オタク2 | クドのわふわふ>ω</ブログ

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作詞や作詩、たまに小説書いたり論文書いたりしてます

 頭の中で呪文のように復唱したが、どうしても勘違いに思えなかった。髪の色は茶色で同じ。顔も同じ。そして決定的な決め手はBと書かれているヘアピンを髪につけていること。
 色々と整理をしたい。だけど最初にすべきことがある。
「ごめん、話の前にさ……起き上がってくれないか?」
「あ……ごめん」
 あと少しで唇が重なる距離にあった彼女は起き上がる。起き上がった彼女の顔は赤くなっていた。そして俺も同じような表情をしていたのだろう。
「「………………………」」
 しばらく俺達は無言で突っ立ったまま顔を合わせずにいた。
「………あのさ……どこか人に見つからないような場所で話さないか?」
 勇を鼓して話しかける俺。すると彼女は無言で頷き、手招きをした。どうやら秋葉原の秘密の隠れ家的な所を知っているようだ。
 俺達はひとまず半額ずつ支払いゲームを買った。そして十朱にそれを一旦預けた。
「……………………………………」
「……………………………………」
 無言で彼女の背中を追い続ける。名前も見ていない店を出て裏路地を突き進む俺達。
「…………」
 きょろきょろと辺りを見渡す。さっきまで辺り囲んでいたオタクの姿は少なくなっている。そこではぽつぽつと数える程度のオタクが静かに歩いていた。
 そして彼女の背中を追い続けると人が減っていく。そして歩くたびに俺は不安と緊張で大きくなった。
 ………こんな少ない道を抜けてどうするんだろう? ………もしかして口止めどころか見つからない場所で葬られるんじゃないだろうか? ああ、マイナスに考えたらいくらでも考えられる。
「ここ……」
 いつも傲慢な態度の彼女は静かに指を差す。
「え? ラブ☆メイ?」
 目の前に見えるのはラブ☆メイと書かれた看板の店。
『お帰りなさいませ、ご主人様☆』
 玄関では中の上の顔のメイドさんがオタクの人を勧誘している。
 つまりここはメイド喫茶と言う訳だ。
「蓮見、入るよ」
「…………お断りだ」
「心配しなくてもいい。ここは知り合いなど一人もいない。メイド喫茶の穴場」
 十朱は背中を向けたまま口にする。
 しかし、そう言われても入る気が微塵もない俺。
 ……穴場? メイド喫茶に穴場とか存在したのかよ………。それに……もしここに入ってしまったら自分がオタクであると言っているようなものじゃないか……。
だから俺は自分の指針を変えない!
「入らん!」
「それじゃあこのゲームはあたしの物で良いよね」
「入ります」
 弱っ! 俺の意志弱っ! もう本当に俺の意志は風前の灯と言っても過言じゃないからな。
 意を決し、ドアを開ける。するとそこは地獄だった。
『『『『お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様』』』』
 左と右に縦一列に並んだメイドさんが俺達に頭を下げる。
「………………」「ただいま」
 無言の俺と異なり、気軽に入る十朱。経験値の差がコミュニケーションの差を生んだ。いや、文化の違いが差を生んだのだ。
 三次元と二次元の文化の違いで。
 そして俺は額に汗をだらだらとかき、膝が震えている。そして心の中の脈がドクンドクンと速くなるのを感じた。
 イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ無理無理無理無理無理無理無理無理無理―――――――――――――――――――――――――――! 絶対無理………本当にごめんなさい。俺にこの環境は合わない。
「はは………はは」
 溜息を通り越し、不気味に笑いだす俺。
「落ち着いてよ。あたしだって秘密のコミュニティーサイトで知って初めて来たんだからここ。ネットでは評判だったんだから」
「そうなのかよ? お前初見なのにこんなに落ち着いてんのかよ……(っていうかネットで評判って穴場か?)」
