■3章:遍路3周目■深まる絆
1. 2周目結願
DAY72-1
星の浦海浜公園で目覚め、テントなどを片付け出発の準備をしながら、ふと、昨日、出会った乳がんの女性との会話が頭を巡ったりもする。
実際、自分がその立場に立ったら、どれほど苦しいだろう。
昨日の女性も気丈に笑顔を振るまってはいたが、私の目には、何処ともなく悲しそうに見えた気がした。
別に何も起こらない事が一番いい事なのだけど、私自身、うつ病をした頃の辛い気持ちを覚えているので、内容が違っているとは言え、その辛さは計り知れない物だろうと想像もつく。
ただ、ああやって強く生きようとしているのだ。
万が一、自分が同じ立場に立つような日があるとしたら、その時は、絶対に昨日の女性の顔を思い出そうと心に強く誓った。
片付けも終わって、自転車にまたがる。
今日は、香川県のマントラへ向けて、走れるだけ走ろう!
仙遊寺や横峰寺などは、広島へ帰る前に打っているので、山の上の寺へ寄ることもない。
準備が終わり、昨日の女性の顔が頭に浮かびながら、名残惜しい気持ちになりつつ、朝8時に公園を出発した。
身体を温めるかのようにダラダラ走っている内に、54番延命寺へ到着する。
お参りを済ませると熊本ナンバーの車から60歳くらいの夫婦遍路が降りて来て、すれ違いざま、奥さんと目が合った。
奥さん「おはようございます。」
私「おはようございます!」
奥さん「あ、あなた、自転車?」
私「そうです!」
するとその旦那さんは、チラリと目をこちらにやっただけで、露骨に迷惑だという様子で完全に無視をしてお寺の方へと歩いて行ってしまった。
奥さん「あ、あの・・・。」
奥さんは、もう少し私と話していたそうだったのだが、旦那さんの態度に少し焦りを見せ、立ち去って行った。
奥さん「あ、あ、それでは。」
奥さんは、旦那さんを小走りで追いかけるように境内へと消えて行った。
私は、旦那さんの心の狭さに驚き、残念にも思った。
他人の旅だし、他人の人生だから、本人がそれでいいなら何も私が口を出すところでもないのだが、あれでは、世界が狭すぎると思ってしまった。その狭い世界は広がらないだろう。
もう少し、心を開いた方が楽しくなるのに・・・。
でも、その狭い世界に満足なのであれば、別に私の知ったことでもないのだが、挨拶くらい気持ちよく交わしたらどうなのかと思ってしまった。面倒くさいなら、会話をする必要はないと思うけど、これまでに挨拶をちゃんとしなさいと誰も教えてくれなかったのだろうか?
それに振り回される奥さんが少し可哀想にもなった。
とは言え、今日は、走りまくるのだ!
とどまっている場合ではないので、直ぐに55番南光坊へと向かう。
颯爽と本堂へ行き、お参りをしてから大師堂へと歩いていると、さっきの熊本の夫婦が本堂へと歩いて行く所だった。
私に気付いた奥さんは、遠くから会釈をしたので、会釈を返していると、また旦那さんが、迷惑そうな視線をチラリと向けただけで、そのままお参りへと向かった。
この今治周辺も、ある程度お寺がかたまっていて、隣同士の寺が近い。
隣同士の寺が近いと、自転車も車も、ほぼ同じペースになることはこれまでに知っていたので、また会うかもしれないとは思いつつ、お参りを済ませ、46番泰山寺へと向かう。
お寺について、お参りを済ませ、お寺の境内を出て駐車場へ向かう寺の前の1本道を歩いていると、向こうからさっきの熊本の夫婦が歩いて来ていた。
流石に3回も偶然に会うので嬉しかったのか、奥さんが思わず嬉しそうな顔で話しかけてきた。
奥さん「あら!あなた!また会ったわね!」
私「はい!また会いましたね!」
奥さん「私たちは、車だけど、あなたは自転車なのに、早いわね!」
私「いや。隣同士の寺が近いと、自転車も車も、ほぼペースは一緒ですよ!」
奥さん「そう?」
奥さんと私が話している横を、旦那さんは、ただただ迷惑そうな顔だけして、プイッと通り過ぎて行ってしまった。
だから、さっきのように奥さんも行くのかなと思っていると、やはり、さっきも満足に話せなかった奥さんは、燃焼不良なのか、もう少しねばる。
私「熊本から来られてるんですか?」
奥さん「そうよ!ああ。車のナンバーでわかったわね!」
私「そうですよ!私は広島です!」
奥さん「広島!でも、あなたは一人で自転車で回ってるの?」
私「そうです!」
奥さんは、まだまだ私と話していたい様子だったのだが、先に行ってしまった旦那さんが気になるのか、なんとか振り切る。
奥さん「それじゃあ、また会うかもね!」
私「隣のお寺が近い間は会いますよ!それじゃあ!」
それにしても、あの旦那さんは、どうしてしまったと言うのか?
あれでは、自分の世界どころか、奥さんの世界が広がることさえ、妨げになっているではないか!
