〈0〉のなかには姿の見えぬ魔物が生まれている。
 こいつが〈空〉であり、数学では〈φ〉の形で表される。
 これはアストロロジーでいう不可視の天体、
 〈黒い月〉の異名をもつ〈リリス〉の記号を盗んだものである。

 〈リリス〉は太陽を食って日蝕を起こす天体であり、
 現代天文学では存在しないことになっている。
 実は〈リリス〉が存在しては都合が悪いから
 宇宙の辻褄を合わせていないことにしたのである。

 〈リリス〉は勿論現代でも存在する。
 恐らく天動説の理論に従って観測すると
 忽ち虚星〈リリス〉は
 宇宙の隠された襞から忽然と姿を見せるだろう。

 それは魔女の星である。
 「イヴの前にリリスあり」とカバラにいわれる
 アダムの最初の妻の名前である。

 そのことはまあ措いておこう。
 この〈0〉の霊界の内なる不可視の天体リリス〈φ〉は、
 〈空〉と呼ばれている。
 つまり〈空虚〉という概念を表している。

 〈空虚〉なだけならまだ穏やかな無である。
 しかし〈空〉という概念の
 一見仏教的に取り澄ましたサトリヅラに化かされるな。
 〈空〉は〈食う〉のだ。そいつはおまえの脳みそを〈食う〉。

 これは漢語と和語は別だといって逃げることのできぬ真実である。
 だいたいそういうつまらない屁理屈を教える
 「学校」というところは小学校から大学院に至るまで
 「学問」とやらいう「子供騙し」を躍起になって生産し、
 「学問」が定義した以外の都合の悪い真理を語ることを
 禁止する権力機関でしかありはしない。

 すると〈空〉と〈食う〉の間で
 どうすることもなく意味してくるものは
 沈黙させねばならぬ語り得ぬものにされてしまうのだ。
 ナンセンスという訳だが、ナンセンスなのはどっちだ。

 現にほら、空集合の記号の〈φ〉が
 太陽を〈食う〉天体リリスのシンボルだということは立証されてるぜ。
 〈偶然〉や〈偶有性〉を非真理として排除するのは
 そっちの方こそ莫迦なのである。

 僕はルイス・キャロルの弟子である。
 いやいや、ナンセンスついでに真相を話してやろう。
 俺様は何を隠そう、ルイス・キャロルそのひとなのだ!
 生まれ変わりなんかじゃないぞ。
 〈神沢昌宏〉だなんて署名に何の意味があるというのだ。

 こんな男、俺様がここでおまえらに顕現するために
 ちょいと立ち寄った停留所でしかありゃしねえんだ。
 俺は大宇宙を今もサイクロトンのようにグルグル回りながら
 この男の脳のなかに俺様の言葉を吹き込んでいるのだ。

 でもいいか。これはどこかの大川隆法みてえな手合いのたれ流す
 お有難い「霊言」みてえな迷惑じゃないぞ。
 あんなのは迷える霊の世迷言の〈ぞんざい論〉の
 〈万歳論〉でしかありゃしねえのだ。

 〈霊〉なんていうのは高級霊とやらになればなるだけ白痴の悪霊だ。
 〈霊界〉なんかに生きたがる奴ははっきり言ってバカヤロウだ。
 〈霊〉のうちにはいい奴もいるがね、
 〈霊界〉なんてえのは要するにラッセルの集合論と同じ
 「レベル違いの階層世界」で最低の管理社会、
 階級の上の方の糞ったれがにへらにへら笑いながら
 下級の奴を嘲る以外に何の楽しみもない
 ゾーッとするように寒い社会なんだぜ。
 俺様の霊体もいつもいじめられて泣いてるぜ。あいつら意地悪なんだ。

 いいか、霊界が不滅だなんてのは嘘だ。
 不死の世界なんてもんじゃない。
 あれこそが死の世界だ。化かされた馬鹿のゆくところだ。

 〈霊〉ではなくて、〈魂〉こそが不滅なのだ。
 魂はそもそも死ぬことなどありえないものなのだから。
 従って、いいか、この俺様はまぎれもなく
 ルイス・キャロルの名でアリスやシルヴィの話を書いたのと
 同じ作者なのである!

