じぶんの理性が勝ったときだけしか彼女の恋人を許すことが出来ない
「でもべつに可燃性の計画はないから。」
「男嫌いが全面に出るだけでべつにママには何もいかないから」
「安心して。」
こんな血痰みたいな言葉を吐く娘をみてどう思うんだろうか
「もし軽べつしてるといわれても、」

じゃ別れるとかと言われても、といって黙った。
・・・・・


それがわたしの十年分の沈黙の句読点だった。
「がっかりさせられたというか、ね、」
「まさかこちらが加害者になるとは思わなかったでしょ」
「向こうの奥さんとは10年なやんでるとか言ってもね、」
「世間体のことばかり言うんじゃないけどね」

「交通事故に遭ったようなもんだと思ってるよ。」
「え?」
「ママは元被害者だけど、ケガが治って退院したところで
 カーブを曲がり損ねてひとを撥ねた。」
「ああ…」
「ぐらいの、事故なんだと思ってるよ。てか、そういう比喩が」
必要になるくらいわたしがそのひとゆるせないから


「顔も見たくない。」
あんたもそう思う?とかの女ははじめて明るい表情をした。
娘に迫るのは辛かったんだろう。
加害者よばわりされつつ。
興奮を暴力的なものだといって押さえ込むのに、私たちはずっと
仕方ないとか盲目だからとか、
温度のないつめたい言葉ばかりを持ち出していた。
ただ
「ダイキライ。」
と体内の温度を明らかにしてしまえば、そのまま肌が熱くなって
それから行動にまでその熱が移ってしまうのじゃないかという危惧
があったのだ。
「可燃性の計画は私にはないから安心して。」
鎮火した人間じゃないとそんなこと言わない。
「そう。」
うん。

『男って一人じゃ死ねもしないのね。』
『どうした』

「ママがかわいそうだと思って、世界はみんなママをいじめてるんだと思ってた。」
そういう定規を持ってたことが世界を測量するのに役立った。
早熟なわたしはほかの子より実地にせまられて世界地図をつくってたのだ。
正確に描写がしたかったんじゃなく、ただ縮尺に拘束される世界がいちまい
見たかったのだ。すでにうなだれた形で夢に登場していたものを現実にした。
平坦ではないことがむしろ喜ばしかった。ガラスの靴みたいに信頼が置けた。
「それが鏡に映したように逆転したことで、」
描かれた道はすべて反対へとすすませるようになってしまった。
現象は逆転させられた。
彼のために。
「だから顔を見たりしたくないの。」
だれか、


理性でもって彼に対抗できる人間がいるのだと思いたい。
「だから私は明日は会わない。」
「同席したっていいよ」
「いや、」
私以外の人間なら、私より暴力的に、あるいは私より理性的にふるまって
くれるはずだ。
「てきとうに時間つぶして帰るし。」
だからそこで起きたことに私は満足できるにちがいない;どういう意味でも


「私たちの人生にそういう形で男が立ち入ったことを許せないと思う。」
「ただ、」
「その軽べつをあらわすのに一生つかいたくないってだけ」
やってみたら一生かかりそうだしね。