オタク6 | クドのわふわふ>ω</ブログ

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作詞や作詩、たまに小説書いたり論文書いたりしてます

 猫耳をつけた黒髪ポニーの女は、口に手を当てしまったという表情をする。そして更にボロが出てしまう。
「ああ、私ここのメイド喫茶のバイト始めたのがつい最近だったからなあ。実際はこのバイト好きじゃないけど時給が高かったから選んでしまったんだよね。キャラ作りとか本当大変だし………アニメとかよく分からないよ。それに客もリクエストが多くて困るんだよね。メイドさんが本当にご主人様を愛しているかって言われたら、な訳ないし……ここ辞めようかな……でも時給が高いんだよね………」
「「「…………………………………」」」
 ペラペラと禁句を喋りだす黒髪ポニーテールの女の子。そんなメイドさんに話し掛けられない三人がいた。
 これ………絶対心の声だよな。
「おい、お前心の声漏れているぞ」
「ふぇっ……にゃ……ん」
 黒髪ポニーは泣きそうな顔をしている。どうやら心の声で合っているようだ。
「あ、あの…………」
 黒髪ポニーは更に泣きそうな顔になる。
 ああ、女の子のこういう表情俺慣れていないんだよ。
「別に俺の前では言い繕わなくて良いよ。俺オタクじゃないから。ここに来て言うセリフじゃないけどさ。俺昼食食べる為に寄っただけだからさ」
「………そうですか」
「ああ」
 メイドさん目当てで来ていないと知って、安堵の溜息をつく黒髪ポニーの子。
 気持ちは分らないでもない。大体の客がメイドさん目当て。あんな言葉を言った瞬間クビにさせられること間違いないな。
 しかし、仕事は仕事。当然先輩に怒られるのは必至である。
 小さな声で怒る先輩の御月。目には怒りの火がメラメラと燃えている。
「唯! 私達以外の場所であんなボロ出したら即クビだよ! 分かっている? 次からはあんなミス許されないからね!」
「はい……」
 新人のバイトの子は深く頭を下げる。
「御月………その辺にしとけよ」
 しかし、メイド喫茶のことにはキャラが変わる御月。
「和磨君、これはうちの問題なの! 唯、頭を下げたら良いってものじゃないの! 分かった?」
「はい……すみません、御月さん」
 そして三分ほど説教を終えた後、俺達は案内をしてもらった。
「こちらが席となっています……ニャ」
 怒られたこともあり、研修生はしょぼんと背中を丸めていた。彼女が犬だったら尻尾が垂れさがっているだろうな。
 店内を眺めると前みた時と同じ豪華なシック作りのメイド喫茶。
「こちらがメニューとなっています……ニャ」
「ああ、ありがとう」
 渡されたメニューを受け取る。一覧を見ると前と同じメニューに加え期間限定メニューとにゃんデイ特別メニューが書いていた。
 メニューを見て二人は笑顔で聞く。
「ねえ和磨、何万円まで頼んでいいの?」
「和磨君、何万円まで頼んでいいの?」
「え、はは、何だ、それ? 面白いな」
 同じようなことを言った二人の言葉に俺は苦笑する。
 …………何万円? 桁が違いますが………個人的には千円以内に収めて欲しいんだが。これは二人の渾身のギャグだよな? 結構面白いよ。
「俺の全財産は一万円にも満たない。好きなだけ頼んでもいいが頼んだ瞬間お前らは食い逃げの共犯者になるぞ」
 正確には八千八百九十五円だ。
「和磨君が私達を庇って一人だけ警察行きになる荒業はどうでしょうか?」
「和磨、グッジョブ!」
「グッジョブじゃねえ! 認めるか、んなこと!」
 全く、二人の発言が百パーセント冗談と言えないのが怖い。
