◎アメリカ教育使節団の提言通りに「カイカク」された戦後教育

『アメリカ教育使節団報告書』(村井実訳、講談社学術文庫)。

教育基本法が公布される一年前の昭和二十一年三月、アメリカの二十七人の教育関係者が占領下の日本に派遣された。団員は、いずれもアメリカの教育制度の専門家ではあったが、日本に関してはその教育制度はおろか、日本語にも日本の歴史や文化にもまともな知見を持たなかった。それがわずか一ヶ月弱ざっと視察しただけで「カイカク」を勧告した。それは教育制度にとどまらず、我が国の精神文化を根底から否定するものだった。

報告書の提言は、ただ一点を除きすべて実施された。唯一実現しなかったのは、国語のローマ字化である。アメリカ教育使節団は、漢字、仮名を問わず、日本の文字を全廃してアルファベットを使うように提言したのだ。占領下とはいえ、さすがに当時の日本もこれだけは受け入れ難かった。妥協案として旧漢字、旧仮名遣いが廃止された。

『アメリカ教育使節団報告書』の提言に従って実現されたのは、戦後日本の教育のすべてである。教育勅語の廃止。男女共学、六三制義務教育、PTAの導入。もちろん、教育内容もしかりである。

「国史」について『アメリカ教育使節団報告書』は「単なる改訂では済まない・・・今までとはまるで違う歴史観の下で書き直さなければならない」として、徹底的な「修正」を迫った。記紀神話を国史から分離して、ギリシャ・ローマ神話など外国神話と同列にして「文学」として教えるべきだと勧告した。しかし結果は、アメリカ教育使節団の提言よりも改悪された。記紀(古事記と日本書紀)神話は現在、義務教育課程において「国語」でさえ教えられていない。戦後教育を受けた日本人は天孫降臨も神武東征も教えられずに育つ。私たちは、自分の国のそもそもの成り立ちを、学ぶ権利を奪われている。

『アメリカ教育使節団報告書』はまた、「修身」の廃止を強く勧告した。礼節や倫理的態度は、サークル活動やスポーツマンシップを通じて学ばせればよいとされた。「修身」の代わりに、アメリカの公教育で重視されている科目である「社会科」、つまり地方自治の学習や、役所や企業、商店などの社会科見学の導入を推奨した。また、「優れた授業」とは民主主義や個人主義を育成するものだと主張して、子どもが自ら司会をつとめるホームルームや、子どもが自ら選挙で役員を選ぶ生徒会の導入を勧告した。それらはずべて実現した。

◎教育委員会も日教組もGHQの置き土産

教育制度についても、『アメリカ教育使節団報告書』の提言はすべてに及んでいる。昨年、全国で噴出したイジメによる自殺への対応で、その欠陥ぶろが露呈した教育委員会制度も、もとはアメリカ教育使節団の提言なのだ。

報告書には、文部省の「権力の不法使用の再発を防ぐため・・・この官庁の行政支配を、都道府県や地方の学校行政単位に移譲することを提案する」と明記されている。教育基本法のなかの「教育は不当な支配に服することなく」という不可解な発想、無責任体質の権化のような教育委員会という奇怪な存在も、要するに警察組織と同様、中央集権を解体し、地方分権化を推し進めることで我が国の弱体化を目論んだGHQの置き土産なのだ。日本の総人口は、支那では四川省一省に相当するに過ぎない。この小さな国で、国家意志の優位を否定し、意思決定機構をあえて分散化しなければならない必然性ほんとうにあるのかどうか、再考の余地があるはずだ。

戦後日本の最大の禍根とも言うべき日教組の誕生もまた、ほかでもないアメリカ教育使節団の提言である。報告書には「教師の権利」として「思想表現の自由、地位の保障、待遇の改善」を実現するため、「校長の支配を受けることなく、自由に討議する」教員組合の「組織の自由が認められるべきである」と明記されている。この勧告の翌年、日教組が設立された。アメリカによる占領政策こそが、戦後日本のあらゆる混迷の淵源なのだ。

安倍政権によって、ついに教育基本法が改正された。占領以来五十九年間、手をつけることができなかった宿痾(しゅくあ)のひとつが処置されたことは取り敢えず前向きにとらえたい。だが、愛国心と宗教的情操の涵養(かんよう)が明記されなかったことなど課題も多い。日本人の精神を荒廃させてきた元凶である戦後教育の再生は、まだほんの端緒についたばかりである。

日本人の魂を萎縮させ、国威を衰微させてきた真因はなんだったのか。今こそ私たちは、その真の淵源を直視し、自ら問い糺す勇気を持たねばならない。(終)




※関岡英之(せきおかひでゆき)氏プロフィール
昭和36年東京都生まれ。慶大法学部卒。
東京銀行に約14年間勤務の後に退職。早大大学院理工学研究科修士課程修了。著書に『なんじ自身のために泣け』(第7回蓮如賞受賞)『拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる』『奪われる日本』など。
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