとう!」


 私は諦めかけていたことを恥じた。


 「この先の人生において、俺は絶対に自ら諦めたりはしない!彼らの熱意に応えるにはそれしかない!」


 私は熱い決意とともにゴールを目指した。(いよいよ次回は最終回)


 2年分の 思いを込めて ありがとう


 今日の練習内容


 18時から焼き鳥大学 の会合で、24時間ラジオの内容についての話し合い。そのため今日もランオフ。

 明日はHOSSYの中学校の体育大会だが、見に来たら絶交と娘に言われてしまい(悲しき父親)、行けなくなった。仕方がないので、明日は走ろう。