■2章:遍路2周目■映画のような話は実際起こる
1. 秋なのに儚い春の訪れ
DAY63-2
出釈迦寺の奥の院での護摩焚きの行事へ参加するのは、これで2回目だ。
行事が始まるまで、それぞれにブラブラと時間を過ごす。
それにしても、やはりここは眺めも良く、風情がある。
そんなに広くない境内をうろついてみると、あの高知から来ているお経の上手な可愛らしいお婆ちゃんが、小さなお堂でこれまた上手にお経を読み上げているのを見かけた。
敷地は広くないので、皆結局、なんとなくお堂の前に集まって来て井戸端会議を始めた。
私「ここで前回、参加した時にお婆ちゃんが上手にお経を読んでて、びっくりしたんだよね~!で、そのお婆ちゃん、今日も来てるわあ!」
直ちゃん「Noisy。そやで!あのお婆ちゃん、めっちゃ可愛くてお経が上手やろ?」
私「うん!また会いたいなと思ってたけど、まさかここにもう一回来ると思ってなかったから、また会えてよかったわあ!」
直ちゃん「あのなあ、あのお婆ちゃんにまた会えるで!」
私「え?」
直ちゃん「Noisy、また高知に戻るやろ?」
私「うん。」
直ちゃん「足摺岬の金剛福寺へ向かう途中に四万十大師堂ってのがあってな。そこにあのお婆ちゃん、毎朝5時にお経を読みに来はるから、そこのお堂に泊めてもらってたらな、朝に会えるわあ。お婆ちゃん、欠かさず毎朝行ってるみたいやから。とんちゃんとお堂に泊めてもらった時に、朝、あのお婆ちゃんが来てお経を読み始めたから、起きて。朝が、ちょっと早いけど、その後、お婆ちゃんとお茶をしながら色々話をしてさあ。もう、ほんと可愛くて、癒される時間やったから、Noisyもよかったら行ってみて!」
私「へ~!そうなんだ!行きたい行きたい!是非、足摺へ向かう時に行ってみるよ。今回は、沢村さんがいるから3周目の時にでも!直ちゃん、教えてくれてありがとう!」
モリモリも暇そうにやって来た。
私「ねえ、モリモリ。モリモリは、別格も周ってるの?」
モリモリ「今は、周っとらんよ。前に周ったことあるけど。」
私「へ~。ねえ、お不動さんは?」
モリモリ「ああ。それも周ったよ。でも、わし、また頭がボケよるんよ~。」
私「え?ボケよる?」
モリモリ「そうなんよお!頭がボケよるんよお。」
私「も~!なんか、モリモリ、いっつもウケルんですけど~!」
直ちゃんも笑っている。
モリモリ「で、前も1回、頭がボケよったんよ。」
私「え?前も?じゃあ、1回治ったって事?」
モリモリ「そうなんよ。ボケ封じって言うのがあって、あれをワシ周ったんよ。頭がボケよるけえ、いけんわあ思ってから。」
私「え!?ボケ封じ周ったら、ボケは治ったの?」
モリモリ「そうなんよお!頭がボケとったのに、周ったら治ったけど、またボケよるけえ、88ヶ所巡りはやめてから、ワシまたボケ封じ周ろうかのうと思いよるんよ。」
私「ははは!もお!モリモリが話すと、何の話でもなんか面白いよね。88ヶ所は止めてボケ周るって。」
モリモリ「いやあ、いたって真面目に話しよるんじゃけどのお、ワシは。面白いなんか言うてくれるんは、あんたぐらいで?」
私「そう?モリモリは、面白いよ。ボケたモリモリは、もっと面白いかもよ!」
モリモリ「ちょっと!勘弁してや!わしゃあ、ボケとうないで!もう、やっぱりボケ封じ周るわあ!あんたには、何か知らんけど、いっつも刺激をうけるけえ。」
私「あ、歩き遍路止めて、自転車遍路にしたもんねえ!」
モリモリ「そうそう。格好ええの~思ってから。」
でも、明らかに、モリモリのちょっと出たお腹を前に突き出して背中をピンと真っすぐに垂直に、キコキコーとママチャリをこいでいる姿は、かっこいいからはほど遠く、かなり滑稽だった。
私「でも、モリモリ。ボケ封じ周って、もう一回ボケが治っても、またボケるようなら、またボケ封じ周ることになるよ?」
モリモリ「あ。ほうじゃのお。もう、わし、ボケ封じをず~っと死ぬまでグルグルせんにゃあいけんかもしれんのお。」
皆で笑う。
ゴンちゃん「あ、皆ここにおるやん!なあ、折角やから皆で記念撮影しようや。」
私達は、お堂の階段を利用して、一緒に行った皆で記念撮影をした。
皆それぞれに高ちゃんの供養として護摩木を20円で購入して納めておいた。
そろそろ行事も始まりそうなので、お堂へと皆入って行く。
ゴンちゃんは、特別に高ちゃんの為に持参していたもの等も納めたりして、既に列の中程の方へいた。
後ろの方しか空いてなかったので、私と直ちゃんとモリモリは、モリモリを挟む形で並んで座った。
それぞれにお経のコピーの冊子を手に取り、眺める。
私「ねえ、モリモリ。ずっとお遍路さんしてるなら、この中に書いてるお経、全部知ってる?」
モリモリは、そのお経のコピーがよく見えるように老眼鏡なのか、眼鏡を取り出してかけてお経のコピーをペラペラとめくり始めた。
私もお経のコピーをペラペラとめくりながら話す。
モリモリ「全部は、知らんのお。見たことないのばっかりじゃ。」