メイドさんに席に案内されるまで俺はずっとこの調子だった。
 店内は豪華でシックな作りになっている。そして普通のメイド喫茶なら客が多いのだろうがここは少なかった。穴場と言われるだけはある。
 席に案内され腰を掛ける俺達。しかし、席に座った後もしばらく膝の震えは止まらなかった。別にお化けが現れた訳じゃない。ただ受け入れがたいものへの極度な緊張から膝が震えていた。
「蓮見、ゲームの行方の前に何か頼む? というか店に来たから頼まないと失礼」
「………ああ、そうだな。メニューを貸してくれませんか」
『は~い』
 リボンが付いたメニューをメイドさんに受け取る。

萌萌オムライス1380円(メイドからの呪文あり)
 萌キュンビームの手作り卵焼き680円(メイドからの呪文あり)
 メイドみ焼き720円、萌萌カレー900円
 メイドリンク340円、メイド水220円
カフェクッキー290円、超真聖あいす♪320円
 ラブコーヒー300円、ラブティー300円
 萌きゅん………………………………、
 メニューの途中でギブアップする俺。そして店員(メイドさん)に聞かれないように耳打ちする。
「十朱………今すぐ出ないかこの店?」
「却下。さっさと決めなさいよ」
「う~ん、何が何だか分からないんだが………それに何でこんなに高いんだ? メイドの手作り卵焼きなんて680円だぞ。それに何だよ、この呪文って?」
「メイドさんが呪文を掛けると料理が美味しくなるのよ」
「はあ? 何だ、それ? 最先端の科学技術か? それとも人間が魔法を使えるようになったとでも言うのか?」
 目を皿にして俺が聞くと彼女は溜息をつく。
「はあ……それなら頼んでみたらいいじゃない。それを」
「これを………でも高いからな………でも最新技術を見られるなら安いぐらいか……」
 そして非オタクの俺は、少し興味を持って頼もうとしたが躊躇する。
「あのさ……代わりにオーダーしてくれないか? 流石に恥ずかしいんだけど……」
「無理。自分が食べたい物は自分でオーダーする。それが基本」
 十朱は忠告した後、オーダーをする。
「超真聖あいすとラブティーを下さい」
『かしこまりました。お嬢様。ご主人様は何にしますか?』
 言わないといけないのか? ああ、口に出したくないんだが………。
「これとこれとこれ下さい」
『萌萌オムライスと萌キュンビームの卵焼きとラブコーヒーですね? かしこまりました』
 結局言えなかったチキン野郎の俺は、メニューを持ってメイドさんに注文した。
 メイドさんはオーダーを取った後、厨房の暖簾を潜って行く。勿論その暖簾もアニメの絵が刺繍されていた。
「あんた意気地無しね」
「…………………………………」
「まあいいわ。それよりも事情を整理しましょう」
「ああ、そうだな」
 まずはオタクを毛嫌いしている彼女が何故あそこにいたかを問いたい。
「で、お前は何であそこにいたんだ? 誰かに頼まれたのか?」
 滅茶苦茶オタクを嫌っている十朱のことだから誰かに頼まれたんだろうな。
 しかし、俺の予想の言葉は耳に入ることが無かった。
「違う。あたしが好きなゲームを買いに来た」
「…………………………は?」
 違う、違う、違う、ノンノンノン、違うだろ。
「といってもBLゲーム以外にも小説や他にもたくさんあるわよ。拓也君とかアキラ君のホモ行為も最高だし………うっとりするのよね」
 十朱は目を細めてうっとりとする。
「へえ………そうなんだぁ……」
 ドン引きの俺は椅子を少し下げて返事をする。
「それなら何で……オタクを隠しているどころかオタクの人を汚いような眼で見ているんだよ?」
 何気ない質問をすると先程まで笑顔だった彼女は俯く。
「無理だったの………女子高生ってオタク嫌いが多いんだ。あたしはそれが怖かったの。本当は好きで、好きで、堪らない。学校に行かずにずっと家でプレイしたいとも思っているわ。でも……それを皆に告げても遠ざかれるだけ。オタクって気付かれたくなかったらあたしはあんな行動を取ったの」
