■2章:遍路2周目■映画のような話は実際起こる
          1.方向の定まらない再出発


DAY48-3

沢村さんの軽トラでせっちゃんと私が千手観音堂へ戻ると、別のお遍路さんが泊まりに来ていた。
これ幸いと、沢村さんを置いて、私とせっちゃんはビールをもって、そっと千手観音堂を離れ、近くの岩田神社へと歩いて行った。
きっと、沢村さんに捕まったお遍路さんは、疲れる思いを今頃しているのだろうけど・・・。
夏真っ盛りの8月9日に広島を出発してから48日経っていた。
今日は、9月25日。
流石に外の空気も心地よい涼しさで、お風呂上がりに散歩するには気持ちいい。
秋の虫の声も涼し気で心をリラックスさせてくれる最高のBGMだ。

神社へ行ってみると、綺麗に整備されており、掃除も行き届いている。
石灯籠に火も灯り、立派な藤棚もあって映画のワンシーンかのような風情があった。
きっと藤が満開の時には、沢山のお客さんで賑わうに違いない。
私達は、ビール片手に藤棚の下のベンチに腰掛けた。

私「とりあえず、乾杯しよっか!」
せっちゃん「そやな!」

「乾杯!」

私「で、どうしたの?」
せっちゃん「あんなあ、高ちゃんと1か月くらいしたら一緒に遍路を歩く言ってたやん。」
私「うん。」
せっちゃん「でな、ワシ決めてん。明日な、帰ろうと思うねん。」
私「え!?どういうこと!?」
せっちゃん「あのなあ、長野でバイト決まってん。」
私「え!?長野で?」

せっちゃんは、大阪出身なものの長野に住んでいるから、長野でバイトとは、長野に帰ると言う意味でもある。

せっちゃん「そやねん。でもな、そこは長野やけど、山小屋やからな家には一旦帰るけど、バイトの間は住み込みやねん。」
私「え!?でも、高ちゃんと1か月後くらいに一緒に歩き遍路するなら、ずっとそこでバイトするって意味じゃないでしょ?」
せっちゃん「そやねん。それがな、1か月のバイトや言うから、丁度ええなあ思って。」
私「じゃあ、その後、こっちへ戻って来て高ちゃんと一緒に歩くってこと?」
せっちゃん「そうや。10月の1か月やから、その後11月の初め頃戻って来て高ちゃんと歩き遍路しようかな思って。でもな、Noisy。ほんまごめんやで!先に帰って。」
私「え?そんな事は、全然いいよ!」
せっちゃん「それにな、歩くにしてもお金もいるやん。」
私「確かに。でも、バイトするにしても、わざわざ高ちゃんから離れたところでしなくても。なんだったら、1か月のことだしマントラの社長と奥さんにお願いして、高ちゃんの近くでバイトしながら待っとくって方法もあるじゃん!」
せっちゃん「うん。それも考えてんけどな。」

ふと、せっちゃんは、真剣な表情になって私に振り返った。

せっちゃん「ワシな!本気やねん!本気で高ちゃんと歩こうと思ってんねん!そしたら、自転車と歩きの装備は全くちゃうやん!一旦家に帰って、装備も全部変えてきたいし、お金もな貯めて来たいねん!ほんまに!ほんまに!本気やから!」

せっちゃんは、真剣だった。

岩田神社


私「確かに、装備は全く違うよね。・・・。わかった!とにかく、せっちゃんの本気はわかったよ!そう思うならそうしたらいいと思う!」
せっちゃん「Noisy。ほんまにほんまにごめんやで!先に帰って!」
私「いやいや!だから、そこ謝るところじゃないから!それに一緒にしようって言った1周は、終わったんだし。それよりも高ちゃんと歩けるようにね!自分の幸せに向かっていかないと!」
せっちゃん「Noisy、ありがとう!」
私「どうせ、私のことだから、あっちこっちで油売ってて、結局せっちゃんが高ちゃんと歩き始める11月頃には、まだ四国のどこかにいるはずだよ。絶対!そしたら、また合流とかすればいいしね!」
せっちゃん「そやな!わかった!」
私「それじゃあ、明日気を付けて帰って!」