「じゃあ私は期間限定の爽やか夏メイドとメイドリンク」
「あたしはこのにゃんデイ特別メニューとメイドリンク」
結局二人はジュースに加え期間限定とにゃんデイ特別メニューを頼んだ。これだけでも合わせて二千五百円以上もする。た、高い。
「俺はメイド水で…………」
 俺はメニューで一番安い220円のメイド水を頼んだ。しかし、高い。ただの水で220円はぼったくられた気分だ。
「はい、以上でよろしいでしょうか?」
「うん、もうそれで良いから早く持ってきてくれるかな?」
 これ以上仔那珂と御月に注文されたらたまったもんじゃない。だから早急にオーダーストップをお願いする。
「は、はい。分かりました」
 彼女は頭を下げて直ぐに厨房へと走って行った。その後姿を見て俺は小さく呟いた。
「語尾忘れているぞ」
 ははは、あの子はメイドに向いていないだろう。俺と同じでアニメも詳しく知らない非オタクなんだから。でも良かったな、俺達が客で。彼女が今日みたいに常連さんのオーダーを取っていたら「何だ、そのメイドは!」って怒鳴られるのは間違いない。
「御月、彼女はいつからバイトを始めているんだ?」
「えーと、今日で一週間かな? 六日間は厨房や裏側でサポートをして一週間目にして客前に出られるんだけど………ああ、じゃあ今日が初めて客に出る日だったみたい」
「大丈夫なのか、あの子?」
「分からない。らぶ☆メイは基本厳しいから解雇されることもあると思う。らぶ☆メイのバイト募集の規定ではアニメ、オタクの知識豊富の純正のオタクってあるんだ。さっきの話だとそれ破っているわね。あの子」
 赤の他人を心配していると、その張本人が三人の飲み物をおぼんに入れて持ってくる。今回はオーダーを取った人が持ってくるのか。
「お待たせいたしました。メイドリンク二つとメイド水です」
 親切に一つずつ置いたあと走ってまた厨房へと行く。俺が早く持ってこいと言ったのを真に受けすぎたようだ。
 そして彼女の頑張りにより二分後には頼んだものが全てテーブルの上に乗った。にゃんデイ特別メニューは猫の形をしたオムライス。そして期間限定メニューは普通の冷やし中華だった。
「ではごゆっくり………」
 彼女は頭を下げ、再び厨房へと向か――わない?
 黒髪ポニーの彼女はその場で立ち止まったまま下唇を噛んでいる。
 そんな行動に俺は質問せずにはいられなかった。
「ど、どうした?」
「…………………」
 黒髪ポニーの女の子は黙ってもじもじと手をいじっている。何か言いたいことがあるのだろうか? 
 不思議に思っているとポニーの女は御月の前へと立つ。
「どうしたの、唯?」
「あの、私もうすぐバイトが終わるんですけど………」
「そうなの? もしかして忙しいから急なバイトで入れとか?」
「違います……そうじゃなく……あの、これから皆さんは秋葉原をまた回るんですか?」
「そうだよ!」
 元気よく確言する御月。
 ……やっぱりまだ秋葉原回るのか。そして俺は荷物持ちというのは確実か………。
「でしたら……私も連れて行ってください! どうしてもこのバイトを続けたいんです(時給が高いから!)」
 店中に響き渡るほど大きな声で訴える黒髪研修生。
「は?」「え?」「ん?」
 そして三人はその彼女の発言に呆気にとられる。
 急にどうしたと?
「え、と。唯、急にどうしたの?」
「私、オタク文化について何一つ知らないですし、知る為には色々勉強するべきとは思いますけど一人ではとても自信がなくて………だから先輩に」
 どうやら唯はこのバイトを続ける為にオタク文化を詳しく知りたいようだ。でもこの文化は勉強というか趣味というか………学問というのだろうか? オタク学? 
