中国を警戒し、接近する日露(その1)=佐藤優 | 日本のお姉さん

中国を警戒し、接近する日露(その1)=佐藤優

中国を警戒し、接近する日露(その1)=佐藤優
中央公論 3月16日(土)17時28分配信
■■武力衝突に発展しかねない日中関係

 二月五日夜、小野寺五典防衛相は、一月三十日、公海上で海上自衛隊護衛艦が中国海軍艦船により火器管制レーダーの照射を受けた事実を明らかにした。これより一一日前の一月十九日にも中国海軍艦船が海上自衛隊護衛艦搭載のヘリコプターに対して火器管制レーダーを照射した。


中国は、この挑発に対する日本の反応を観察した上で、尖閣諸島奪取に向けた動きを一歩先に進めようとしている。


安倍晋三首相は二月六日午前の参院本会議で、〈中国海軍艦艇による射撃管制用レーダーの照射について「不測の事態を招きかねない危険な行為であり、極めて遺憾だ。戦略的互恵関係の原点に立ち戻って再発を防止し、事態をエスカレートしないよう強く自制を求める」と述べた。/首相は、外交ルートを通じて中国側に抗議し、再発防止を要請したことを強調。「日中両国で対話に向けた兆しが見られるなかで、一方的な挑発行為が行われたことは非常に遺憾だ」と批判した。〉(二月六日、MSN産経ニュース)。


安倍首相は、言葉を選んでいるが、「不測の事態を招きかねない危険な行為であり、極めて遺憾だ」という表現は、外交的にかなり強い懸念の表明だ。


火器管制レーダーを照射するということは、平たく言って、「いつでも攻撃する用意がある」ということである。


中国は、挑発のレベルをどこまであげれば日本が実力行使に出るかを慎重に見極めている。


今回の中国側の挑発行為に対して、政府と国民とマスメディアが一丸となって反撃しないと、中国はさらに挑発のレベルをあげ、そう遠くない将来に偶発的な日中武力衝突に発展しかねない。事態はかなり緊迫している。

 防衛省は強い危機意識を持っている。特に二月七日の衆議院予算委員会における小野寺防衛相の以下の答弁が重要である。


〈小野寺五典防衛相は7日午前の衆院予算委員会で、中国海軍の艦艇による海上自衛隊護衛艦への射撃管制用レーダー照射に関し「国連憲章上、武力の威嚇に当たるのではないか」との認識を示した。


同時に「このような事案が起きないよう海上の安全メカニズムを日中間で協議する窓口も必要だ」と述べ、海上での偶発的な衝突を防ぐため、日中防衛当局間などの「ホットライン」構築が重要との考えを示した。自民党の石破茂幹事長への答弁。〉(二月七日、MSN産経ニュース)

 国連憲章第二条四項は、「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。」と定めている。


公海上での中国海軍艦船による海上自衛隊護衛艦並びにヘリコプターへの火器管制レーダーの照射を「武力による威嚇」であるという日本政府の認識を小野寺防衛相が示したことにより、日中関係は相当程度緊張する。


なぜなら、この発言によって、日本は、「中国は、国連憲章を含む国際社会で確立されたルールを無視する無法者である」という宣言を国際社会に対して行ったからだ。

 中国は、中国海軍艦船が火器管制レーダーを照射した事実はないと事実関係を全面的に否定し、本件は日本によるでっち上げであるとの宣伝活動を行っている。

〈「日本の説明は、全くのでっち上げだ」

 8日午後、中国外務省の定例会見。華春瑩・副報道局長は、強い口調で語り始めた。前日までの「関係部門に問い合わせて欲しい」という態度とは打って変わり、「今回の事態を通じ、日本は一体何をしたかったのか。今後は、二度とこうした小細工をしないよう望む」とまで言い切った。