 俯いて震えている彼女を見ると、いつも見る十朱仔那珂の姿にはとても見えなかった。まるで背中を丸めている子ども。そんな弱さを感じる。
「………………………………………………」
 無言で俯いた彼女を見る。
 俺も俯き言葉が出なかった。返事の為の一ピースも俺の頭では何一つ生まれない。それだけ俺は格好悪かった。
 そんなどんよりとした空気の中、メイドさんが注文された食事を持ってくる。正直間が欲しかった俺には助かった。
「萌萌オムライスをお持ちしました。ご主人様♪ 私がご主人様の為に呪文を掛けてあげます」
 料理を持ってきたメイドさんは先程のメイドと声が違う。どうやらさっきのメイドさんと違う人が持ってきたようだ。それにしても………この声聞いたことがあるような……。
 恐る恐る顔を上げる二人。そしてそのメイドさんを見た瞬間三人同時に声が出た。
「あ……」「え……」「お……」
 大きく口を開ける三人。
メイドさんは持っている皿をカタカタ震わせながらテーブルに置く。
 そのメイドさんは洞爺御月に似ていた。というより本人だった。もう間違いなく。カツラを被って金髪ではいるが分かる。彼女だ。洞爺御月だと。あの読書好きで静かな高嶺の花の彼女。
 彼女もまた七月七日という価値ある日に運悪く出会ってしまった。
「洞爺……?」「洞爺さん……?」
 そんな彼女が今メイドさんとして働いている。フリフリのメイド服を着て。
「……………何のことでしょうか? 蓮見君? 十朱さん」
「そこはご主人様とお嬢様だろ……」
「あっ……」
 彼女はしまったといった表情をして口に手を当てる。
 うん。間違いない。洞爺御月だ。
「洞爺……ここで何しているの?」
「え………あの……ごゆっくり」
 彼女が慌てて厨房に逃げようとしたので腕を掴む。
「お触り禁止です」
「分かった。もう触らない。せめて呪文を唱えて言ってくれ。でないと高いお金を出した意味がなくなる」
「え………………」
 彼女は泣きそうな顔をしていたが表情を変えて呪文を唱える。
「萌萌キュン♪ 私の愛よ~、オムライスに宿れ!」
 両手でハートを作り、胸の前から俺達に突き出してくる。
「…………………………………」
 これが呪文? それにクールな洞爺がキャラチェンジ?
 無言で俺は洞爺を見る。そして洞爺は目を逸らしたので十朱に視線を変える俺。すると十朱は口を抑えて笑った。
「くっふふふ………ごめん、耐えられない…………ぷっ……まさか洞爺さんがオタクとはね。しかもさっきまでのムードが台無しだし……ははは」
「十朱………」
「はははっ、蓮見、オタクって意外と身近にいるね」
 十朱は笑い泣きしている。それだけ笑いの壺に入ったのだろう。
 そして俺も笑いながら返事する。
「そうだな。まさか洞爺がオタクとは……予想外だった」
「うぅぅ…………それじゃあ、ごゆっくり」
「待てよ」
 もう一度腕を掴む俺。
「だからお触り禁止!」
「ああ、分かった。だから直ぐに去ろうとするな」
「でも仕事中だし………」
 洞爺が戻ろうとすると、十朱が笑顔で止めを刺した。
「戻ったらオタクって皆に言うよ」
「……………その脅し私も言えるよね?」
 ふう、と溜息をして洞爺は近くの席から椅子を持ってきた。
「分かった。でも仕事中だから手短にお願い。それと注文は持ってこないといけないから全部持ってくるね」
 覚悟を決めたのか真剣な顔で洞爺は口にした。そして注文の卵焼きでまた呪文を唱えて貰い、彼女の顔は恥ずかしさで赤く火照っていた。
「洞爺さんは何で、メイド喫茶で働いているの?」
「趣味と仕事を両立出来るから。それとここ知り合い来ないから。今日来たけど……」
 彼女は正直に答える。
 しかし、変な光景だな。変装に近い姿の二人とメイドさんが席に座っている光景は。
「でもビックリだな。洞爺がオタクってこと」
 そう口にすると洞爺は俯いて口にする。
「趣味はコスプレ。でもクラスの皆には言えなかった。皆勝手に私は静かで大人しい性格って決めつけていて誰にも言えなかった。本当は開放的にオタクと公言しても良かったんだけどね。でもそれも出来なかった」
「ご、ごめん……つい」
