<<第1章 日本の睡眠薬では自殺できない>>



 元衆議院議員で元財務大臣の中川昭一氏が

10月4日、急逝した。筆者は面識やお会いした経験がないが、「本当に残念だ」というのが偽らざる本音である。この場を借りて、ご冥福をお祈りする。



 北海道では、中川昭一氏が日本や北海道に残したプラス面とマイナス面の双方が語られているが、ここでは政策面を抜きにして「報道のあり方」「死の真相」について考えたい。



 まずは、中川昭一氏が死去したという第一報を伝える、地元の北海道新聞を見て欲しい。




ジ・オンライン・プレス北海道



 サブタイトルには「睡眠薬服用、病死か 東京の自宅ベッドで」と書かれてある。



 なにか、「睡眠薬の服用が、中川昭一氏を死へと追いやったのか?」とも取れるタイトルだ。

10月4日に報道された日本テレビの「報道真相バンキシャ!」でも、「衝撃の事実」として睡眠薬服用の件が取り上げられていた。本当に、それが「衝撃の事実」なのだろうか? 筆者は、北海道で長年開業医を勤める、ある心療内科医に話を聞いてみた。



 筆者の「睡眠薬で死に追いやられるようなことは、あるのですか?」との問に、心療内科医「通常、病院で処方される睡眠薬を全部服用してしまっても、それだけで死亡するようなことはない」と、明確に答えた。



 それでは、どのようなケースで死に至ることが考えられるのであろうか?

 心療内科医は、「睡眠薬に限らず、どの薬においても可能性があるのだが」と前置きした上で、こう語った。「お酒と一緒に服用すれば、危険な状態になるケースはある。薬が肝臓で分解されないため、さまざまな症状を引き起こすことも考えられる。筋弛緩(きんしかん)作用が働き、横隔膜の動きを鈍らせることもある。つまり、呼吸ができなくなるということだ」。




<<第2章 不眠症患者への誤解を与えかねないマスコミ報道>>



 現在、日本には不眠症を訴えたり、うつ症状を訴えたりして、心療内科に通院する人が多い。景気の悪化とともに、その患者数が増えているとも言われる。




 北海道新聞のように、「睡眠薬服用、病死か 東京の自宅ベッドで」と報道すると、それらの患者や患者の職場などに、誤解や間違ったメッセージを発信することにならないだろうか? それでなくても、うつ病や不眠症を訴える患者は、その病気を理由にして不当な減給や解雇を経験することもある。



 さらに、これを見て欲しい。同じ北海道新聞が報道している記事だ。


【民間企業の障害者雇用率 「法定」達成は50%以下】
http://www.hokkaido-np.co.jp/cont/kurashi-senka/46024.html



 うつ病や不眠症を訴える患者には、申請をして一定の条件を満たし、本人が希望すれば、障害者手帳が交付される。これらの報道は、ただでさえ厳しい状況におかれた障害者雇用を悪化させ、現場を混乱させることにならないだろうか?




<<第3章 「大量の睡眠薬」という報道が語る意味>>



 それでは、「大量の睡眠薬が寝室の机から発見された」という報道は、どういうことなのだろうか?



 前述の心療内科医に、「もし落選した8月31日に通院を開始した場合、10月4日の死亡時には、どの程度の睡眠薬が処方されていたと考えられますか?」と質問した。そうすると「1週間です。その後、症状や精神状態を診ながら、2週間分を処方することもあります。容態がかなり安定したケースになると、4週間分を出します」と、明確な返事が返ってきた。



 もし本当に「大量の睡眠薬が寝室の机から発見された」のであれば、処方された1週間分の薬が、ほとんど飲み残されていたことになる。つまり、通常の量か、それに準ずる量しか服用していなかったことになるのだ。マスコミ報道に釈然(しゃくぜん)としないのは、筆者だけだろうか?




<<第4章 報道する側の責任>>



 一部マスコミでは、中川昭一氏の自殺説まで出ている。しかし、前述したように、日本の病院で処方された睡眠薬で自殺するのは、不可能なのだ。



 それならば、警視庁の検死でアルコール成分が検出された中川昭一氏は、あえて酒と睡眠薬を混合して自殺したのだろうか? そう考えるのには、無理があるのではないだろうか? なぜなら、「自分の体の場合、どの程度の酒と通常量の睡眠薬で死に至るか?」という、極めて専門的な医学知識を経済学部や法学部で学んだ中川昭一氏が知っている可能性は、極めて低いからだ。




 腑(ふ)に落ちないマスコミ報道は、これだけではない。冒頭で紹介した北海道新聞は、「睡眠薬服用、病死か 東京の自宅ベッドで」と報道しながら、その後は「死と睡眠薬服用の因果関係」をまったく報道していない点だ。




ジ・オンライン・プレス北海道


(写真は、「睡眠薬報道」の翌日(10月6日)の北海道新聞。)




 これでは、「報道する側の責任」を放棄しているとしか思えない。もし仮に睡眠薬だけが死因なのであれば、これは医療事故ということになる。報道した以上は、自らが報道した内容を追跡する責任があるのではないだろうか?




 報道する側が医学的根拠を持たずに報道をしていると感じるのは、筆者だけだろうか? 海外ドラマや海外映画などで時々見かける「睡眠薬で自殺」というストーリーと混同しているように思えて仕方ない。





<<第5章 保守派の論客だったのに…>>



 不思議な巡り合わせとも言うべきか、2012年度に全面施行される新学習指導要領には、「薬の正しい使用」という科目が盛り込まれることになったと、10月9日の毎日新聞が報道した。これは、自民党政権下で作られたものである。




ジ・オンライン・プレス北海道

(2009年10月9日に、毎日新聞が報道した記事。記事は政治面ではなく、「くらしナビ」という健康のページに掲載された。)




 新学習指導要領には、「お酒も薬と一緒に飲めば危険」と盛り込まれるという。



 中川昭一氏と言えば、有名な保守派の論客だ。なぜ、保守派の論客が自民党政権下で作られた新学習指導要領の内容を知らなかったのだろうか? しかも、中学生のような子供たちに教える予定の内容だ。




 遺体からもアルコールが検出されたことから、最期まで飲酒をしていたことが想像できるだけに、残念でならない。



「日本が危ない」と自身のホームページで論じる前に、「自らの健康状態が危ない」と考えて欲しかったと、筆者は悔やんでしまう。




 ご本人は、やり残したことがたくさんあったはずだ。子供たちの成長も、見届けたかったであろう。無念さでいっぱいのはずだが、ただただ「安らかに、お眠りください」としか申し上げられないことは、残念なことだ。




 それと同時に、読者の皆様へは不眠症で睡眠薬を服用する患者へ誤解や偏見、間違った知識を持たないよう、切にお願い申し上げたい。