 日本政府の発表から3日間の沈黙をおき、中国政府が動き始めたのは8日朝。入念に検討を重ねたうえで、全面否定と日本批判という「統一見解」を打ち出したといえる。

 まずは国防省のウェブサイトのトップ項目が退役幹部の行事のお知らせから、「火器管制レーダーは使用していない」との声明に切り替わった。尖閣諸島周辺海域での日本の「主権侵害」を主張する過去のニュースも3本並べ、一気に日本非難にかじを切った。

 直後には、レーダー照射を全く報じてこなかった国営新華社通信も日本批判を開始。中央テレビのアナウンサーは「日本が計画的に虚偽情報をまき散らした」と断じ、日本と真っ向から対抗することを強調した。〉(二月九日、『朝日新聞』デジタル)

 現地の海軍当局が事実無根という報告を北京の中央政府に対して行ったことを踏まえ、中国政府は、「日本政府の主張と中国海軍の主張が食い違っているならば、中国海軍の主張が正しいとする」という方針を採択した。


従って、今後、日本がいかに客観的かつ実証的なデータを提示しても、中国当局がそれを認めることはない。


中国としては、火器管制レーダーの照射を認め、日本側の挑発行為に対する防禦活動と強弁することもできた。


そのシナリオを取らなかったのは、火器管制レーダーの照射を認めれば、それが小野寺防衛相が指摘した「武力による威嚇」と国際社会に受け止められ、外交的に中国が不利な状況に追い込まれると考えたからである。


そこで火器管制レーダーの照射自体がなかったと「大きな嘘」をつき、問題を「あった」「なかった」の水掛け論に持ち込み、国際的非難をかわすことを計算している。

■■中国に強い警戒感を抱くロシア

 本件に関するロシアの反応が興味深い。


二月八日、ロシア国営ラジオ「ロシアの声」(旧モスクワ放送)が、中国による火器管制レーダーの照射は事実で、尖閣諸島をめぐる日中の力関係を変化させようとする中国の戦略に基づくものであるというワシーリー・カーシンの論評を掲載している。この論評は、ロシアのインテリジェンス機関の評価を踏まえてなされたものと見られる。


〈中国の053H3型フリゲート艦が日本の海自の護衛艦を標的としてレーダー照射したのは1月30日の事だったが、この行為は、尖閣諸島をめぐる係争海域での中国の行動モデルが取って替わるというテーゼを最終的に確認するものと見なす事ができる。

 比較的最近まで、中国は、自国の軍事力を尖閣諸島沖や南シナ海といった係争地区で誇示する事をそもそも避けていた。こうした場所で中国が存在を誇示していたのは、国家海洋局海洋モニタリング部の艦船や航空機、魚類保護や税関の船上の中国旗によってだった。これらの船や飛行機を操縦しているのは軍人ではなく、搭載している武器も原則として偶発的な出来事に備えるためのもので本格的なものではない。このように中国は、領土的利益を断固主張しながらも、その一方で、軍事力で隣国を威嚇する気持ちがなく、あらゆる努力を傾けて軍事紛争を避けようとしている姿勢を示してきた。

 ところが状況は変化した。まず1月10日、中国は係争地区に北海艦隊の偵察機Y-8を派遣、その後、自分達のパトロール・ゾーンに日本のF-15J戦闘機2機が現れたことに対抗して、同じく2機のJ-10戦闘機をそこに送った


翌日この示威行動に、日本側の情報では「武器を搭載した」ほぼ完全な編隊を組んだ形での爆撃機JH-7/7Aによる尖閣諸島周囲での飛行が加わった。

 そして、こうした行動がエスカレートしてゆく次の段階として行われたのが、今回問題になった日本の護衛艦へのレーダー照射だった。


火器管制レーダーの照射は、武器を使用する前の最後の措置である。


これは、火器管制システムが、標的を攻撃するためのデータを連続して作成している事を意味する。


もし2隻の船を2人の兵士になぞらえるなら、レーダーによる標的の捕捉とそれに付随する行為は、弾丸の入ったライフル銃を敵に向け照準を合わせるに等しい。


そうした条件においては、挑発者自身により偶然引き金が弾かれる可能性もないわけではないし、標的とされた側の船の乗組員が、生命の危険を感じて衝動的に危険な行為に出る事もあり得る。

