小津安二郎『東京物語』の謎解き

今まで誰も指摘してこなかった、小津作品の「秘密の演出」や「謎」を解明していきます。


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前回の続きです。

 

 

汁椀に関して、

 

『お早よう』(1959)には、もう一ヶ所、不思議な演出があります。

 

 

以下の場面。

 

母子の会話を挟んで、食卓の汁椀が移動します。

                         汁椀↑が、「 食卓の右端 」 に移動しました。

 

拡大してみます。

( 汁椀が動いた後、食卓にライトを当てています )

 

赤い汁椀が二つとも、食卓の右端に移動していますね。

 

それどころか、「 お櫃(ひつ) 」 と 「 座布団 」 も動いています。

 

 

動画で確認してみてください(食卓場面から始まります)

 
なぜ、「 汁椀 」 や 「 お櫃(ひつ) 」 や 「 座布団 」 は位置を変えたのでしょう。
 
  スタッフのミスでしょうか。
 
  小津監督の勘違いでしょうか。
 
 
もちろん、どちらでもありません。
 
小津監督が意図的に動かしたのです。
 
 
以下、画像を連続で見てみます( 左⇒右⇒左下、の順です )。
 
 
よく見ると、母親( 三宅邦子 )が居間に上がるのに、
 
「 お櫃(ひつ) 」 や 「 座布団 」 が邪魔だと分かります。
 
また、「 汁椀 」 が右端に動くことで、味噌汁を 「 よそいやすく 」 なるのが分かります。
 
だから移動させたのです。
  汁椀が動いたおかげで、味噌汁をよそうことがスムーズになりました。
 
 
「 お櫃(ひつ) 」 と 「 座布団 」は、
 
『十戒』(米1956)の海のように、左右に分かれました。
 
   『十戒』(1956)では、
 
   「 モーセと、出エジプトの民 」 が通るために海が分かれます。
 
 
  『お早よう』(1959)では、
 
  「 三宅邦子 」 が通るために、「 お櫃(ひつ) 」 と 「 座布団 」が分かれたのです。
 
 
 
「 汁椀 」 も 「 お櫃(ひつ) 」 も 「 座布団 」 も、
 
「 演技を手助け 」 するように位置を変えました。
 
 
小津監督は時として、「 現実世界の文法 」 は無視します。
 
だから、小道具が勝手に動いたとして、何の不思議もありません。
 
 
『彼岸花』(1958)で 「 赤いヤカン 」 が移動したり、
 
『お早よう』(1959)では 「 汁椀 」 が位置を変えたり・・・・
 
 
小津映画では、小道具が自由に動くのです。
 
 
 
歌舞伎や人形浄瑠璃でも、小道具が勝手に動きます。
 
もちろん、黒衣(くろご)が動かしているのですが。
 
  -----黒衣に関しては、文化デジタルライブラリー から引用してみます---------
 
   舞台で必要な小道具【こどうぐ】を出したり、いらなくなった小道具を片づけたり
 
    -------------------------------------------------------------------
 
歌舞伎や人形浄瑠璃の 「 小道具 」 は 「 勝手に 」 動きます。
 
小津映画では、 「 汁椀 」 などが 「 勝手に 」 動くのです。
 
 
小津監督は 「 黒衣 」 として、 「 わざと 」  汁椀などを動かしています。
 
それはパロディであり、悪戯(いたずら)であり、
 
「 不思議な効果 」 を醸し出す演出であったりもします。
 
 
 
--------------------------------------
ひと月ぐらいお休みします。
配膳については、あと5回ぐらい続きます。
『生まれてはみたけれど』 『麦秋』 『東京の女』 『秋日和』 『秋刀魚の味』
GWまでには終わるでしょうか・・・・・
--------------------------------------
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前回の続きになります。

 

 

『お早よう』(1959)では、

 

小津監督が、配膳に 「 不思議な演出 」 をします。

 

「 小津ならでは 」 の演出です。

 

 

まずは、実君と勇ちゃんの配膳を確認しましょう。

 

実君は 「 正配膳 」 で↓「 縞模様 」 の茶碗です。

                                            勇ちゃんは 「 逆配膳 」 で↑ 「 丸模様 」 の茶碗です。

 

最初の食事場面では、その通りに配膳されています。

 

ところが、二度目の食事場面では、

 

実君の配膳が 「 逆 」 になっているのです ( 30分38秒あたり )。

                            縞模様の茶碗が、右側にありますね。

 

ところがところが、

 