 自分の軽挙な発言に拳を握る俺。……馬鹿だ、俺は……空気が読めていない。
「別に良いって。誰でもそう思うだろうし。一人でいつも本読んでいて皆には高貴な存在って言われるけど全然嬉しくない。だって言いかえれば根暗で友達がいない子。今の位置だって自分が仮面を被っているから立てているしね」
 メイド服の彼女は自虐して笑っていた。
「洞爺………」
 俺は慰めの言葉一つ掛けられず上を向いた。一瞬で明るい雰囲気のメイド喫茶が氷点下まで凍りついた気さえした。
 そして更に洞爺と十朱が俺に聞く。
「ねえ、蓮見君………私自分がオタクってこと打ち明けた方が良いのかな?」
「あたしもそう思った。今まで理不尽にオタクの人を罵倒しておいて自分だけ逃げるなんて酷いよね………あたしも言った方が良いのかな?」
 二人の顔をそれぞれ見る。そして俺は微笑み親指を立てる。

「言う必要はないだろ。女の秘密は特権だ。可愛い女は秘密が多いってテレビで見た。一つだけ言っておく。俺はお前らを否定しない」

 本当に下らない答えと今では後悔している。普通は親身に相談に乗って、言うか言わないかを本人に決めさせるもの。だが俺は正直に答えた。
 俺はオタクが嫌いだ。これは不変、変わらない。でも二人の趣味ならそれは仕方ない。それをつき通して欲しい。もしも打ち明けてしまったら、多分今まで通り楽しくアニメを見ることやライトノベルを見ることは出来ないだろう。だから黙っていてほしい。自分の好きなもので二人に悲しんで欲しくない。
 そんなふざけた回答をした俺へのお返しは、暴力でもなければ罵声でも無かった。返って来たのは純粋な笑い。
「はっはははは、くふふふ」
「あははは、ははは、ははは」
 二人は口を押さえるが笑いが止まらない。
「あんた本当に馬鹿だね。ははは、何が女の秘密は特権だ、よ」
「あはははは、それにあの言葉テレビを参考にしたの? ははっ、自分の言葉にすらなっていない」
 大笑いする二人は「でも」と後に付け加え続けた。

「「ありがとう」」

「え? ああ………」
 怒ると思っていた二人からのお礼は、俺にとっては理解し難い言葉だった。
 本当に良かったのかな? あれで。
「っていうかさ……十朱と洞爺じゃ名字の呼び方が似ているから名前で呼んでよ」
「ああそれ私も思いました」
 二人はお互い頷く。とあけ………とうや……確かに似ているな。
「分かった。それじゃあ………御月………仔那珂……これで良いか?」
 照れて顔を赤くして言う俺。いつも男子としか会話をしない俺はこういうのに慣れていないんだ。しかも彼女いない歴=年齢。だから女の子にどう接したら良いかも分からない。手を握ったのだってフォークダンスの時だけである。
「あっ………うん。それでいいよ、蓮見」
「ああ、はい。それで構いません蓮見君」
 二人は何故か俺に顔を合わせないように俯いた。
「でもさ、俺だけ名前呼んで二人は蓮見って呼ぶのも………俺のことも名前で呼んでくれ。別に強制はしないけどさ……」
 照れ隠しに頭をかく俺。
 すると二人はゆっくりと顔を上げて口にする。
「……………和磨」
「…………………和磨君」
 名前を呼んだ後、彼女達はトマトのように顔を赤くする。

「仔那珂さん………」
「御月………」
 その後、仔那珂と御月は名前の呼び合いをしていた。
「………(ああ、名前で呼び合うのも良いな)」
 雰囲気も解れたので俺は本題に戻る。
「で、どうするんだ。あのゲーム?」
「ああ、あれのこと?」
 ガサガサとバッグから例のBLゲームを取り出しテーブルに置く仔那珂。
「ひっ……」
 御月はBLに耐性が無いらしく引いた。
「御月、引き過ぎ………」
「ああ、ごめん、私オタクだけどBLとかには興味がないの。ごめんね」
「そうなの………好きだったらおススメのBLゲーム紹介してあげたのに」
 しょんぼりする仔那珂。どうやらBL友達が見つかったと思っていたらしい。その後に聞き捨てならないことを口にする。
「まあいいか。和磨がいるし」
「ひっ…………キモッ」
 御月は俺を見て仔那珂の時の五倍は慄いていた。
「?」
