働くお母さんたち

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4月ももうすぐ終わり、いよいよGW突入ですね。


この春、3月から5月にかけて、産休をとっていたお母さんたちが本社だけでも5、6人職場復帰してきました。


けっこう多い?


住んでるところはそれぞれ違いますが(東京都と千葉県と…)、一様にいわゆる【待機児童】問題にばっちり巻き込まれた面々です。

職場復帰が1年2年と遅れた子もいますね。


基本的に、ウチの会社は女性に優しいとは思えないけど(昭和体質なので男尊女卑な上役が多い)、環境はそんなに悪くはないと思います(笑)。

営業だった人が結婚・出産などで事務職へ移ることもあるし、
時短勤務はもちろんですし、
上記のように保育園の入園などで育休の延長なんてこともNOということはないですね。


社内結婚も多いので、パパたちの子育ても応援!しています。
一応ね(・_・;)



いっそのこと、本社内に託児所でも作ってあげればいいのに…と思うけど、そこはさすがにスペースもないしいろいろ問題もありますからね(笑)。

それに、お江戸日本橋のど真ん中の会社に子供連れてくるってのも、環境的にどうなのかな?とも思うし…。

通勤電車とか、泣く子は乗せられないもの。



私自身は共働きの家庭でしたが、祖母が同居していたこともあって保育園に入ったのは年長の一年だけ。

それに比べ、弟たちは祖母が年とったことから早々に保育園に入れられました。
弟②はパンパース(紙おむつ)と一緒に預けられてたなぁ~(ーー;)



あの頃(30年前…)は待機児童なんて問題はなかったのになぁ~。

子どもの数は減ってるのに、ぜんぜん解決に向かわない。

祖父母と同居する家族も減ったのもあるだろうけど、もっとちゃんと子育てしてる世帯を考えてあげないとダメですよね。



我が社のお母さんたちは、毎日元気に働いてますよ!


もうすぐこどもの日。

子どもたちの健やかな成長と、親御さんやご家族の幸せを願います。



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4月から始まった朝ドラ『ひよっこ』は、
茨城県の架空都市“奥茨城村”を舞台にした物語です。


スタートから一ヶ月。

いよいよ主人公が集団就職で茨城を旅立つ!…と言ったところまで進んできましたね。



地元茨城出身者としては、

ヒロインの有村架純さんと、その母親である木村佳乃さんには、どんなに茨城弁をしゃべってるつもりでいても、どうにも都会色が強くて違和感ありまくりです。

都会からやってきた転校生やお嫁さんっていう設定なら納得だけど…。


木村佳乃さんなんて成城のお嬢様ですからね(^_^;)
身に着いた品など、そうそう演技では消せないのかな?と。


そこへいくと、お友達の時子ちゃんや三男君はいい雰囲気ですね♪

田舎感も程よく出ていて、訛りもそんなにおかしくないし。



おじいちゃんの古谷さんはさすが!って思うし、
担任の津田さんがとってもいい(#^.^#)

バスの車掌さんの松尾さんが個人的には好きです(笑)。



東京で仕事をするようになって、茨城訛りを常に意識して生活をしています。

弾みで出てしまわないように…。

実家に帰るとすぐに戻っちゃうし、社内にいる同郷の方と話してるとついついつられてしまい、いろいろ危険です(笑)。


なので、朝ドラを見ると訛りにもっていかれそうになるので毎日要注意です!


独特な方言というより、アクセントの無い平坦なイントネーションが特徴の茨城弁。

語尾の「っぺ」や「べよ」は今でも日常的に使っていますね。

ドラマの舞台はより訛りの強いエリアですけど、親戚が多くいる地域でもあるので懐かしさを覚えています。


これから新しいキャストも登場して、物語の舞台も東京になるわけだけど、はたしてどうやって茨城とのやり取りをするのやら。



そうそう。
番組は違いますが、今夜放送の【秘密のケンミンSHOW】では、東京一郎&はるみ夫婦が茨城に転勤してくるそうです!

そう何回か転勤してきても、新しい発見なんてほっとんどないと思うんだけど…( 一一)



そういえば、
【鶴瓶の家族に乾杯!】で、鶴瓶師匠と沢村一樹さん(鹿児島出身ってのがちょっとした縁よね~)が立ち寄った団子とラーメンのお店《伊勢屋》さんのきんぴら団子は、ウチでも子どもの頃から食べてたお気に入りのお団子です!

草餅の中にきんぴらを入れてる斬新なお団子ですが、けっこう美味しいんですよ!