 なお日本側へのレーダー照射は、1月30日が最初ではなかった。


1月19日にも中国側は、日本の艦船から飛び立ったパトロール用ヘリコプターにレーダー照射を行った。


尖閣諸島海域において日本と中国の艦船は、互いに大変近い距離でパトロール活動を展開している。

日本の艦船にレーダー照射した053H3型フリゲート艦は、その後「ツャンフー」タイプのフリゲート艦に発展しているもので、1990年代から2000年代初めにかけて建造された。053H3型は、短距離高射ミサイルHQ-7、巡航ミサイルYJ-83、100ミリ砲などのシステムを搭載している。


全体的に旧式ではあるが、このタイプのフリゲート艦は、近距離での戦闘ではかなり危険な存在と言える。

今回のレーダー照射では、中国と日本の艦船の間の距離は、およそ3千メートルに過ぎなかった。

 中国側は、自国の艦船が日本の護衛艦をレーダー照射した事を否定し、これは中傷であるとし、中国船のすぐ近くで日本が危険な策略をめぐらしていると非難している。

しかし、以前も中国人民解放軍が威嚇のため、そうした行為をしてきたことはよく知られている


例えば2001年、中国空軍のスホイ27型機は、台湾海峡上空で台湾のミラージュ戦闘機に対しレーダー照射を行った。

また今回の事件の直前、中国の軍事専門家の一部には、レーダー照射をすべきだとの声があったのも事実である。

 はっきりしているのは、中国が、領土問題における行動方針を変え、相手の強さを試す事にしたということだ。

近く我々は、中国指導部の目論見が正しかったかどうか、この目で見る事になるだろう。〉(http://japanese.ruvr.ru/2013_02_08/104048660/


「ロシアの声」は国営放送なので、ロシア政府の利益に反する論評は行わない。本件に関し、東シナ海における海洋秩序を一方的に変化させようとする中国の策略にロシアが強い警戒感を持っているので、このような論評が報じられたのだ。

 ここで心配なのが、日本外務省の態度だ。国際法の有権的解釈を日本政府において行うのは外務省国際法局だ。


本来ならば、外務省がもっと前面に出て、「今回の中国によるわが海上自衛隊護衛艦とヘリコプターに対する火器管制レーダーの照射は、国連憲章第二条四項で禁止されている武力による威嚇だ」と強く訴えるべきであるが、そうなっていない。

〈外務省は河相周夫事務次官が8日に程永華中国大使を呼んで抗議。「レーダーの周波数などの電波特性や護衛艦と相手の位置関係などを詳細に分析した」と、主張の正しさを訴えた。〉(二月九日『朝日新聞』デジタル)にとどまる。

 中国は帝国主義国だ。


中国の挑発行為に対して、外交的に日本が怯んでいると、中国は挑発を更にエスカレートさせてくる。


中国の無法行為に外務省は必死になって抵抗するとともに、国際世論を日本の味方に引き入れるべく努力すべきだ。


ロビー活動とともに「コリント」(COLLINT、協力諜報)を強化する必要がある。


外務省国際情報統括官組織は、CIA(米中央情報局)のみならず、今回、明示的に日本に対する好意的シグナルを出しているSVR(露対外諜報庁)とも意見交換を密にすべきだ。


日本はインテリジェンス面で、米露と連携し、中国を封じ込める努力をすべきだが、それができていない。

■■日露関係に改善の兆し

 日中関係の緊迫化と対照的に、日露関係には若干だが改善の兆しが現れている。安倍晋三首相の親書を携行し、首相特使として訪露した森喜朗元首相が、二月二十一日十五時二十二分から十六時三十五分(日本時間同日二十時二十二分から二十一時三十五分)まで、モスクワのクレムリン宮殿で、プーチン露大統領と会談した。プーチン大統領は、森氏を現職の国家元首が実務訪問を行ったときに相当する一時間一三分を会談に割き、ていねいな対応をした。