 疑問符を浮かべる俺。仔那珂の言っている意味が一%も理解できない。質問しても仕方ないので俺は本題に戻る。
「仔那珂、そう言えば何でこのゲームが欲しいんだ? 大半の腐女子は華奢な男が華奢な男と抱き合っているゲームが好きって聞くけど………このゲームはムキムキのマッチョマンとショタ……小さい男の子が描かれているだけだぞ……」
 『だけ』という言葉に反応した彼女は「とんでもない!」とテーブルを叩き、席を立つ。
「あたしムキムキマッチョには興味なんて微塵もないけど、その小さくて可愛い男の子に興味があるの。小さくて大きい瞳、礼儀を知らず我儘な態度も憎らしいほど好き。そして何と言っても小さい子は可愛い! 純真無垢な天使!」
 彼女はパッケージの少年をチワワのように見る。
 そして俺と御月はもれなく固まって口にした。
「「えぇぇぇぇぇぇえぇええええええええええええええぇぇぇぇえええええええええ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!?」」
 華奢な男でもなくマッチョでもなくショタ好き来たああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――――――――――――――――!
 ドン引きを超えた引きをする俺と御月。今すぐダッシュでお家に帰りたい。周りの人の迷惑関係なしに叫んでいたよ、俺達。
「何引いてるのよ、あんたら?」
 ジト目で見てくる仔那珂。
「(どうする? 御月?)」
「(ここは笑って誤魔化すが吉)」
「(了解……)」
 そして俺と御月はガチガチの笑顔を仔那珂にする。
「はははっ、いやっ、別に………そう言う訳じゃ」
「うん、別に良いんじゃないか。あはは」
 初めて話したと言っても過言でない俺と御月は、以心伝心で誤魔化した。
「やっぱりショタ好きは最高よね! それにこのヘアピンのBもボーイズラブのBだからね。似合うでしょ」
「へえ………似合うな」
「…………仔那珂さん……」
 彼女は間違った方向にシフトする。そして何か俺達までショタ好きのカテゴリーに入れられているし………。
 これ以上墓穴を掘らない為、違う話をして話をはぐらかす。
「御月いつも本を読んでいるよな? あれって宮沢賢治とか芥川龍之介?」
「そう言えばいつも読んでいるわよね。あたしも気になってた」
 よしっ、話を変えることが出来た! 最高の答えは芥川龍之介の羅生門などと答えること。でも多分それは今までの話から違う。ライトノベルのはずだ。確かにあまり触れたくないけどショタ話をするよかマシだ。
「違うよ。小梅マチさんのマイマツリ。他の作品も読むけど芥川さんの話は読まないよ」
「マイマツリ? どんな話なの?」
 見えないところでほくそ笑み、俺はぐっと拳を握る。
 やった! やった! ショタから話を完全に逸らすことが出来た。しかも読んでいる話はマイマツリ。名前からしてライトノベルじゃないような気がする。俺の予想では純愛ストーリー。そんな気がする。名前からして!
 しかし、俺のほくそ笑んだ顔が大きく歪んでしまう。
「マイマツリは小さい女の子達が妹祭という祭りで主人公とエッチぃ行為に及ぶ話だよ。でも私は一番コスプレシーンが好きだな。たくさんの小さい女の子達が肌を露出している服を着て観客を喜ばすシーンなの。それに―――」
 現在俺と仔那珂固まり中。
 仕事中のメイドさんはペラペラと自分の性癖を暴露する。
 そして俺と仔那珂は目を合わして一緒に叫んだ。
「「えええええぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええええぇぇぇえええええええええええええええええええええ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!?」」
 御月絶対ロリコンだろおぉぉぉぉぉ―――――! それにロリ作品としてもエロだよな? たくさんの小さい女の子達が露出している姿で観客を喜ばせるシーンがある時点でロリコンだ! 変態じゃねえかあぁ!
