日経「逆転の発想で不況知らずの金型メーカー 」
日経「逆転の発想で不況知らずの金型メーカー 」
戦後最大の景気拡大を続ける日本経済。しかし、中小企業には好景気の実感がないという。確かに、大企業の下請けとして賃加工を請け負う企業には厳しい状況が続いているのかもしれない。しかし、独自のアイデアと技術を持った企業は全く別だ。 「バブル経済が崩壊した後の不景気ですか? そんなもの関係なかったですね。ここ10年ほど、ずっと右肩上がりの成長を続けてきましたから。次から次へと来る顧客の注文にどうしたら応えられるか、そのことで頭がいっぱいでした」
売上高経常利益率は10%以上
こう語るのは、フジタ技研(石川県能美市)の安藤英治社長である。大企業のコスト削減要請に汲々としている中小企業には少し嫌味っぽく聞こえるかもしれないが、独自の技術力がある企業には、これが実態のようだ。2006年7月期の売上高は17億7700万円、経常利益が1億9900万円(いずれも東京商工リサーチ調べ)。立派な高収益企業である
フジタ技研が作っているのは、パンチと呼ばれる金型。一般に金型というと自動車の外板に使われるプレス金型を思い浮かべるが、パンチは文字通り棒状の形をした金型で、金属を丸く打ち抜いたり円筒形などに深絞りしたりする時に使われる。 単純な形の型が多いので使用頻度が高く金型の耐久性が求められるのが特徴だ。同社の場合は同じパンチでも金属を常温のまま加工する冷間鍛造用だけ。この加工法は金型に大きな力がかかるので、どうしても寿命が短くなる。 そのため、いかにパンチの寿命を延ばすかが競争力を左右する。フジタ技研はパンチの精度と硬さ、形に工夫を凝らし、「通常品と比較すると2~3割、製品によっては2倍以上長持ちする場合もあります」(岡崎健一常務)という。 たかが2~3割と言っても、使う側にとっては影響が大きい。金型を交換するには大きな手間がかかるからだ。またフジタ技研では、製品精度のバラツキを徹底的に小さくしている。非常に精度の高い金型ができても、その中に1つでも精度が低い金型が含まれていると、使う側ではその最も低い精度のパンチの寿命に合わせて交換時期を決めなければならず、せっかく寿命の長いパンチでもムダになってしまう。
人件費は高くとも一つひとつの手作りが競争力生む
「パンチを一つひとつ手作りに近い形で作っていますが、その分、高く売れるので人件費をかけても十分割に合います。もちろん、高く売れるからといってコストがかかってもいいということではありません。安く作る努力はちゃんとしていますよ」と岡崎常務は笑う。 人件費の安い中国に対抗するには、できるだけ自動化してコストを削減しようという考え方が多い中で、正反対の戦略と言える。 金型の製造で最も手作業に頼らなければならないのが最終工程の磨き。フジタ技研の社員数は現在、わずか64人だが、金型を磨く工程は壮観だ。20人以上の職人が各自のブースに入って、手で金型を磨き上げている。 「磨き工程を自動化したいという気持ちはあります。しかし、ここは人間の持つ能力に頼った方が素晴らしい仕事ができるのだと思います。先端を行きチャレンジングな仕事は、人間にしかできません」と安藤社長は話す。
金型の磨きは一般的には、きつい、汚い、危険の3K職場だと思われている。しかし、フジタ技研では違う。高い人間の能力を要求される創造的な職場の1つなのである。 パンチの素材は常に進化している。それに硬い素材を様々な厚さにコーティングしてさらに寿命を延ばす。常に進化している素材をどう精度良く磨き上げるか、コンピューターでシミュレーションができるようになったら、とっくにその素材は数段階も先へ進化してしまっている。人間の経験と勘がものを言う世界なのだ。