「う~ん、和磨君、仔那珂さんが良ければ」
「俺は別に構わない」
「あたしは反対どころか賛成ね。オタク文化に親しんでくれる人が増えるのは光栄」
 仔那珂は口調こそ上から目線だが嬉しさが隠せていない。
「うん、三人ともオッケーだから一緒に来てもいいよ。先輩として唯にたくさんオタクの知識を教えてあげる」
「わー、ありがとうございます!」
 無邪気に喜ぶ黒髪ポニーの女。
 アニメもキャラ作りも好きじゃないのにバイトは続けたいのか。
「……よっぽど時給が高いんだな」
「唯、それじゃあバイトが終わったらこの席に来てね。私達はそれまでここで待っているから」
「分りましたー、本当にありがとうございます」
「お礼は教えてもらった後に言ってね。唯」
「はい、分かりました。御月さん」
 彼女はそう言って厨房へ向かう。その途中で一度振り向き会釈をした。
「不器用なりに頑張っているな。あの子」
「確かに。でもあの子このバイトに向いていないんじゃないかな?」
 俺と仔那珂は冷静に黒髪ポニーを判断する。
「唯は頑張り屋ではあるんだけど、オタク知識が皆無に近いようね」
 メイドリンクを飲みながら話すメイドの先輩御月。
 御月のドリンクよりも格下のメイド水を飲みながら俺は気になることを聞く。
「そう言えば時給いくらなんだ、ここ?」
 興味本位、それがどれだけ軽い行いか思い知らされる俺。
「聞きたい?」
「……ああ、まあな」
 急に彼女の口ぶりが重くなったので俺はぞっとする。時給が禁句? そんなことは無いだろう。過半数の店は時給を公表している。
「教えてもいいけど。他言無用だよ。もし言ったら……――」
 彼女の偽りのない笑顔が逆に怖くなる。もしこれを聞いたら後戻りできない。人生行路を踏み外す。そんな影が差す。
 だから、超臆病者の俺は興味を捨てざるを得なかった。
「ごめんなさい、やっぱりいいです」
「あはは、それが良いと思うよ~」
 何故時給が守秘義務!? 犯罪の匂いがするのが気のせいであって欲しい。
御月の笑顔の表裏が激しそうで怖いな。家では包丁を研ぎながら『ふふふ』と歌っているかもしれない。いや、それはホラー映画よりも怖いぞ。オタクの世界ではギャップ萌とか聞くけどこのギャップは怖い。学校では清涼に溢れる彼女が家では発狂者…………想像できてしまう自分が怖い。
 正直言うとこの職場の時給が気になる。でも聞けない。聞いてしまったらどの選択肢を選んでも死亡フラグに転ぶような気がする。
 はあ、話の指針を変えよう。もうバイトの時給の話はしない。命は惜しいからな。
「そう言えばあの子……楽しそうにバイトしていなかったな」
 オタクを隠したがる俺。メイド喫茶で働いているのにアニメやオタクに関して無知の研修生。どちらも似たようなものだな。俺は平々凡々な日常を求める為家族がオタクなことを隠している。そして彼女は時給が高いことに目を付けて好きでもないメイド喫茶で働く。どちらもオタクに良い印象は持っていないな。
 そう言えば二人は何で二次元にはまったんだろう? 何か理由があるはずだけど。
「二人は何で二次元に興味を持ったんだ?」
 単純で悪意のない質問だったが、何故か俺は彼女達と目を合わす事が出来なかった。そんな俺は顔を少し右に逸らして聞いた。
 彼女達の表情は見えない。そして長い沈黙が続く。
 別に悪意のない質問をしたはずだ。でもこの沈黙は何だ? もしかして俺はまた空気の読めない質問をしたのか?