「あれ? 何か問題でもありました?」
 メイド姿の彼女がさっきの仔那珂のような表情で見てくる。正直に変態って言ったら絶対に泣くぞ、この人。
「(どうしよう。完全に顔に出ていたよ)」
「(それなら違う話で誤魔化すとかはどう?)」
「(ああ、それが良いか!)」
 さっきと同じように仔那珂と眼で会話をする。
「そうだ、アドレス交換しない?」
 携帯を取り出して赤外線通信をオンにする。それを聞いて仔那珂が大きな声で同意する。
「うん、うん、それが良いよ!」
 仔那珂は話を変えようと必死で何度も首を縦に振る。逆にわざとらしく感じるほどに。
 しかし、思いの外、彼女は俺達を疑うことなくメイドのポケットから携帯を取り出した。バイト中だから携帯を置いてきていると思っていたが店の規則が緩いのか彼女は持っていた。携帯の色はピンクを基調として白の線が入っている彼女らしい携帯電話だった。
「私の店ではお客さんとのアドレス交換は禁止になっているんだけど………こっそりすれば大丈夫かな? それに記念だしね」
 彼女は眩しい笑顔で俺の携帯に近づける。そして家族以外で初めての女の子のアドレスが、俺の電話帳に登録された。
 でも何かの記念って……オタク記念?
「あたしも~」
 仔那珂も携帯をバッグから取り出して俺の携帯に近づける。彼女の携帯は水色で白の小さい点が散らばっているもの。御月同様可愛い携帯である。俺の真白で他の色が一切ないシンプルイズザベストホワイト携帯よりは幾分マシである。
 今日で二人の女の子のアドレスをゲットした俺。しかもクラスでは一番と二番を争うモテぶりの女の子。もし男子に知られたらその日の内に海に沈められるだろうな。
「ってこんなことをしている場合じゃないわよ、和磨! 結局何度このゲームの話をすればいいの?」
 仔那珂はそう口にしてテーブルに置いたゲームを指差した。
「ああ、そうだよな…………う~ん、ここは平等にじゃんけん? 指スマ? 大富豪…………トランプが無いか……」
「譲ってくれそうにはないわね」
「当たり前だ。このゲームがどんなものか分からないがマッチョのおっさんの絵があるなら買ってこないといけないんだよ。そうしないと俺は…………」
「飢えてしまうの?」
「んな訳ねえだろ!」
 何で俺がムキムキマッチョのおっさんを恋しくなっているんだよ!
「冗談よ。でもあんたさっきそのゲーム知らないって言ったわよね?」
「ああ、初めて見たこのムキショタ3だっけ?」
「そう、ムキショタ3」
 仔那珂は誇らしく答える。
 ん? さっきやたらと3を強調して言ったような?
「あんた勘違いしているようだけどこれはムキショタ1、ムキショタ2と出てきて三番目のゲームのムキショタ3なの。だから1と2をしていないとつまらないわよ」
「え? ムキショタ3………ああ……そういうことか……」
 つまりあれだ。俺は漫画で言うところの一、二巻買わずに三巻を購入したようになっているんだ。だとしたらつまらないだろうな。
 腹を括り俺はそのゲームを手に取り仔那珂に渡した。
「やるよ、これ」
「え? いいの?」
「さっき言っていただろ。一と二をしていないとつまらないって。だから俺はムキショタの一と二を探してこれの代わりにそれを買うよ」
「ありがとう和磨ぁ―――」
 渡されたゲームを彼女は胸の中で抱きしめて歓喜する。あのゲームが俺だったらと思ってしまうのは健康な男子だからかもしれない。
 彼女は喜んだ後、言葉を続けた。