磨き工程の入り口には職人の腕の良し悪しを示すボードがある。最高のSSからS、Aと続き最低ランクはD。ランク別に手当てが違う、いわば成果主義なのだが、極めて重要な点が1つある。ランクが上がるごとに下のランクの人たちをきちんと指導し育成したかが、評価の大きなポイントになる。
これぞ本物の成果主義、社員がやる気に
少し脱線してしまうが、成果主義、能力主義の最大の欠点は、ノウハウの伝承が難しくなることだろう。人に教えたがためにその人に抜かれては元も子もないと考えるのが人間の心理だ。成果主義を導入して実績が上がらないどころか生産性が悪くなってしまう企業は、先輩から後輩へノウハウが伝承されにくくなっているケースが多い。 「企業というのは当たり前ですが働く人で成り立っています。その人たちがこれだからダメ、これではできないとネガティブな発想をするか、やればできるんじゃないか、どうしたらできるようになるのかを考えるかで成果はまるで違ったものになってしまいます」と安藤社長は言う。社員を挑戦に導くこと。これが経営の原点なのではないか。 話を元に戻そう。フジタ技研の製品の特徴は、ハイス鋼という硬い素材に、炭化チタンや窒化チタンなどのさらに硬い素材を厚くコーティングして、しかも強い衝撃を受けてもそのコーティングが剥がれにくい点にある。
精度はマイクロメートル(マイクロは100万分の1)単位。炭化チタンや窒化チタンのコーティングにはCVD(化学的気相成長法)を用いるが、その際、1000度以上に素材の温度が上がるため、焼き入れして硬くなったハイス鋼が鈍ってしまう。そのため、コーティングをした後に2回ほど熱処理をする。 その時に素材に生じる熱ひずみが、数マイクロメートルから場合によっては10マイクロメートル以上にもなる。そのひずみを考慮に入れて、あらかじめハイス鋼の寸法を決めたりコーティングの厚さを調整し、最終的にマイクロメートル単位の高い寸法精度に収めるのがフジタ技研のノウハウだ。
1つだけではダメ、3つ合わされば無限の競争力
CVDの成膜条件、熱処理の条件、非常に硬いハイス鋼の切削加工という3つの高い技術が重なることで、他社がなかなか真似のできない硬くて丈夫な金型が作れるのである。一つひとつの技術では、ほかに強い企業がいるかもしれない。しかし、それを3つ足すことで高い競争力を得ることができたのだ。 「大手メーカーだったら、こんなニッチな市場を見向きもしないでしょうし、小さい下請け企業だったら、CVDや熱処理など高い設備が必要な分野になかなか進出できない。そこに私たちはビジネスチャンスを見いだしたのです」と安藤社長は言う。 「北陸という地の利の悪さも大きく影響しています。CVDにしろ熱処理にしろハイス鋼など難削材の加工にしろ、それぞれ1つずつだったら関東や関西、中部にも得意なメーカーがあって、輸送に時間のかかる北陸の企業にはなかなか発注してくれません。地の利の悪さを克服するためにも3つの技術が必要だったのです」
自分たちの置かれた環境が悪いことを嘆くのは簡単だ。しかし、それによって「できない」ことの弁解ばかりしていては、問題は決して解決しない。悪い条件は、それを克服すれば逆に高い競争力を持つことができるのである。 もっとも、目のつけ所が良かったとはいえ、また、「やればできるんじゃないか」というポジティブな考えがあったとはいえ、ここまで来るには大きな試練を何度も経験している。例えば、CVDを一つとっても、約2年間の試行錯誤があって初めて実用化できた。 「今考えれば、ガスの純度に問題があるのを発見するのにも長い月日がかかってしまいましたが、あきらめなくて良かったと思います」と安藤社長は言う。
顧客に製品をただで配り技術力アピール
フジタ技研の成長には、技術だけではなく、その経営手法にも秘密がある。技術に対する自信を背景に、安藤社長はある営業戦略を考え出した。 完成したパンチを他社製品を使っている企業に無料で供給したのだ。 もし性能が良かったら次から購入してくれるように頼み、もし他社製品よりも寿命が同等か短かったらそのパンチを返してもらい、新品をもう1つただで配った。