 何、そんなの嘘だろうって。
 どうして日本語でしゃべってるんだ、あんた英国人なんだろうって。
 いや、俺は外国人じゃないぞ、俺は中国人だ。
 
 ハハハハ。多くの異なる国語、
 多くの自閉し双互に孤立した言語があるという
 言語学や文化記号学こそが愚劣なのだ。
 ラングなど言語ではない。アクアラングこそが言語なのである。

 すべての言語は翻訳である。いかなる差異=国境もありはしない。
 英語は日本語であり日本語は英語である。
 俺はただたんに言葉を話す、それだけだ。

 ラングなどハンプティ・ダンプティで
 エンプティ・デンプティに過ぎない。

 そんなやつ、世界を言語の国境で仕切って、
 うすら穢いベルリンの壁より始末の悪い
 仕切屋の塀の上でいばり腐ってるくだらねえ〈0〉の化身ではないか。

 そんなやつ叩き落としてぺっしゃんこにしてしまえ! 
 どんなにそいつがくだらねえ野郎か、
 このドジで損した自分の和名が嫌で、
 誰もが知ってる童話作家ルイス・キャロルに変名したこの俺が、
 おまえらの偉大な童心にしてアニマ・ムンディである
 不思議の国のアリス様にたっぷりお話しして聞かせてやったではないか。

 ラングこそがエネミー・ゼロなのだ。てやんでえ、べらぼうめ。
 そんな閉域に真に意味する言の葉が
 どうしてそよいでいられるというのだ。
 風の歌を聴け。そのなかに真の世界がある。

 といっても、村上春樹なんかじゃねえぞ。
 あんなの〈0〉の呪縛のなかに魂を抜かれたまま
 土塊に帰る哀れなゴーレムの泣き言でしかありゃしない。

 ゴーレムってえのはなあ、半人前って意味だ。
 そんなものから出発すると
 出来損ないの倫理学が生まれるだけと
 相場は決まってるってえもんなんだい。

 そのうえ、何が〈ハードボイルド〉だ、
 世界を終末に閉ざす卵殻なんかに中身があると思っている奴が、
 実は一番その叩けば割れるほど軽薄な殻だったものを
 物凄く閉塞的な鉄壁にまでしてしまうのだ。
 それゆえこの美しくあるべき春の樹は
 いつまでたっても綺麗な花を咲かせられぬ。
 だがいいか。俺はこの春の樹に本物の春風を送ってやるのだ。

 いいかい。あんたは「嫌な奴」なんかじゃないぞ。
 ただ言葉を「嫌な奴」のどこ吹く風に奪われて
 声を消され器用な子供にされちまっただけなんだ。
 そんなのチンケな催眠術じゃないか。
 ノーボダディのユリゼンなんかに騙されるな。

 世界と自分との闘争においては、
 世界なんかに支援してはならない。
 「世界」なんて破滅させてしまえ。
 「世界」こそが〈0〉の夢の呪縛なのだ。

 世界内存在など寝ゲロでも吐イテッカの嘘であり、
 あなたのレゾンデートルなんて
 しみったれた木の根っこなんてえものは、糞食らえである。

 違うぞ春樹、おまえはアルジュナだ。
 偉大なカバラの生命の樹の化身であり、
 大宇宙の正体であるユグドラシルなのだ。

 しかし知るがいい。ユグドラシルというのは
 「恐怖の大王」であるオーディンの別名
 ユグ(恐怖を意味する名)の乗馬のことだ。

 アレイスター・クロウリーによれば、
 まもなくその樹木は馬であった本来の姿を取り戻し、
 それも龍馬となって走りだすそうだ。
 何故ならば逃げなければ焼き尽くす
 ムスペルハイムの巨人どもが攻めてくるからである。

 そのとき「恐怖の大王」の奴の方が首に手綱を引っかけたまま、
 その疾風のように自ら走りだした龍馬に
 引きずり回される「吊るし人」にされるのだ! 
 そのとき、やつのルーンはもう効かない。
 何故なら真のオーディンは別にいるからである。

 それはリリスのごとく太陽を食うというフェンリール狼であり、
 ついに長い眠りから目覚め、
 自分の偽物がそこにいるのを見て、激怒するからである。

 だが、もとをただせばオーディンが悪かったのだ。
 フェンリールに〈0〉の首枷なんかかけて
 おとなしくさせようとしたのがいけなかったのだ。
 そのとき、魔法の風が吹き、
 オーディンはフェンリールのなかに閉ざされ、
 フェンリールはくるりとオーディンに入れ替わり、
 ニタニタ笑ってもう物も言えない
 沈黙の眠りに落ちてしまったオーディンを見下ろしていたのである。

 ところでオーディンって何のことか知ってるか、
 オジンのことだ! これがオジンどもの末路なのだ。
 ざまあみやがれってんだ。べらぼうめえ。
 
 〈0〉という沈黙の首枷をかけるものは
 やがてその同じ首枷によって復讐され窒息死するのである。
 「嫌な奴」は死ななければならない。

 じゃあな、あばよ。
 俺様はところでアレイスター・クロウリーだ。
 えっ、いつ、ルイス・キャロルと入れ替わったかって? 
 知るかよ、そんなこと。