 今回の会談で日本側が設定した目標は、森氏とプーチン大統領の間に存在する個人的信頼関係を一層強化し、北方領土問題の政治決断に向けた環境を整備することであった。

 一部に森氏が今回の訪露でロシアに三島(北方四島から択捉島を除いた歯舞群島、色丹島、国後島の三島)返還を提案するという憶測があったが、これは事態の経緯を知らない人の見方だ。確かに一月九日のテレビ番組で、森氏は〈北方領土問題の段階的解決策について、国後、択捉両島間に線を引き、国後、色丹、歯舞を日本、択捉をロシアとする案を披露した。ロシアのプーチン大統領が「引き分け」と語っていたことを踏まえ、「単純に線を引けばこれが一番いい」と述べた。〉(一月十日、MSN産経ニュース)。

 この背景には、安倍首相の発言がロシア側に誤解を与えた経緯がある。北方四島に対する日本の主権が確認されるならば、返還の時期、態様、条件については柔軟に対処するというのが、北方領土問題に関する一九九一年十月以降の日本政府の基本的立場である。その後、日本政府がロシア政府に対して、「四島一括返還」(返還とは潜在主権とともに施政権も返還するという意味)を要求したことは、文字通り一度もない。

 去年十二月二十六日に安倍内閣が成立した。その四日後の十二月三十日、テレビ番組で、安倍首相は「四島一括返還が基本的な考え方」と明言した。そのためロシア側は、日本の自民党新政権が北方領土交渉におけるハードルを一方的にあげたのではないかという懸念を持ち、さまざまなチャネルを用いて情報収集を行い始めた。その事情を考慮し、ロシア側の信任の厚い森氏は、「四島一括返還」が日本政府の基本的立場ではなく、安倍新政権が北方領土問題に関するハードルをあげているのではないことを示すために、一月九日のテレビ出演の際に意図的に三島返還に言及した。森氏は、安倍首相を含む政府関係者とは、事前に一切打ち合わせることなく、前述の発言を行ったのである。

 一月十一日に森氏と面会した鈴木宗男・新党大地代表は、ブログにこう記している。
〈昨日11時、森元首相に新年のご挨拶に伺う。森元首相から安倍内閣についての話や人間関係等興味深いお話を聞く事が出来、森元首相の存在感の大きさを感じた次第である。

 私から9日のBS番組で北方領土問題について、昨年3月のプーチン大統領が述べた「引き分け」について森元首相が「択捉島と国後島の間に、線を引けばいい」と述べたことについて真意を尋ねると、「引き分け」とは、どう考えるかと聞かれたので、歴史的経緯を踏まえ、日ロ両国がお互い納得し、現実的に判断するには、柔軟に幅広く枠にはまった一方的な主張ではなく、様々な考えがあるのではないか。その上で「引き分け」にあう議論をするべきとの思いで、1つの例えを話したとの事である。

 森元首相の時、北方領土が一番一番近づいたと、認識している私は、森元首相の懐の深い、更に、経験に基づく頭づくりでの発言だと受け止めている。

 2月の森元首相の訪ロが北方領土問題解決の突破口になるものと期待してやまない。〉(一月十二日「ムネオの日記」)
「日ロ両国がお互い納得し、現実的に判断するには、柔軟に幅広く枠にはまった一方的な主張ではなく、様々な考えがあるのではないか。その上で『引き分け』にあう議論をするべきとの思いで、一つの例えを話した」というのが森氏の真意である。日露双方に立場はあるが、それに固執せずに北方領土交渉を行うべきであるというシグナルを出した。

(その2へ続く)
最終更新:3月16日(土)17時28分

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20130316-00000301-chuokou-pol