花束を持っていたら
何か花瓶になりそうなものをこしらえるものだ。
どうしても語りたい話を語るのは
その話を語りがいのあるものにしておくためだ。

- リチャード・パワーズ

girl

“じゅーえん”は
自分で髪の毛を切っていた。

毎月最初の日曜日の朝に
洗面台の前に立って
近所の文房具屋で買った
ピンク色のハサミで
チョキチョキ自分の髪の毛を切るのだ。

中学生で不器用で大雑把な
“じゅーえん”だったから
いつも仕上がりは
ギザギザで不揃いな
ショートカットになった。

爆撃を受けた後みたいな
彼女の髪型を見るたび
僕はドギマギした。

ー美容院とか行かないの?

僕は聞いた。

ー何で?

いつも彼女は素っ気なく答えた。

何も言えなかった。

髪型がグシャグシャでも
ジャージしか服を持ってなくても
依然として彼女は
クラスで一番の美少女だったからだ。

可愛さっていうのは絶対なのだ。

彼女のお父さんが死んだとき
僕と彼女は病院の待合室にいた。

お医者さんが来て
お父さんの死を告げると
彼女は僕の手をギュッと握って
医学の限界だよね
と乾いた声で言った。

数ヶ月後に
彼女はお母さんの実家に引っ越し
僕らは永久に会えなくなった。

10年以上が経って
外来で訪れた病院で
偶然にも僕は彼女に会った。

診察室に入ってきた僕を見て
聴診器を首からぶら下げた彼女は
よっ!と手を挙げて言ったのだ。

左手には婚約指輪が
キラキラ光っていた。

診察が終わって
カルテをサラサラ書きながら
素っ気なく彼女は言った。

ーふじやんってさぁ
 私の名前おぼえてる?

彼女の名前はジュンコだった。

僕は言った。

ー“じゅーえん”でしょ

僕は彼女が大好きだった。

忘れるもんか。

可愛さっていうのは絶対なんだ。