もし機会がありましたら食べてみてくださいね。



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というわけで、目的は果たせずに終わった菓子博ではございましたが、入ってすぐに帰るわけにもいかず、復刻版赤福の引換までには時間もあったので、広い広い会場内を見て歩くことにしました。




そうはいっても、菓子博です。

メインは食べ物。

お菓子だけではなく、お食事のブースもあって、ほっとんどが家族連れで賑わっております。

私のようなおひとり様なんてほぼいないでしょう(笑)。

そんなところで食べるのも味気ないので、とりあえずフードエリアはスルーしました。

伊勢うどんとか、松阪牛とか、三重の美味しいものがいっぱいあったんですけどね…。


さてさて、三重県の有名なお菓子と言えば、再三登場する赤福餅ですが、意外と知られていないのではないか?と思うのが井村屋さん。



そうです。
夏はアイス、冬は肉まん・あんまんでお馴染みのあの井村屋です。

こちらはカフェを出店。
お持ち帰り用にマフィンなどを販売していました。


それから、屋内会場では三重県内の高校生たちの展示と全国各地のお菓子を見学。




ルートが一方通行に設定されているので、見る見ない限らず一通り歩かざるを得ません。
なかなか進まねぇ…。


展示の真ん中にあったのが、お菓子で造ったお伊勢参りの様子。



どれも食べられるらしいですよ。

精巧ですよね~。




二見浦の夫婦岩!!!



全国各地のお菓子は、知ってる銘菓もたくさんありました。

奈良はやっぱりレインボーラムネ♪


ぶと饅頭と一緒(#^.^#)




そして、こちらは我が故郷茨城県。
NHK朝ドラ『ひよっこ』がアピールしております…。

茨城県で全国区のお菓子って出身者の私でもおも浮かばない(^_^;)

のし梅か吉原殿中?なんて思ったけど、どっちもなかった…(・_・;)


かわりに出陳してたのは、こちらのあめ玉。




反射炉のてっぽう玉は、実は、同級生のお家で作ってるお菓子です(笑)。
町内会も一緒です(*^^)v

いっつも家にあって、子どもの頃からよくなめていた黒飴です。

大きいんですよ~。

なんて言っても大砲の弾ですからね。

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どういう選択だったのかわからないけど、意外と地元のお菓子がいっぱいあってちょっと嬉しかったです!






とは言え、目的が果たせなかった今となってはもうやる気がありません(>_<)


この後はサクッと内宮へお参りし(外宮へ行く時間はありませんでした)、お腹が空いたのでお昼ご飯もちょっとやけ食い(笑)。

すし久さんで手ごね寿司\(^o^)/

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隣のカップル、お姉さんがずっと「まぐろだよ!絶対マグロ!!」とうるさい。。。
私のところにお寿司を運んできたお店のお兄さんは、わざわざ聞こえるように「お魚はカツオです!」と言って行きました…。

はい、知ってます。
私が聞いたんじゃありません(´・ω・`)

ヅケにすると、カツオもこんなふうにねっとりとして美味しいということを知らないとは…┐( ̄ヘ ̄)┌


良いお天気だったので、帰りは鳥羽から乗車しました。
でも、道中爆睡でまったく天気なんて関係なかったけど(笑)。




以上、良いことも残念なこともあった菓子博でした!



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いつもの始発は東京駅ですが、
今回はツアーの都合で品川駅が6時始発。

そのせいか、起きられるかが心配で眠れず(笑)。


ものすごい寝不足状態で名古屋から近鉄に乗り換え、伊勢に到着。

フリー切符を買うために、無駄に宇治山田駅で一度下車。
バスに乗れればよかったのですが、土曜の朝とあって便がありません。

仕方なく再び近鉄に乗りお隣の五十鈴川駅へ。

ここからシャトルバスに乗って会場であるサンアリーナへ。


家を出てからかれこれ5時間。
ようやく会場に到着しました。

伊勢は遠くないのに時間がかかる…。


会場は既に大渋滞で大行列。

この日は開催してから初の土曜日ということもあり、覚悟はしていましたが…他にも行くところあるでしょ?って思うくらい人だらけ。

会場スタッフもまだ離れしていないのでしょう。
誘導がスムーズではなく、至る所で無駄・無意味なことが多し。


ゲートが開くのは10時。
到着はそれより早く着けましたが、入場待ちの最後列がアホみたいに遠くて…。


有料道路の高架下まで行かされました…(>_<)

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そんなものですから、目的だった“赤福”さんの限定商品【赤福餅祝盆】なんて、ゲートが開いたと同時に完売!!!


どの列がその商品の列かもわからないし、最後尾も誘導係も見当たらない。

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もうね…何のために行ったの?って感じですよ(-"-)


往復5時間、交通費2万ですよ…。

我ながらバカですね~って(笑)。


もう一つの限定品である復刻版赤福〔黒砂糖を使ったモノ〕だけは買えましたが、

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この復刻版は一人一枚の整理券で、
何故か祝盆の方は一人二枚の整理券がもらえたんです。

普通逆じゃないですか?!

イートイン限定の祝盆が、一人2枚って…。
しかも、そっちの方が断然人気だろうってわかるでしょうに。



まぁ、そんな大混乱だったことを反省したのでしょう。

先ほどHPを見たら両方とも引換券は一人一枚までになり、配布場所なども書かれていました。
http://www.akataro.jp/


まぁね、初日だから混乱するのは想定していたし、これを踏まえて次週以降の方がスムーズになるだろうとは思っていたけど、GWなんて行けないし、5月の週末は予定が入れられないというジレンマもあってこの日に行ったわけで…。


いろいろ反省はあるけど、しゃーない(仕方ない)ことですわ。

210円の紅白餡の赤福の為に、また2万も出せないし一日時間をかけられないもの(-_-;)



というわけで、

もし、もしもこれから菓子博に行って祝盆を食べたい!と思ってる方がいらっしゃいましたら、出来るだけ早くゲートに並んでください。


もう、そこで勝負は決まります!