数分後には、「 正配膳 」 に変わっています。

 

縞模様の茶碗は、実君の 「 左手側 」 に変わっているのです ( 34分43秒あたり )。

 

不思議ですね。

 
動画で確認してみてください
( 30分38秒から始まります。正配膳に戻るのが34分43秒あたりです )
 
 

こんな不思議な演出が、もう一ヶ所あります。

 

翌朝の食事場面です(37分28秒)。

 

        実君は ↓「 正配膳 」                      

                                             勇ちゃんは ↑「 逆配膳 」

 

下の画像は、数秒後に子供達が食事を終えた場面ですが、

 

勇ちゃんの汁椀は 、「 右上の画像と同じ位置 」 です。

 

ところがところがところが・・・・・・・

 

実君が登校する時には、

 

二人の配膳は 「 真逆 」 に変わっています ( 38分10秒 )。

勇ちゃんが 「 正配膳 」、実君が 「 逆配膳 」 になっているのです。

(丸模様が、勇ちゃんの茶碗です)

 

動画で確認してみます(37分28秒から始まります)

 

これはいったい、どういうことでしょう。

 

誰が配膳を動かしているのでしょうか・・・・・・

 

 

もちろん、小津監督が動かしているのです。

 

 

   その理由の一つは、

 

   「 状況の混乱 」 を表すためです。

 

   子供達二人が 「 口をきかなくなる混乱 」 を、「 配膳の混乱 」 で表しています。

 

 

   理由の二つ目は、『お早よう』は 「 自作品のパロディ 」 だからです。

          (参考) 2011年5月28日のエントリー 『お早よう』

 

   動いて移動する 「 赤い汁椀 」 は、

 

    自作品に出てくる 「 動く赤いヤカン 」 のパロディなのです。

 

 

 

『彼岸花』(1958)の「 動く赤いヤカン 」 はとても有名です。

 

カットが変わるたびに 「 赤いヤカン 」 が動き、位置や向きを変えました。

                        ヤカンは廊下に 「 背 」 ↑を向けています。

 

   ↑ヤカンは、廊下に 「 口 」 を向けています。位置も・・・・?

 

        ↑ヤカンの位置が、ズレているような・・・・

 

 

小津監督は 「 現実世界の文法 」 を無視し、「 赤いヤカン 」 を好き勝手に動かします。

 

自身の好きな 「赤 」 を、目立たせるためです。

 

 

そのパロディとして、

 

『お早よう』(1959)では、「 赤い汁椀 」を動かしています。

 

 

 

この不思議な監督は、

 

「 楽しい映画 」 のためには、「 現実世界の文法 」 は無視します。

 

 

そのせいで、

 

『お早よう』(1959)の汁椀や茶碗は、好き勝手に動きまわるのです。

 

まるで、日本昔話・・・

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『お早よう』(1959)にも 「 逆配膳 」 が出てきます。

 

次男の勇ちゃんです。

ご飯が右手側、味噌汁が左手側ですね。

 

 

勇ちゃんは、どうして 「 逆配膳 」 なのでしょう。

 

 

勇ちゃんは座高が低いので、

 

右手を伸ばすと食卓に触れてしまいます。

右手側に汁椀があったら、味噌汁を零(こぼ)してしまうでしょう。

 

だから、味噌汁を左手側に置いているのです。

 

 

では、長男の実君はどうでしょう。

実君は 「 正配膳 」 です。

 

「 左きき 」 で、「 箸を持つ手 」 と 「 反対側に味噌汁 」 があります。

 

これなら、味噌汁を倒すことはないでしょう。

 

 

正配膳の方が好都合なのです。

 

幼い頃から、実君は正配膳だったはずです。

 

 

それでは、他の家族の配膳はどうでしょう。

 

 

まずは、お母さん。

 

「 着物の袖 」 が味噌汁に触れないように、汁椀は 「 真ん中 」 の位置です。

 

そのぶん、ご飯茶碗は 「 左手側の端 」 に寄っています。

おかず皿が味噌汁の横です。

 

これなら、味噌汁を零(こぼ)すこともないでしょう。

 

合理的な 「 正配膳 」 ですね。

 

 

 

次に、子供達の叔母はどうでしょう。

 

彼女の左手側奥(画像の右端下)に半分見えるのが、彼女の汁椀です。

 

だから、「 逆配膳 」 です。

 

汁椀が離れているのは、『晩春』(1949)の紀子と似ています。

 

