それでも前に進むしかない | 【余計なお世話ですが】主婦力プロデューサーのブログ

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海老蔵さんを非難するような声があがってますね。
ブログの更新が頻繁、ディズニーランドに行っている、などなど。
外野の無神経な声に胸が締め付けられます。
他人は何とでも言える。
無責任に。
そう、全く無責任に。。。
 
 
もう25年も前ですが、私が最愛の母を亡くした頃のことを思い出しました。
死んでしまったという現実は、頭では理解しても心は全くついて行かず、様々な場面で到底普段通りの判断が出来ない精神状態だったと思います。
 
仕事に戻ると、職場の人は私を気遣って母のことには触れず、普段通りに接してくれました。
でも、なぜか私はわざと母の話題ばかりしていました。
なぜか?
 
あまりの周囲の日常さに、世の中から母の存在が消されて行くのが怖かった気がします。
母の存在を周囲に知らせるように、私はしゃべり続けました。
困惑しながらも聞いてくれた同僚には感謝しています。
 
通勤のバスの中、私の頭の中とは無関係に、周囲の景色は普段と何ひとつ変わらない日常。
私はこんなに悲しいのに!と叫んで、日常をぶち壊したい衝動にかられることもありました。
  
  
その時代にブログがあれば、私もガンガン書き綴っていたかも。
そこで話題にすることで、他人にも少しでも多くの時間、母の存在を感じていて欲しい、忘れないで欲しい、そんな感覚だった気がします。
 
 
じっと悲しみにむせびながら喪に服すことが正しいなんて、経験したことのない人の戯言です。
どんなに辛くても、生きている以上前に進むしかない。
毎日生活するしかない。
「悲しい」なんて口にできるのは、当事者じやなく外から時々眺めているだけの他人。
時々思い出してその瞬間だけ悲しみに浸るだけの人が言うキレイごと。
 
 
じっとしていたら気が狂いそうになる。
笑ったり遊んだりすることで、一瞬でもいいから現実から逃げ出したい。
十分思っているからこそ、募りすぎる思いを断ち切る時間が必要なんです。
生きて行くために。
子どもがいたらなおさらでしょう。
「喪に服す」なんて簡単に言わないで欲しい。
 
 
 
海老蔵さんを見ていて、当時の父親の背中を思い出しました。
あんなにしっかり、そしてどっしりしていた父が、壊れて行くようで怖かったことを。
 
 
ちなみに、仏教は7日毎に法要があり、7週目で初七日ですよね。
あれは本当によくできていると思います。
毎週やってくる行事は案外あれこれと忙しく、それで気が紛れるという人間の知恵だなと。
 
 
心の傷が癒えるのは、時の流れだけです。
海老蔵さんにも、いつか心穏やかになる日がやってきますように。
合掌。