 KYの馬鹿だと自分を卑下し、下唇を噛んだと同時に仔那珂が口を開けた。
「あたしが最初に興味を持ったのは動画サイトのアニメ。元々あたしオタク嫌いだったからアニメにも興味ゼロだったの。でもある時、間違ってホームのおススメでアニメの欄を押してしまったの。その時に流れたのがショタアニメ。見る気は無かったんだけど、感動の話でついつい最後まで見てしまったの。それからよ。興味を持ったのは」
「動画サイト?」
 Yout○beやニ○ニコ動画の類か………。
 そして仔那珂の話が終わり、メイドリンクを程よく唇に染み込ませた御月は口を開く。
「私も仔那珂さんと同様オタクに興味無かった。その時の私は衣服や演劇に興味を持っていたの。でもファッション服を着て堂々と新宿を歩いたりは出来ない。だから私は秋葉原のメイド喫茶を選んだ。キャラに成り切ることが出来る上に好きな服も着られる。一石二鳥だったから。オタクに興味を持ったのはそれからかな?」
「二人とも家族や友達からは影響していないんだな」
 俺はオタクでないが、影響されるとしたらあの非凡な家族からだろう。特に姉のBL好きは酷い。大学生になっても昼夜逆転生活を送っている。大学生ではなく堕異学生であると俺は定義しておこう。
「ああそうか、和磨は家族全員がオタクなんだったわよね。でもそれはそれで楽しそうだけど」
 くすっ、と仔那珂が微笑する。しかし、そんな甘い状況下ではないんだ。うちの家は。朝から晩まで騒音で寝付けないんだから。
「俺もオタクならどれだけ楽だったか。二人の家族はオタクをどう思っているんだ?」
 そう言えば聞いていなかったな。メールも二人とは少なくないけど家族に触れたことはない。専らメールの内容はオタクの話。メールをする度に理解度が高まるのが最近の悩みだったりもする。
「う……」
 仔那珂は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「…………ああ、はは」
 またKY質問をぶつけた俺は、頭をかきながら空気を重くしないようにわざとらしく笑う。しかし、あれだな。俺はKY決定だな。
 そしてその気まずさの中、御月は口を開ける。
「私の家はどうだろう? 私の家族ってふわふわしている人だから大丈夫かな。ああ、でも妹はオタクに対して毛嫌いしているかな」
 ははは、と御月は笑っていたが俺はどう言葉を返していいか分からず頭をかいた。
「……………………………………」
 仔那珂は相変わらず口を閉じたままばつが悪い。
『お帰りなさいませ、ご主人様ニャ』
『でへへ、可愛いコスでござるな~』
『そう言われると照れるニャ。ではご主人様、今からご案内させてもらうニャ』
 …………沈黙の中、店の入口で聞こえる客とメイドさんの会話。それが俺達の重い雰囲気に更に錘を乗せた。
 そして長い沈黙を破ったのは仔那珂だった。
「私の父と兄は議員を務めているんだ」
「「?」」
 首を傾げる俺。前置き無しに言われたその言葉を俺はどう捉えてよいか分からない。御月を一瞥したが同じく首を傾げていた。さっきの言葉から推理して分かるのは年の離れた兄がいるということぐらい。
 そして俺と御月の反応に気にせず続ける仔那珂。
「議員さんでお母さんがサポートをしているんだ。で、あることに賛成したの。あたしにとって最悪の賛成。そして兄と父にとっては私の趣味が最悪最低のもの」
「?」
 クエスチョンマークを俺は顔に何個も貼り付ける。
 さっきから仔那珂は何を伝えたいんだろう? 出来れば俺にも分かるように説明して欲しい。
「あ………仔那珂さん、もしかして秋葉原の……」
 黙って頷く仔那珂。顔は笑っていなかった。
「それは……どうしようもないね」
 解を聞き、御月は右手で右目を押さえ、憮然として溜息をついた。
「ちょっ……御月、自分だけ理解せずに俺にも分かるように説明してくれないか?」
「……仔那珂さん」
 無表情で頷く仔那珂。やはりいつもの上から目線な笑いを見せてくれない。
「一度しか言わないからしっかり聞いて和磨君」
 強く首を縦に振る。そして緊張のせいかごくりと何かを飲む音が耳に響く。