せっちゃんは、広島の私の家に車を置きっぱなしで来ていた。

せっちゃん「ありがとう!とりあえず、Noisyの家まで車を取りに行って、そこから帰るから。」
私「わかった!あ、それと1か月後に来る時も、うちに車を置いて行っていいからね。その代り、広島からのスタートになってしまうけど。」
せっちゃん「ありがとう!ほな、そうさせてもらうわ。」
私「そっか。それじゃあ、今回は、とりあえず今夜が最後の夜だね。」
せっちゃん「そやなあ。ほんまに色々あったなあ・・・。」

ふたりは、これまでの旅を振り返っていた。
また、せっちゃんは1か月後に戻って来るとは言え、今回の旅は、明日でせっちゃんとも一旦お別れだ。

思い出にふけりながら、岩田神社でふたり缶ビールを飲んだ。

せっちゃんと私は、歩いて千手観音堂へ戻った。
千手観音堂の近くまで来ると、中で沢村さんだけが延々と話している話し声が聞こえた。
ドアを開けると、思い出にふけってしんみりと話した私達の空気感とは、全く別の空気がそこには流れていた。

沢村さん「それでね、僕は、あそこのお寺を打った時に遍路道の遍路石が、なんちゃんらかんちゃら、ピーチクパーチクで、とにかく大変やったんですよ。荷物もね、僕は、いやあ~!22キロやったきん、重くて参ったわーー!!なんちゃらかんちゃら。」

それを聞いているんだか聞かされているんだか、困った顔のお遍路さんが相槌を一生懸命打っていた。
沢村さんは、もはや目も閉じて一人話し続けている。

私「ちょっと!沢村さん!」

ふと話をやめて目を開けて私に振り向いた。

私「あのねえ、明日せっちゃんが帰るって。」
沢村さん「え?せっちゃん、帰るん?」
せっちゃん「そやねん。明日の朝に出発して広島のNoisyの家に車を取りに行くわ。」
沢村さん「あ、それやったら、明日マントラまで送ってあげるよ。」
せっちゃん「ほんまに!?ほな、そうするわ!」
沢村さん「Noisyは、明日どうするん?」
私「私は、志度寺と長尾寺行って、上がれるところまで大窪寺へ向かおうかな。」
沢村さん「あ、ほんなら大窪寺まで上げてあげるよ。」

私は、充電がもう少し足りていない事もあったけど、流石にせっちゃんが帰る寂しさもあった。
やる気も出ないので、そうすることにした。

私「じゃあ、沢村さん、そうして。」
沢村さん「ほんなら、87番の長尾寺で待っとってくれたら、マントラへせっちゃん送ってから行くきん。」

そこにいたお遍路さんは、私達が何の話をしているのか、ポカンとした様子で聞いていたものの、少しの間でも沢村さんから解放されたからなのか、安心した様子だった。

DAY49-1

千手観音堂で目覚めた。
とうとう、せっちゃんと一旦お別れの朝がやって来た。
せっちゃんは、自転車と荷物を沢村さんの軽トラに積み込んでもらい、出発の準備が整ったようだ。

せっちゃん「ほなな!」
私「うん!気を付けて!」
せっちゃん「広島に着いたら、連絡するから!」
私「わかった!」

せっちゃんは、軽トラに乗り込んだ。

せっちゃん「Noisyも気いつけてな!」
私「うん。ありがとう!せっちゃんも!」

軽トラが発進した。
せっちゃんが窓を開けて大きく手を振っている。
私も振り返した。

せっちゃん「Noisy~~~!!!1か月後に会おな~~~!!」
私「待ってるよ~~~!!」
せっちゃん「またな~~~!!!」
私「またね~~~~!!」

せっちゃんは、私が見えなくなるまで大きく手を振っていた。
軽トラが私の視界から消えた。

ふと、寂しくなった。
つづく・・・   

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