ご飯茶碗の位置↓が 「 右手側 」 にあります。

 

小津監督は、わざと、彼女の配膳を分かりづらくしています。

 

「 汁椀を食卓から持ち上げる瞬間 」 を見せません。

 

小津監督は、「 意図的なもの 」 を隠し気味にすることが多いです。

 

 

叔母さんは、どうして 「 逆配膳 」 なのでしょう。

 

彼女は会社員で、これは出勤前の朝食です。

 

味噌汁を零(こぼ)して、洋服を汚してしまったら、

 

着替える手間が大変です。

 

だから、汁椀を遠ざけて、「 逆配膳 」 にしているのです。

 

 

ちなみに、

 

子供達のお父さんは、普通の 「 正配膳 」 です。

 

映像では、確認しづらくなっています。

 

youtube動画を参考にしてみてください(小さい画面です。食事場面から始まります)

 
 
『お早よう』(1959)の家族は、
 
それぞれの事情から、

 

それぞれの配膳になっているのです。

 

 

 

次回も 『お早よう』 の配膳についてです。

 

小津監督は 「 不思議な演出 」 を見せてくれます。

 

 

 

 

 

 

 

 

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前回まで、

 

『晩春』(1949) や 『東京物語』(1953)、『お茶漬けの味』(1952) の、

 

「 逆配膳 」 や 「正配膳 」 について述べてきました。

 

 

この 「 逆配膳 」 の発想を、

 

小津監督はどこから得たのでしょうか。

 

その 「 答え 」 は、小津自身の食卓にありそうです。

 

 

小津安二郎は、最愛の母親と二人暮らしでした。

 

とても仲の良い母子だったそうです。

 

 

二人で宴会の余興に、「 座敷遊びの踊り 」 を披露したりします。

 

以下のブログに、その様子が描かれています。

 

 「小津安二郎監督のやがて悲しき後ろ姿(3)」 Yahooブログ『わくわく亭雑記』

 

 

そんな安二郎と母親の食事は、

 

以下のようだったのではないか、と推測できます。

 

 

着物姿の安二郎が、母親の味噌汁をよそったり。

 

同じ 「 おかず皿 」 に手を伸ばしあったり。

 

 

安二郎と母親の食卓が、「 逆配膳 」 だったのでしょう。

 

 

小津安二郎監督自身が、

 

最愛の母親との 「 楽しい食事 」 のために、

 

「 和食(配膳)の文法 」 を無視していたのです。

 

 

たぶん……

 

 

 

 

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小津監督の戦後作品で、

 

「 配膳の確認ができる作品 」 は 5つだけです。

 

 

以下の、正 を付けた5作品。

 

  『晩春』(1949) ⇒ 『宗方姉妹』(1950) ⇒ 『麦秋』(1951) ⇒

 

  『お茶漬けの味』(1952) ⇒ 『東京物語』(1953) ⇒ 『早春』(1956) ⇒

 

  『東京暮色』(1957) ⇒ 『彼岸花』(1958) ⇒ 『お早よう』(1959)

 

 以外の戦後作品は、「 配膳を確認できる食事場面 」 がありません)

 

 

上記から、

 

「 正配膳 」 が現れる 『お茶漬けの味』(1952) には、

 

「 何かの意味 」 がありそうです。

 

 

『お茶漬けの味』 で 夫の茂吉は、

 

「 和食の文法 」 どおり 「 正配膳 」 で食事をします。

 

 

「 着物の袖 」 が 「 味噌汁 」 に触れないように、

 

汁椀の横から箸を伸ばします。

 

茂吉は、

 

新聞を読みながら食事をするので、

 

「 味噌汁は右手側 」 の方が 「 好都合 」 なのかもしれません。

                                                         ↑夫婦の 「 愛情 」 は冷めきっています

 

「 和食(配膳)の文法 」 は守っているのですが、「 つまらなそう 」 な食事ですね。

 

 

一方、

 

『晩春』 の周吉と紀子は

 

「 和食(配膳)の文法 」 は無視しますが、「 楽しそう 」 に食事をします。

二人は  「 同じ皿」 から 「 おかず 」 を取るので、よく右手を伸ばします。

 

二人とも 「 汁椀を左手側 」 に寄せているため、味噌汁を倒すこともありません。

 

だから、「 楽しい食事 」 を続けられます。

 

 

茂吉の食事は、周吉とは対照的です。

 

 

さて、

 

『お茶漬けの味』 のクライマックスは、二人が愛情を温め直し、

 