「最近東京で賛否両論の議会が勃発している。オタク廃止制度の。秋葉原は電化街として元々有名だった。だから元の萌文化が無い奇麗な街に戻すってね」
 ギリリと歯噛みする仔那珂と御月。
 ………心の中で「賛成意見が増えて奇麗な秋葉原に戻って欲しい」と思ってしまった意見を俺は心の奥深くに押し込んだ。
「私はオタクなので廃止制度に反対。けれど逆の意見が全て違うとは言い切れない。秋葉原では十八禁の物が点在している。そして十八歳以下の人が入っているのをよく見る。それだけで好ましくない。それに萌文化が増えてからニートが増えたのも否定出来ない。違う世界に逃げ込んで現実逃避しているだけかもしれない」
 その言葉の後に御月が付け加える。
「そして、オタク廃止制度の賛成者が仔那珂さんのお兄さんと父親って訳」
 仔那珂が下唇を強く噛む。そして眉間に皺を寄せて項垂れていた。
「ああ、………そういうことか」
 仔那珂自身はオタク。でもそれは議員でオタク廃止制度に賛成している父親と兄を裏切ることになる。もしオタクのことを訴えたのなら激怒では終わらないだろう。下手したら怪我を負うかもしれない。そういう狭間があったから彼女は自分の趣味を隠し通していたという訳か。
 御月は言おうと思えば家族に話す事が出来る。でも仔那珂は家族を含めて誰にも言えない。この差は確実に大きい。
 そしてその御月の言葉に仔那珂は熱くなり席を立つ。
「確かに御月の言うとおり不利益も多いよ。でも、それが無いと生きていけない人もいるの。あたしもその一人。だから廃止制度には許せない。あたし達にとって秋葉原の萌文化は支えになっているの。逆に萌文化が無いなら空虚な街よ」
 仔那珂は冷静になって席に座り、そして項垂れた。
 同情は出来ない。簡単な話。俺はオタクではないからだ。
 でも、彼女の寂寞は理解できた。俺は家族の中で唯一オタクでは無い人間。逆に彼女はオタク嫌いの家族の中で唯一オタクの人間。俺達は似ているようで完全に違う。磁極で言うところのNとS。
「仔那珂は誰にも言えなかったのか。友達だけでなく家族までも」
 言えないどころか議員の親と兄には否定される。それはどれだけ辛いことだろうか。
 そんな現状に俺は聞かずにはいられなかった。
「もしも萌文化廃止論が賛成多数で秋葉原から萌文化が消えてしまったらどうするんだ?」
「国が廃止と決めたらどうしようもないよ―――」
 項垂れたまま答える仔那珂。
「………………」
 俺は何を言っているんだ? 少し考えれば分かる答えだ。
 国レベルで政策が取られたら誰が何を反論しようが関係ない。そして萌文化を廃止しようと論は出ても逆を出す人はいないだろう。萌文化は終わればもう復活しない。だから今を継続しなければ勢いが消えてしまう。
 自分自身の問いに苛立ちを隠せないでいる俺。
 そんな俺を余所に仔那珂は話を続けた。
「―――萌文化を禁止してしまったら元の秋葉の姿が無くなる。それはもう分かっている。でもそんなの関係ない。あたしはアニメやショタフィギュアが死ぬほど好き。だからあたしは愛し続ける。例えそれが確かな形で無くなっても」
 仔那珂は自分のオタクに対する気持ちを全て出し切ったのか、胸を張り満足の笑みを見せた。
「うん、うん。私も気持ちは同じだよ。仔那珂さん」
 御月はパチパチと拍手をする。
『泣ける~、感動したです~!』
『萌萌! マジ感動レス。胸キュン来た』
『何これ、この演説神レベルきたを』
そしてそれを聞いた周りのお客さんもこちらを向いて盛大な拍手を仔那珂に送った。
「ああ、どうも。どうも」
 仔那珂は照れながら右手を頭の後ろに回し頭を皆に下げる。
「仔那珂……」
 大きく口を開けて感心する俺。
 これだけ熱意を向けられるのか………本当に凄いな。
 そんな状況の中、黒髪ポニーの女の子が俺達から適度な距離を保つ。メイド服からボーイッシュな服装に変わっている。どうやらバイトが終わったらしい。
そして彼女は指で輪を作って口をパクパクしている。
「……………?」
 何か伝えたいんだろうか? 金? 違うよな。流石に初対面の人に金をせびることはしないだろう。まあ金に目が無いのは事実だろうが。
