おまっとさんです。

先日出題した茨城県内の難読地名の解答でーす合格
(記事はこちら★★★ )



【問1】随分附 →→→ なむさんづけ

この地名、江戸時代の人々も不思議がっていたらしくいろいろと調べた足跡が残っているそうです。
はっきりした事はわからないけど、白楽天の詩に『随分管弦……』ってのがあって、平安時代は「随分」と書いて「なふさ」と読んでいたとのこと。
つまり、「随分附」は「なふさつけ」と読めて、そこから「なむさつけ」となり、今に至ると考えられているそうです。

あるいは、水戸藩の歴史家であった高倉胤明が言うには、主人が部下に向かって言う「分に随って仕事をせよ。」という意味の「なもさ」が転じたのでは?とも。

いつからこの地名なのかはっきりしないけど、少なくとも江戸時代にはしっかり定着していたわけだから、意外と白楽天が由来なのかな?
茨城のド田舎で白楽天って言われても…ねぇ~。



【問2】木葉下町 →→→ あぼっけちょう

山というほどでもないけど、一応水戸市の最高峰で朝房山(標高201.1m)の山があるところです。

ここも古くから物議を醸してるみたいで、
「あぼっけ」の“ぼっけ”は崖のこと、“はけ”とは岡の端のこと。「ほ」とは稲穂。トータルすると、大きな木の下の蔭の意味ではないか?という説。
または、朝房山の下にあるから、「アボ下」→「あぼっけ」になったという説。
もしくは、地内の香取神宮に分霊を迎えた時に、榊の裏に神の御影が現れたという伝承にちなむという説。

などなど様々で、中にはアイヌ語説もあったりするそうです。



【問3】天下野町 →→→ けがのちょう

これはちょいと洒落を効かせた説ですね。

今の町名になったのは元禄時代。
当時、この地に水戸藩主:徳川光圀から天下一と賞された獅子舞の演者がいたそうです。
その獅子舞が「天下一」を謳って江戸へ出たものの、将軍さまより「天下一とは分不相応!」というお咎めをうけ、光圀は「領内にある天下野村の唯一の技というのを強調したまでのこと。」と擁護した…という、嘘か誠か、さすが水戸のご老公的なお話(笑)。

しかし、「天下野」と書いてなぜ「けがの」と読むのか…。
この冊子の筆者は、「怪我の功名」からとったのなら面白いのに…と結んでます(笑)。



【問4】猫島 →→→ ねこしま

こちらは読みはそのまま「ねこしま」なんですが、実はここ、知る人ぞ知る土地なんだそうです。

それは、かの有名な“安倍清明の生誕の地”っていう伝承があるんですって!!

おいおい。
茨城、大きく出たなぁ~って感じですよね(笑)。

安倍清明とここ茨城、何の関係があるの?って。
その伝説の詳細も過去発行分にあるらしいけど、2001年発行って…探せない(-"-)

出所はわからないけど、中世に作成された清明の伝記に『筑波根ノ麓猫島』って言う記載があるんだって。
でも、このふわんとした伝承だけで清明の誕生の地って言われても…わからないよぉ~。


もちろん他にも名称の諸説はあって、筑西市内にある鹿島神社から見て、猫島の方角が子(北)にあるからという説。こちらの方が信じられますね。
伝説はあくまでも伝説だから(笑)。

清明がここで生まれてたら…お稲荷さんは近くにはないのか?
清明=狐のお母さんから生まれた説を信じてる私(笑)。



【問5】高道祖 →→→ たかさい

これは、読み方の問題なのかな。

筑波山にほど近い土地で、道祖神を高台に祀ったからで、今でも高道祖神社があります。
“道祖神”は“さいのかみ”ともいうそうですね。

この土地には猫伝説(化け猫系?)もあるそうですよ。
興味のある方、その先はどうぞご自由にお進みください(笑)。




とまぁ、ざっくりした解答ですがこんなところです。

パソコンは、高道祖とか天下野とかはちゃんと変換しますが、木葉下はさすがに無理でしたね(笑)。



皆さまのお住まいの土地にも、珍しい地名、難読地名はありますか?
調べてみると楽しいですよ(*^^)v