茶色の朝 | AFTER THE GOLD RUSH

AFTER THE GOLD RUSH

とおくまでゆくんだ ぼくらの好きな音楽よ――

AFTER THE GOLD RUSH-新宿駅西口地下広場 迂闊だった。新宿駅西口地下広場の丸いタイル(*1)がすべて撤去されてしまったらしい。先月通りがかった際、広場の一角が囲いで覆われ工事中の様子だったので「もしや」と思っていたが、ついにやられてしまった。お上は、タイルに刻まれた人々の記憶を、歴史を、収奪し、抹殺する。それは、広場に座り込み「友よ」を歌ったあなたの記憶かもしれないし、西口交番前でいつも誰かと待ち合わせていたぼくらの記憶かもしれない。あのタイルは、地下広場の象徴だった。ところどころ欠け落ちて、下のコンクリが痘痕のように姿を見せている部分もあったけれど、そんなもの修復すれば良かったのだ。

 

ここ数年、新宿がどんどん見知らぬ街になっていくような気がする。ぼくがこの街に住んでいたのは、90年代前半の数年間だが、あの頃はまだ辛うじて、ジャズ喫茶「木馬」は雑居ビルの地下で営業していたし、蔦の絡まる「スカラ座」で苦ウマいブレンドコーヒーも飲めたし、うたごえ喫茶「カチューシャ」だって、本当にたまにしか店を開けなかったけれど、それでも歌舞伎町のど真ん中に、風格ある佇まいでドンと存在していた。コマ劇場を通り越し、歌舞伎町一丁目の脇の路地にふらっと入ると、かつてはフーテン達のたまり場だったとおぼしき深夜喫茶やジャズ喫茶の廃墟など、60年代の残像に出くわすことも度々あった。

 

様々な人々と様々な時間軸が混在し、わくわくするような猥雑なエネルギーに満ちた面白い街だった。だから、どこからともなく歌が湧きあがり、自由なパフォーマンスが起こり、それらを取り囲む人だかりができ、騒擾と混沌に満ちた空気でいつも満たされていたのだろう。

 

さて、ぼくは西口地下広場のタイルを失ったことより、もっと迂闊だったこと、つまりもっと早く気付くべきだったことを書かなければならない。現在、都議会に提案されている「東京都安全・安心まちづくり条例」改正案についてだ。

 

 

「パフォーマンス慎め」条例案 都議会委可決

 

 都が安全・安心まちづくり条例を改正し、繁華街の来訪者に対して「多大な迷惑となるパフォーマンス」などを慎むよう求めようとしている問題で、都議会の総務委員会は18日、同条例改正案を可決した。この問題では自由法曹団東京支部や労働組合が「街頭での宣伝活動などが制限され、表現の自由の侵害につながりかねない」などと反対しているが、改正案は27日の今議会最終日に成立する見通しになった。(大塚晶)

 

 条例改正案は繁華街での安全対策として、事業者や地域住民、来訪者らは、知事と公安委員会がつくる指針に基づいて「必要な措置を講ずるよう努める」と規定している。
 指針は4月中につくられ、来訪者に求められる取り組みとして「街頭や歩行者天国において大衆に多大な迷惑となるパフォーマンス等、街の秩序を乱す行為を慎む」という内容が盛り込まれる予定だ。

 

 総務委員会では18日の採決に先立ち、17日に審議が行われた。「自由な活動が萎縮(いしゅく)するという声もある」という議員の質問に、都側は「指針は事業者、地域住民らに求められる取り組みを例示したもので、何ら強制力を有するものではない」と答弁。一方で、「パフォーマンスはいろんな形態があろうかと思うが、何をやってもいいとはならない。やはり一定のルールやマナーを守ってしっかりやっていこうというのが社会の常識」とも述べた。

 

 また、指針が想定するパフォーマンスとして、昨春、秋葉原で女性が下着を見せた行為のほか、「街頭や歩行者天国で大音量でライブをすること」も挙げた。(2009年03月19日 朝日新聞)

http://mytown.asahi.com/tokyo/news.php?k_id=13000000903190001

 

何故、こんな重大なことにもっと早く気付かなかったのだろう。この条例改正案が可決されると、街頭でのありとあらゆる表現活動が規制の対象となる可能性がある。もちろん、ストリートライブなど論外だし、ささやかなビラ配りやプラカードを持っての意思表示も排除される恐れがあるのだ。さらに、改正案の元になったまちづくり有識者会議の報告書には、警察主導による地域の「推進協議会」の設置と住民協力がうたわれている。つまり「自警団」によるパフォーマンス狩りが義務化されるということだ。

 

例えばこういう場面を想像しよう。あなたは、会社から不当なリストラにあい、それに抗議するビラを道行く人に配っている。そこに「自警団」がやってきて、「多大な迷惑となり、街の秩序を乱す行為」だから「やめろ」と威圧してくる。無視したあなたは、警察に通報され、たちまち逮捕されてしまうのだ。

 

この改正案の異例ともいえるスピード提案(*2)は、フランク・パブロフの小説「茶色の朝」の一節を想起させ、背筋が寒くなってしまう。
「もっと抵抗すべきだったのだ。だが、どうやって。連中の動きは実に迅速だったし、私には仕事もあれば、日々の暮らしの悩みもある。他の連中だって、少しばかりの静かな暮らしが欲しくて、手を拱いていたんじゃないのか?」
http://www.tunnel-company.com/data/matinbrun.pdf

迂闊だった。「広場」はこれで完全に息の根を止められるかもしれない。

 

*1)写真は昨年3月撮影
*2)有識者会議が2月に報告書を発表、ほぼ同時に「考え方」のパブリックコメントを一週間の期限で募集し、すぐさま3月定例会に改正案を提案している。これでは、反対どころか、考える時間もないではないか!