ともに 「 お茶漬け 」 を啜(すす)る場面でした。

 

 

↓茂吉が、「 着物の袖 」 を押さえています。

                                                           紗子↑が左手で「 着物の袖 」 を押さえています

 

小津監督が演出で、「 着物の袖 」 に注目させているのです。

 

 

「 愛情 」 を温め直した二人は、

 

互いに 「 手を伸ばす 」 ことが多くなります。

 

 

↓茂吉がご飯をよそい、紗子に手渡します

                                     ↑茂吉が、紗子の手に残った

                                      「糠味噌の匂い」 を嗅ぎます。

 

                 茂吉と紗子は、同じ小鉢から漬物を取ります。

    「 着物の袖 」↑ が食卓に触れています。

 

 

この夫婦が、今後もこんな 「 楽しい食事 」 を続けるなら、

 

「 味噌汁は左手側 」 になるでしょう。

 

 

つまり、

 

「 愛情のある食事 」 が、 「 和食(配膳)の文法 」 を無視させるのです。

 

 

『お茶漬けの味』(1952) 『晩春』(1949)を踏まえ、

 

「 逆配膳 の意味 」 を 「 補完する 」 作品になっていたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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前回述べたように、

 

小津監督は 「 映画の文法 」 を無視します。

 

 

それどころか、

 

「 現実世界の文法 」 さえ無視します。

 

 

『東京物語』(1953)の以下の場面で、

 

左の画像からほんの40秒後に、

 

頭上の窓ガラスが割れているのです。

 

 

それを見やすくするために、手ぬぐいも追加しました。

小津安二郎『東京物語』の謎解き小津安二郎『東京物語』の謎解き

「 窓ガラスの割れ跡 」 が突然現れたり、

 

「手ぬぐい」が現れたりしていますね。

 

 

動画で確認してみましょう。

 

窓ガラスが割れていない場面から始まります。

 

出前が来た後の 44分53秒 あたりに、頭上の窓ガラスが割れています。

 

 

小津監督は、

 

映画への愛情が深いために、

 

「 和食の文法 」 や 「 映画の文法 」 に加え、

 

「 現実世界の文法 」 まで無視してしまうのです。

 

 

 

 

 

 

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『晩春』(1949)の周吉は、

 

「 娘への愛情 」 の方が、 「 和食の作法 」 よりも勝(まさ)っていました。

 

 

だから、

 

味噌汁をよそう時の 「 袖  」 を避けるために、

 

「 ご飯は左、味噌汁は右 」 という 「 和食の作法 」 を無視します。

 

 

この 「 和食の作法 」 を、

 

以下のように読み替えてみます。

 

   和食の作法 ⇒ 和食の文法 ⇒ 映画の文法

 

 

 

小津監督は、

 

「 映画の文法 」 を無視した、と言われています。

 

 

映画の文法を無視し、

 

イマジナリーラインを躊躇なく越えたりします。

 

       【参考】イマジナリーライン(wikipedia)

 

 

周吉は、

 

「 和食の文法 」 よりも  「 娘への愛情 」 の方 が勝(まさ)っていました。

 

 

同じように、

 

小津監督は、

 

 「 映画の文法 」 よりも 「 映画への愛情 」 の方 が勝っていたのです。

 

 

だから、

 

「 映画の文法 」 を無視しました。

 

 

 

紀子との親密さから、

 

「 和食の文法(配膳の文法) 」 を無視する周吉は、

 

とても楽しそうに食事をします。

         ↑「 おかず 」 に 手を伸ばす周吉

 

仲の良い二人は、

 

「 おかずの皿 」 を共有しています。

 

 

これは、

 

「 映画の文法 」 を無視して映画作りを楽しむ、

 

小津監督自身の姿なのです。

 

 

 

            

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( 予定を変え、前回、前々回の補足です )

 

 

『晩春』(1949)の周吉や、

 

『東京物語』(1953)志げは、

 

汁椀の位置を変えて、「 逆配膳 」 にしていました。

 

 

「 着物や浴衣の袖 」 が 「 食卓に触れてしまう 」 ためでしたね。

 

 

では、着物や浴衣姿の人は、

 

いつも 「 逆配膳 」 なのでしょうか。

 

 

もちろん、そんなことはありません。

『お茶漬けの味』(1952)の紗子↑は、

 

右手を伸ばす時に、

 

「 袖 」 を左手で押さえています。

 

 

これが一般的なやりかたでしょう。

 

 