『マジ神っす。オタク姫』
『いやー、感動したレス。本当久しぶりに激シビ』
『泣けてきた。秋葉天使だを』
「ども、ども」
 声援が続く店内。どうもオタクには仔那珂の名言にシビレたようである。
 黒髪ポニーは指で輪を作ることと交互に手を胸の前で交差している。
「もしかして……今行ってもいいですか? それともダメですかと伝えたいのか?」
 そして俺は息を漏らす。
「はあ、そんなの口で言えよ」
 手を上げて大きく輪を作る。つまりはオッケーという意味だ。
多分あいつはオタクという人種に慣れていないから場の空気が分らないのだろう。今行っていいのか、それとも今は行かない方がいいのか判別がつかないという具合か。
 そして俺が大きく輪を作ると、彼女は胸に手を当て大きく息を吐く。もしかしてこれだけで緊張していたのか? あいつは。
「――バイト終わりました」
 愛想笑いか緊張している笑いなのか分かりにくい笑顔を送る黒髪女。
「お疲れ、唯。ここに座って」
 御月が後輩を優しく向かいいれ椅子を引く。
「わざわざすいません、御月さん」
「大丈夫。先輩だからね」
 御月は照れ臭そうに胸を張った。
 ははは、相変わらず後輩には強いな。
 そして俺達も遅れてお疲れと口にする。
「「お疲れ」」
「いえいえ、わざわざそんな労いの言葉を貰わなくても」
 両手を胸の前で振り、謙遜する彼女。
「いやいや、頑張ったと思うよ」
 接客の出来は分からない。俺はオタクじゃないからメイドさんはこうあるべきとか分らないんだ。
「そう言えば自己紹介がまだだったな。お前のことは何て呼べばいいんだ?」
 俺の問いに黒髪ポニーはメイドスマイルを向ける。
「唯でお願いします」
 それから俺達は、軽く唯と自己紹介を済ませ雑談した後にこの店を出た。

 らぶ☆メイから移動して最初に来ていた店に着く俺達。その間に秋葉のロッカーを経由して来たので俺の腕にはあの重い荷物が無くなって楽である。
 更に楽という点を挙げるなら会計のこと。結局らぶ☆メイではメイド水だけの金額を払って俺は後にした。二人とも「「奢って貰うのは冗談、冗談」」とお金を支払ったのだ。本当は嬉しいはずなのだが何か俺は不甲斐無さを感じた。
「これは『ねんどろいど』って言う名のフィギュアなの」
「ねんどりいど?」
「ねんどろいど!! ちゃんと覚えないと制作会社に失礼!」
「はい、すみません。ねんどろおどですね」
「ねんどろいど!!」
「ああ、すみません(泣)」
 御月は早速オタク知識を後輩に埋め込もうと頑張っている。そして後輩の唯はメモ帳を手にして必死に言われたことを書いている。
「ねんどろうど……」
「ねんどろいど!!」
「ああ、すみません(泣)」
 記憶力と理解力には難ありだが頑張っている姿は眼で分かる。
 そんな二人とは逆側に俺は立っていた。そして仔那珂は膝を曲げて棚に置かれているショタフィギュアに夢中になっていた。
 改めて店内を見るとたくさんのオタクグッズで埋め尽くされている。フィギュア、アニメのDVD、ゲーム、漫画、小説、十八禁、コスプレ服、他にも多種揃っている。アニメイトやとらのあなの店と異なり中古のグッズが多いようだ。
「中古ね……」
 置いてあったショタ系フィギュアを手に取り俺は眺める。
フィギュアケースには中古と書かれている。他のフィギュアを見ると新品や未開封と書かれている物があるが、中古と大して変わらない。新品に近い中古である。
 しばらく眺めているとしゃがんでいる仔那珂が悪戯っぽく微笑む。
「どうしたの、和磨もショタに興味持ったの?」
「持ってない」
 そう言って俺は元あった場所にフィギュアを戻した。
「あんたが今持っていたショタフィギュは昔から愛されているキャラの将夢くん。本当に可愛いのよ。そのキャラ」
 確かに可愛い顔をしているな………心なしか光河に似ている気がする。
 それにしても本当に仔那珂はショタが好きだな。でもショタフィギュアは美少女フィギュアよりも少ないな。見る限りでは殆ど女の子のフィギュアだ。
「それに将夢くんはね―――」
 仔那珂のショタについての熱意でまた話が長くなりそうだ。