丹波市を襲った豪雨災害から、ちょうど一カ月。
地元の実情に詳しい方に案内を請うて、爪痕を見てきた。
先月16日からの大雨で、
丹波市では市島地区を中心に土砂崩れなど大きな被害を受け、
1人が死亡、4人がけがをしたほか、住宅64棟が全半壊し、
860棟あまりが水に浸かった。
1か月たった今も市島地区を中心に
崩れた土砂や流木などがあちこちで見られる。
道路や水道設備などのインフラが復旧していない所もある。
(収穫直前で刈り取りが出来なかった稲穂)
東北の被災地で見た光景と重なった。
土砂崩れというより「山津波」といったほうがよさそうだ。
雨の降り方は尋常でなかったという。
よく「バケツをひっくりかえしたような降り方」というが、
そんな生易しい降り方ではなかった。
地元の方が「まるでプールをひっくりかえしたようだった」と表現していた。
そのとてつもない雨が、一気に山の土砂や石や木を押し流し、
平穏に暮らしていた家々や収穫間近の田畑を奪い去った。
話を聞いた地元の人たちは、一様に能弁だった。
聞いてほしい、伝えてほしいのだと思った。
「夫からもらったダイヤの指輪が泥の中に消えて見つからない」と
苦笑しながら話す主婦。笑うしかないのだろうと切なくなった。
山の上の建っていた東皐寺(とうこうじ)は、全壊した。
重機が入れない場所で、片づけは人海戦術に頼るしかなかった。
丹波市には、
これまで県内外から1万3000人あまりのボランティアが訪れたという。
家屋は片付いてきているが、田畑に流れ込んだ土砂は手つかずの所が多い。まだまだ人手が足りないのが現状だ。
「ボランティアの方たちは、本当によく動いてくれた。床下まで入り込んで
泥を掻き出してくれた」と、坊守さんが語る。
墓石はかろうじて無事だったが、位牌の多くが、倒壊した寺の下にある。
信仰の場が、無残な姿になり、多くの人の心を痛めている。
地元の人が能弁になればなるほど、こちらは無言になっていく。
ことばが出てこない。これも東北の惨状を見たときと同じだ。
ぼくに出来ることは、忘れない、伝えることだけだ。
兵庫県丹波市市島支所では、きょう、「復興本部」の初会合が開かれた。
被災者の住宅や地域経済の支援など復興に向けた取り組みを
今後本格化させる方針を確認した。
席上、辻重五郎市長は
「土砂の撤去などが進み、ある程度落ち着きも見える中、
本格的な復興に向けて一致団結して乗り切ろう」と訓示した。
会合では、これまで優先的に行ってきた住宅の被害への対応に加え、
農業や商工業など地域経済の支援にも力を入れ
復興への取り組みを本格化させる方針を確認した。
きょう、辻市長にも面会したが、防災服に身を包んだ市長は、
多様な声にどう対応したらいいか、苦労しておられるようだった。
丹波市誕生から10周年の節目の年に起きた災害。
ほとんどの行事を中止して
災害復旧復興に力を注いでいく方針だという。