脳動脈瘤の治療の話 4 破裂動脈瘤のクリッピングとコイル塞栓術 | ある脳外科医のぼやき

ある脳外科医のぼやき

脳や脳外科にまつわる話や、内側から見た日本の医療の現状をぼやきます。独断と偏見に満ちているかもしれませんが、病院に通っている人、これから医療の世界に入る人、ここに書いてある知識が多少なりと参考になればと思います。
*旧題「ある脳外科医のダークなぼやき」

今回は破裂してしまった動脈瘤の治療の話を書こうと思います。

といっても、過去に何度か同様の記事を書いたこともあるのですが、

私自信の印象なども多少は経験が増えるにつれて変わっていることもあるので、

誰かの参考になればいいかなと思います。

 

前々回くらいの記事で、

破裂した動脈瘤はその直後から数日までが一番再破裂を起こしやすいので、

72時間以内の治療が勧められていると書きました。

 

そういったこともあり、

通常はどの病院でも当日か翌日くらいには手術治療が行われることが多いです。

 

72時間というと丸三日ありますが、

2日後以降に治療するということは何かしらの事情がないかぎりは稀な気がします。

ただ、一つ例外があって、破裂からすでに三日以上経過して病院にいらっしゃった方の場合は、

クリッピングについては2-3週間待たないと治療すべきではないということになっています。

これは前回書いたスパズムが起きている時期に開頭手術で血管に刺激が加わると好ましくないからですね。

 

そういった例外でなければ、来院してからなるべく早めに治療しましょうということになりますが、

どの程度早めにやるかということについては、病院によってポリシーが多少異なるところです。

 

たとえば、患者さんが来院してクモ膜下出血と診断がついてから、どんな時間帯でも必ず30分以内には手術室に入室しなければいけないというポリシーで診療にあたっている病院もあれば、

夜間に患者さんがいらっしゃった場合には体制の整う翌朝まで手術を待つ病院もあります。

 

どちらの立場にも言い分があって、

前者の病院は、破裂直後が一番再破裂の可能性が高いわけだから、一分でも早く治療を、ということですし、

後者の病院からすれば、動脈瘤の治療はリスクや難易度が高いものだから、術者も病院側の体制も整った時間帯に満を持して治療をやりましょう、ということになります。

 

まあやはり、早い方がいいとは思いますし、それでいて、満足な質の治療ができる体制、もしくは不慮の事態にも対応できる体制でなければならないと思いますので、

どちらも間違ってはいないと思います。

 

24時間診療に関わる全部署が実質フル稼働という病院があれば、

それは早ければ早いにこしたことがありません。ただ、世の中にはそんな病院はこの日本にはありませんので、

夜間に治療をするとなれば、やはり日中と比べると限られた人材で治療に臨まざるをえません。

 

朝まで手術を待つ場合については、

再破裂が起きないようになるべく患者さんの血圧を下げ、頭痛などの苦痛を緩和し、

多少、鎮静薬を使用した状態で経過を見るのが普通です。

 

さて、実際治療を行う際には2種類の治療方法からどちらかを我々は選択します。

 

それは開頭クリッピング術と、コイル塞栓術の2つになります。

どちらがいいのか、ということに関してはこれはケースバイケースですし、

様々な議論あるところなのですが、

 

現実的に日本でクモ膜下出血になった場合、そういった、どちらがいいかの議論の前に、

もっと根本的なことで治療方法が決定されることが、未だほとんどです。

 

これはどういうことかと言うと、

脳外科医の資格に関連することなのですが、

脳神経外科医になるとまず誰もが脳神経外科の専門医の取得を目指します。

 

通常、ストレートなキャリアの場合、

医師免許を取得して、2年間の初期研修、その後4年間の脳神経外科専修医としての研修の後に、

専門医試験を受験、となります。脳神経外科の場合。

 

つまり、専門医を取得するのは7年目ですね。

 

開頭クリッピング術は脳神経外科という分野が出来上がった昔から(といっても100年も経っておりませんが)、脳神経外科を代表する手術ですので、

その脳神経外科医の技量が安全確実なクリッピング術を行えるレベルにあるかどうかは別として、脳神経外科専門医であれば事実上誰もが行うことのできる手術ということになっています。

 

現在、開頭クリッピングについてもその道専門の脳外科医かどうかを区別しようとする仕組みとして、

脳卒中の外科の専門医という資格制度が始まってはおりますが、

実際、現状を見る限りはこの資格の意義はそれほど大きくはなく、脳神経外科専門医の資格があれば、クリッピングを行いうる、という現状です。

 

一方で、コイル塞栓術についてはどうでしょうか。

現状の共通認識として、これを行うことができるのは、脳血管内治療専門医の資格を取得している医師のみです。もちろん、それに準ずる医師が行うこともありますが、それは血管内治療専門医もしくは指導医の指導下ということになります。

 

この脳血管内治療専門医というものは、脳神経外科の専門医を取得していないと、

受験できないシステムになっていますので、

つまり脳血管内治療専門医は脳神経外科の専門医でもあります。

すなわち、自ずと、脳血管内治療専門医は資格上はどちらの治療も行い得る、ということになり、

一方で脳神経外科の専門医しか取得していない脳外科医はクリッピングしかできない、ということになります。

 

ただ、もちろん、脳血管内治療専門医といっても人それぞれで、

開頭手術は全くやらないというような人も増えてきているので、そういった医師は現実的には、

コイル塞栓術しかできない、ということになります。

 

私はケースバイケースで、いいとこどりではないんですが、両方の治療を選択肢として考えていますし、

そういった脳血管内治療専門医がまだ日本には多いと思います。

 

開頭クリッピング術とコイル塞栓術、

どちらかの治療が圧倒的に有利、というような部位の動脈瘤もある一方で、

多くの動脈瘤がどちらでも治療しうる、というのが実際です。

 

どちらの治療法でも治療しうる動脈瘤であった場合、

運ばれた先の脳外科医が血管内治療の専門医であれば、双方の治療法が選択肢に並びますが、

そうでなく、脳神経外科専門医のみの脳外科医だった場合には、

ほぼ自動的に開頭クリッピング術を行う方向に話が向くと思います。

 

要は担当した脳外科医によって、クリッピングになるのか、コイル塞栓も選択肢に挙がるのか、

もしくは開頭を久しく行っていない血管内治療専門医が担当した場合には、コイル塞栓術の方向に話が向く、といった具合なのです。

 

そういう意味では、

どちらの治療が本当の意味でその患者さんの動脈瘤に合っているかどうかを判断することが出来るのは、双方の治療をどちらも習熟した脳神経外科医のみとなります。

 

これが今の日本の現実です。

 

とはいえ、海外はより優れているかというと、そうでもなく、

欧州などではむしろ開頭クリッピングの選択肢はあまりありません。

ほとんどがコイル塞栓術でしょう。

 

どちらの治療がいいか?ということを考える前に、

運ばれた先で選択肢があるかどうか、ということがある程度決まるということを今回書きました。

 

次回は実際、どっちの治療がどういった動脈瘤に向いているのか?

についてなどを書きたいと思います。

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