寿命が大幅に延びることを知った顧客は、次から喜んで購入してくれるようになった。一方、返品されたパンチは、なぜ、思い通りの性能が出せなかったのか、顧客の使用条件などをきめ細かく分析して原因を探った。 「ただで長持ちということで、お客さんには大変喜ばれました。しかし、私たちにとってもっと大切だったのは、返品されたパンチでした。お客さんの使用条件が分かり、次の製品や改良に生かせたからです」と安藤社長は言う。
不況期こそ設備投資を! 価格も納期も金利も全部低い
設備投資にも独特の考えがある。 普通、世の中の景気が良くなって初めて設備投資を考える企業が圧倒的に多いと思うが、フジタ技研は違う。世の中が最も不景気の時に設備を一新するのだ。 「設備メーカーも不景気だから、安くしてくれるのです。3台買ったら1台はただにしますとか、よくありました。しかも、納期が早い。もし、好景気の時に買ったら、2~3倍も納期を待つことになったのではないでしょうか。銀行も同じです。競争するように金利を下げてくれるのです」と安藤社長は語る。
世の中が好景気になった時には最新設備でフル生産。その時に他社はようやく新しい設備に切り替えても機会損失は免れない。強い会社になり資金繰りも安定しているからできる技とはいえ、これが経営ではないだろうか。 強い経営は優れた人材も集める。 実は、フジタ技研で現在、新規の開発を一手に引き受けている岡崎常務は、東京の大企業を辞めて入社したUターン組だ。金沢大学で修士課程を修了後、東北大学で博士号を取る。そして本社が東京にある昭和電工に入社した。
大企業から転職したら2倍以上の給料に
たまたま郷里である石川県に住む父親が1987年に他界して地元に帰ることになったとはいえ、一流大学で博士号まで取った人が、地方の小さな企業にはなかなか就職してくれない。 「専攻は化学で、熱処理とか金属加工は全くの畑違い。かなり悩みましたが経営者の熱意に惚れて入社しました」と岡崎常務。 入社してみると、全くの畑違いだと思っていた熱処理やCVDは化学にも深い関係があることが分かる。逆に、一般には化学出身の科学者が入ることがない世界で、その知識が競争力として生かされた。これまで経験に頼っていた加工条件に化学的分析が加わり、非常に高精度でばらつきの少ない加工ができるようになったのだ。
しかも、CVDなどの装置を自ら改良したり直してしまう。そして、FUPCと呼ぶ新しいCVD装置まで開発した。この装置はCVDの欠点であった大きな熱ひずみを抑え、そのうえにコーティングが剥がれにくいという優れもの。現在、フジタ技研の強力な武器になっている。 岡崎常務は言う。「昭和電工は非常に良い会社で一生、ここに勤めようと思いました。しかし、こちらに移ってみると、分野外だったとはいえ新しいことに次々と挑戦でき毎日が新鮮でした。後悔しないどころか転職して本当に良かったと思います。給料もたくさんいただけるようになりました。もし今でも昔の会社に働いていたら、給料は今の半分にも満たないでしょうね」。 人の能力を最大限に引き出すこと。大企業のように人材に余力のない中小企業では、経営の是非を決めるのはこれに尽きると言っていいのかもしれない。 フジタ技研の取引先は大手自動車メーカーやその部品メーカーなどほとんどが日本企業だ。日本の自動車産業は今、生産システムの革新が続き、非常に生産性が高くなっているが、その背景にはフジタ技研のようなたくましい技術力のある中小企業の力がある。
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ようちゃんが、教えてくれた安藤英治社長の記事です。
「何かできるんじゃないか。」と常に明るく前向きなところがいいなあ。