直ちゃん「そやなあ。遍路の時に読むお経も載ってるけど、全然見たことないのも載ってるなあ。」
私「そうだよねえ。四国遍路の経本に載ってないのも半分くらいあるよね。まあ、般若心経は知ってるけど。」
そう言って、私は顔をあげてモリモリを見ると、ギョッとしてしまった。
モリモリの黒縁メガネの縁は太く、明らかにモリモリの顔から浮いていて、全くと言っていい程似合ってなく、太くて大きいその眼鏡は、モリモリの顔に異物が乗っている以外の何物でもなかった。
私「うわ!モリモリ、眼鏡!」
モリモリは、とっさに振り向いて、眼鏡を半分下へずらし私を見ながら即座に答える。
モリモリ「お!これか!?」
私「そう!それ!」
モリモリ「どうや!?かっこええじゃろう!!?買ったばっかりなんよ~!ワシ、凄い気に入っとるんよ~。」
モリモリは、とても嬉しそうにニコニコしながらちょっと眼鏡を片手で上げ下げして、なんとなく決めのポーズをとっているようだ。
私「あ・・・・。かっこいい?・・・・ね・・・・。モリモリ・・・・。」
私は、この神妙な空気の中、大声で笑いが吹き出しそうになり、グッとこらえるのに必死だった。
ああ・・・。
やっぱり、このおじさん、大好きだ・・・。
いよいよ行事が始まった。
またあの時の様に、高知から来ているお婆ちゃんが、上手にお経を読み始める。
私達も一緒に読みたいものの、知らないものも混ざっているので、知らないものは付いて行くので必死だ。
必死にお婆ちゃんのお経について行きながら、横目にモリモリが目に入る。
知っているお経は、なんとなく読んでいるようだけど、知らないお経になると、お経のコピーの冊子さえ下へ置いてしまい、しらんぷりでふわりと自分の世界に入り込んでいるようだ。
その姿が私にはとても滑稽に思え、こういう風に出来る人の方が、もっと大らかに人生を楽しく生きているのかもしれないとさえ思えた。
モリモリは、知っているお経が始まると、なんとなく冊子を持ち上げ、なんとなく読み、知らないものになるとまた冊子を置いている。
すると、21回繰り返し読み上げる般若心経が始まった。
と、その途端、いきなり横でモリモリが置いていた冊子を勢いよく持ち上げ、一瞬、首をリズムに合わせて左右に振っているのかという程の勢いで、大きな声で般若心経を読み始めた。
私は、まるでモリモリの好きなカラオケの18番がかかったので、マイクを持ってステージへと飛び出して行っていきなり得意げに歌い始めた人のようで、お経の最中不謹慎だが、爆笑しそうになってモリモリを呪った。
そしてモリモリの方を向いてモリモリを見ると、私の事など目に入らないと言った様子で、あの顔から浮いている眼鏡をかけて一人、気持ちよさそうに般若心経を大合唱している姿が、おかしくてしょうがなかった。
ただ・・・。
この般若心経は、1回では終わらない。
中々、フルパワーで歌い上げるほどの勢いで読んでいると、とても体力的に21回繰り返すのは無理だ。
すると、モリモリは、2回目を繰り返し始めたあたりで、疲れたのか声が段々と小さくなりフェードアウト・・・。
知っているのだし、せめて般若心経だけは、流石のモリモリも21回休み休みでも全部読むんだろうなと思っていた私の予想を大きく裏切り、終いには、飽きたのか冊子を床へと置いてしまった。
どこまでも面白いのだ。
モリモリは。
その向こうで、直ちゃんが笑いをこらえながら、お経を読み続けようとしているのも目に入る。
時々、休憩をしてまた読みたくなるのか、モリモリは冊子を持ち上げ、フルパワーで読み始めたと思ったら、直ぐにフェードアウト。
そんな事を繰り返している内に無事に行事が終了し、立ち上がって帰って行く人達でざわついた。
私「もー!モリモリ!笑わせないでよ~!」
モリモリ「え?ワシ、笑わしとらんで?」
直ちゃん「いやあ、モリモリ、面白すぎやわあ!ははは!」
モリモリ「何がおかしかったんや?」
私「全部!」
私は、境内の外へ一人出てみると、前回と同じく、満月が下界を綺麗に照らしていた。
ああ・・・。
ここから高ちゃんとの出会いに向かって走ったことを思い出していた。
そしてせっちゃんにやっとやって来た春。
はかなくも高ちゃんが他界することで終わってしまった恋。
せっちゃんには、今後の人生でこれがトラウマにならない事を強く願う。
高ちゃんが描いた絵の「月を眺めるゴリラの後姿」が目に浮かび、高ちゃんは、何処かで孤独と闘っていたのかもしれないとも思う。
もしかすると、こうやって月を眺める寂しげな後姿のゴリラは、私なのかもしれないとも思う。
ふと、ずっとつかめないでいた般若心経の本当の意味が、ふわりと頭をかすめて行ったような気がして、ハッとする。
ああ・・・。
そのハッとした瞬間、そのままふわりと消えて行ってしまった・・・。
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