しかし、下の場面の周吉は、

 

左手に 「 汁椀 」 を持っています。

 

 

志げは、左手で 「 袖 」 を押さえることをしません。

 

「 汁椀の位置を変えておく 」 方が 「 実利的 」 だからです。

 

 

そんな理由から、

 

周吉も志げも、

 

「 和食の作法 」 を無視し、「 逆配膳 」 にしているのです。

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『東京物語』(1953)では、

 

志げが 「 逆配膳 」 になっています。

 

 

以下の朝食場面。

 

▼ 「 ごはん茶碗 」 を、「 右手側の端 」 に置きます(志げ)。

                                               ↑かなり端に置きました

▼「 真ん中 」 あたりから  「 汁椀 」 を持ち上げます(志げ)

 

 

▼動画で確認してみます(食事場面から開始)。

 

↑「 ごはん茶碗 」 は極端に右手側、「 汁椀 」 は真ん中の位置ですね(志げ)。

 

 

夫の庫造は普通の配膳です。

      汁椀が 「 右手側 」↑になっています      ごはん茶碗↑が 「 左手側 」 です

 

 

何故、志げだけが 「 逆配膳 」 なのでしょう。

 

 

それは、「 浴衣の袖 」 が食卓に触れるからです。

 

志げは、食卓の上に何度も右手を伸ばします。

 

「 癖 」 になっているのです。

         ↑唐辛子を受け取る             ↑煮豆の小鉢を引き寄せる

 

上の画像で、志げの 「 浴衣の右袖 」 が食卓に触れているのが分かります。

 

もし、汁椀が 「 右手側の位置 」 だと、汁椀は倒れてしまうでしょう。

 

 

だから 「 汁椀は真ん中あたり 」 で、

 

「 ごはん茶碗が右手側 」 になっているのです。

 

変則的な 「 逆配膳 」 です。

 

( 庫造は 「 左手 」 を伸ばすので、「 汁椀は右側 」 の方が好都合です )

 

 

 

志げは、尾道での会食場面でも 「 逆配膳 」 です。

 

「 汁椀は左手側 」、「 ご飯茶碗は真ん中あたり 」 になっています。

↑黒い汁椀が手前(左手側)にあります。      ↑着物の右袖が食卓に触れています。

 

 

実利的な志げは、

 

着物の右袖が 「 汁椀 」 に触れるのを避けるために、

 

 「 和食の作法 」 など無視してしまうのです。

 

 

 

次回は、『お早よう』(1959)の 「 逆配膳 」 です。

 

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『晩春』(1949)の食事場面で、

 

「 味噌汁の位置 」 に違和感を覚えませんでしたか?

 

 紀子の「 味噌汁 」 が左側で↑、 「 ご飯 」(左腕に隠れ気味) は右側になっています。

 

普通の配膳とは 「 逆 」 ですね。

 

 

何故なのでしょう?

 

 

実は、父親である周吉が 「 逆配膳 」 なのです。

 

▼汁椀を、かなり左手側に置こうとしています(周吉)

▼ごはん茶碗を、真ん中あたりから持ち上げました(周吉)

            紀子のごはん茶碗↑が見えます(左肘と体の間)

 

                  ↑紀子が汁椀を置きます(かなり左側)

 

父娘の二人が、ともに「 逆配膳 」 だったのです。

 

 

茶会に通ったり、能を観たり、京都の寺社を訪れたりする父娘。

 

多喜川(日本料理の店)の常連だったりします。

 

そんな二人が、 「 和食の作法 」 を知らないはずがありません。

 

 

では、なぜ 「 ご飯 」 と 「 味噌汁 」 の位置が逆なのでしょう。

 

 

その答えは、以下の場面にあります。

 

周吉が、紀子のために 「 味噌汁 」 をよそっています。

                 周吉の着物の袖↑が、食卓に触れていますね。

 

もし周吉の 「 汁椀 」 が右側にあったら、「 汁椀 」 は倒れてしまうでしょう。

 

味噌汁が零(こぼ)れてしまいます。

 

 

だから、周吉の 「 汁椀 」 は左側に寄せているのです。

 

紀子もそれに倣(なら)っています。

 

 

娘に味噌汁をよそってあげる「 父親の愛情 」 が、

 

「 和食の作法 」 よりも勝(まさ)っていたのです。

 

 

以下の動画で確認してみてください(食事場面から再生されます)。

 

 

次回は、『東京物語』(1953)の 「 逆配膳 」 です。

 

 

 

 

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