皆さまのご健闘をお祈りします。



すっごく空しくなったので、おかげ横丁でヤケ食い(笑)。

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壬生寺のお隣と言っていいかな。

新撰組が京都滞在時の屯所として宛がわれたのが、この八木家。
http://www.mibu-yagike.jp/




今はお饅頭屋さんになってます。

京都鶴屋 鶴壽庵
http://www.kyototsuruya.co.jp/

八木家の拝観にはお茶がセット♪

風が冷たい中での見学が続いたので、ちょうどいいタイミングでホッと一服美味しいお茶とお茶菓子を頂きました。




八木家は代々続いた旧家で壬生村の郷士でした。

源頼朝より賜ったといわれる家紋、越前朝倉氏とも縁があり、江戸時代は京都所司代とのかかわりもあったそうです。

そんなご縁で(?)新撰組を預かることとなりました。


さて、八木家の見学には専属のガイドさんがおりまして、20名~30名程度が一緒に見学します。

この日のガイドさんはとっても明朗快活なおじさまでした。

お話面白かった~。

写真はほとんど撮っていないのですが(八木家のHPでチェックしてみてください)、建物内部はほとんど当時のままだそうです。



新撰組の隊士たちが生活していたまま。

平穏な日々もあったでしょうし、
市中見回りで血まみれになったこともあったでしょう、
稽古に励んだ日々もあっただろうし、
ここで粛清された隊士もありました。


個人的に一番心に響いたのは、当時はこの八木家からも二条城を見ることができたというお話。


今はもう建物が邪魔をして二条城なんて全く見えないけど、


そうか…当時は二条城が見えたのか。

武士になりたかった隊士たちにとって、二条城はきっと特別な場所だったんだろうな。


佐幕派とか、討幕派とか、尊王攘夷とか、いろいろ言われるけど、新撰組に関してはあんまりそういった“思想”によるものはなかったんじゃないかと勝手に思ってます。

彼らにとっては、武士という身分が大前提で、その身分を頂く以上、主君は幕府・将軍なわけで。
そうなると、もう討幕派とは必然的に敵対関係しか生まれないわけで…。


この八木家の斜向かいにあるのが前川邸。
http://kyu-maekawatei.com/



こちらも新撰組の屯所として宛がわれたお家です。
まぁ、八木家ほど親密ではなかったようですが…。


こちらでは、時間がなかったので入り口だけをちらっと。
一般住宅となった今は、週末などの日にち限定でちょっとだけ公開になってます。



この前川邸での最大の出来事と言えば、長州藩の手助けをしていた桝屋喜右衛門こと古高俊太郎の取り調べでしょうか。

拷問と言ってしまえばそれですが、わざわざ副長の土方歳三が手を下したこと、お互いの背負ってるもの、守りたいもの、果たすべき目標、そういうことを考えると本当に胸が痛みますね。



この日の翌日はちょうど山南敬助の菩提を弔う山南忌。


山南敬助は、この前川邸で切腹し果てました。

諸説ありますが、覚悟を持っての脱走。
新撰組の掟の中で、脱走は決して許されるものではありません。

そんな山南の後を追ったのは沖田総司。

沖田は山南のことを兄のように慕っていたといいます。

そして、その沖田を山南の追手として行かせたのは土方歳三。

介錯も山南の頼みで沖田が務めたといいます。
だからこそ、土方は沖田を向かわせたのかな。


想像しただけで涙が出ますね。


恋人だったという島原の天神(芸者さんの格)明里さんとの別れも、血生臭い話が多い新撰組にあってはよりドラマティックに感じます。


その山南敬助が眠るお墓が、八木家・前川邸から歩いて数分の光縁寺にあります。
かつては伊東甲子太郎や藤堂平助のお墓もあったそうですが、今は別な場所へ移されました。


翌日は山南忌。
きっとたくさんの方がお参りに来たことでしょう。

このお寺の紋と山南家の家紋が同じだったことがお付き合いの始まりだったとかで、切腹して果てた人のお葬式であったにもかかわらず、当時はたくさんの人が参列したと伝わります。

部下にも慕われ、土方たちも一目置いていた優秀な人物だった新撰組総長山南敬助。

今、彼は、何を思いそこに眠るのか…。


本音と建て前。

全部ぶちまけてあの世に逝った人もいるし、
何もできずに倒れた人もいるし、
一切話さずに余生を過ごした人もいるし…。



遠い昔のような話だけど、実際はたった150年ほど前の話。
寿命が延び、70歳80歳が当たり前となった今だったら、わずか2代前3代前の出来事です。


彼らの命の上に今があるんだということを、改めて強く感じる、大政奉還から150年を迎えた京都での新撰組の足跡を辿る旅でした。