普段、この奥さんの人との長話に、随分待たされて、既にうんざりしているのかもしれないし、この夫婦の事は、私には実際どちらがどうなのかはわからない。
ただ、二人の関係はどうであれ、あの旦那さんは、私にとって感じの悪い人なことには、間違いなかった。
ここからは、仙遊寺や横峰寺などの山へ行かなくていいので、次は、61番香園寺からだ。
私は、朝10時には泰山寺を出発し、ひたすら香園寺へと自転車を走らせ、淡々とお寺を打って行く。
香園寺は、講堂かのような造りだが、高ちゃんがここのお寺は独創性があって一番好きだと言っていたのを思い出しながら、お参りをする。
この辺りは、道路脇にあるお寺ばかりで、遍路道としては風情にかけるのだが、道路沿いにあるので、高知市内のように寺ごとに山を上らなくてもいい。62番宝寿寺、63番吉祥寺、64番前神寺と順調にお参りを済ませるとお昼になっていたので、近くの手打ちうどんのお店でお昼休憩にし、十分な食休みも取る。
さて、ここまでで今日は、既に7ケ寺打っているのだが、距離にすると40キロ程。
ここからは、別格12番延命寺があるだけで、その次のお寺までは、70キロ程離れている。
ここから別格12番までは、30キロ。
そこまで行けば、今日は、合計70キロ走ることになる。
お寺参りをする時間を取られなければ、朝一から走り続ければ、もっと距離は伸ばせるだろうけど、峠越えや天候などで、距離が伸びないこともある。
お遍路をしていて思う事は、今日頑張り過ぎると、後が続かない。
例え今日、自転車で130キロ進んだとしても、明日にはその代償として、筋肉疲労や体のどこかしらの調子が悪くなり、全く前に進めないのだ。その不調が回復するまで、3~4日は、30キロくらいしか進めなくなったりする。
初日の130キロと翌日から4日間の30キロを足すと、5日目には、250キロ進んだことになるのだが、平均的に60キロ毎日、身体を壊さず5日間進むと300キロ進めることになる。
結局、毎日平均的にゆっくり頑張っている方が、結果、前に進んでいると言う事だ。
私は、ついつい、普段の生活で頑張り過ぎる事がある。
夜中も終わるまでやってしまったり、熱中すると時間を切り詰めてでも無理をしていた。
ただ、このお遍路の経験が、今の私には、いい教訓となっている。
「おいおい!やり過ぎだよ!今日だけ頑張ったら、結果、平均的に頑張るより先には進めないし、ただ体の不調を起こしたり、精神的に疲れたりするだけだと自分自身が遍路で実証したでしょ!もう、いい加減でやめな!明日も同じくらい頑張ればいい事だから!」
そう言って、やり過ぎな自分を止められるようになった。
そして、これまで遍路中、峠越えも含めて、合計80㎞に止めておいたのだが、今日は、多少のアップダウンはあるものの、大きな峠越えもない。
さて、何処まで頑張るものなのか。
再度気合を入れて、午後2時に別格12番延命寺へと向けて自転車を漕ぎ始めた。
始めの15分程度、身体を温めるようにゆっくり漕ぎ、調子に乗ってきた所で、私の気持ちいいトップスピードにのせて、走って走って走りまくる。
2時間ほど自転車を漕ぎ続けた所で、ようやく別格12番延命寺に到着してお参りを済ませた。
そうか。
気付くと、これで別格は結願だ。
全て終了したのだが、別格で買いそろえることのできる念珠玉を買い始めたのが、2つ目のお寺からだったので最初に行った海岸寺の念珠玉がなかった。
別格を全て打ち終わったものの、あと一つだけ念珠玉がそろっていないので、もう一度海岸寺へ行かなくてはと思った。
この後、三角寺や雲辺寺などの山の上も既に沢村さんと打っているので、このまま真っすぐ香川へと走り、次は、68番神恵院からだ。
私は、今夜の寝床に迷いつつもとにかく香川県へと向かってひたすら自転車を走らせる。
どうしよう?
68番神恵院に直ぐ近いのは、琴弾公園だけど、日暮れまでに着けるだろうか?
日が暮れてしまったら、暗くて見えないので自転車は乗れない。
あそこまで行ければ、琴弾回廊もあるし、お風呂も入れるのだけど・・・。
今日は、別格12番延命寺までで既に70㎞を走っている。
琴弾回廊までは、あと40㎞程。そこまで行くと110㎞になる・・・。
時間は、既に4時半で、日暮れも近いと言うのに・・・。
よし!
今の私になら、なんとか走れるだろう!
行ってみよう!
日暮れに背中を押されながら、私はドンドン自転車を漕ぐ。
あと、30キロ!
前回、琴弾公園にテントを張って、荷物無しで琴弾回廊へお風呂に行って来た方が、後が楽なのだが、先に公園へ寄ってお風呂へ行くような時間があるだろうか?
刻々と暮れて行く日に急かされながら、私は、ひたすら真っすぐに視線を前に向けたまま自転車を走らせる。
おりゃ~~~!!
進め~~~!
ひたすら進め~~~!!
太陽は、刻々と沈んでいる。
香川県の県境も越え、更に自転車を走らせる。
あと、15キロ!
ああ・・・。
諦めるか?
諦めてみたところで、何処に泊まると言うのだ?
走りながら周囲を見渡してもめぼしいものも見当たらない。
かと言って、自転車を降りて、止まって地図で探している間に日が暮れてしまう!
う~ん!
こんな時に沢村さんがいてくれたら、この周辺でいい寝床を教えてくれるのだろうけど・・・。
いやいやいや!
そんな事を考えてみたところで、沢村さんがここにいるわけではないのだ。
ただ、走って、走り抜けて、日暮れまでに到着するしかない!
あと10キロだ!
走れーーー!!
沈んでいく太陽が、私の背中をグイグイ押しているようだ!
もうこうなったら、行くしかないのだーーー!
頼む、間に合ってくれ!
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