にのりんぐ

ninoとみんなでつくる輪(りんぐ)


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熱が出て入院し、そこでの検査でたまたま癌が見つかった高齢女性。

熱についてはある程度落ち着き、癌については自覚症状もないし超高齢だし、
何もせず見守る方針になっていました。
 
ベッド上から動けないものの、笑顔を見せたり、少しの会話はできる状態で、
主介護者である娘さんをはじめ、自宅で家族と過ごしていました。
 
全体として、ゆっくりと状態が落ちていくのは予想され、
やはりその予想の通りの経過を辿っていました。
 
 
ある日、僕が数日ぶりに訪問した時、彼女の状態を見て、
なんとなく違和感を持ちました。
全身状態やその時点のバイタルサインの割に、
意識だけが落ち過ぎているような気がしたのです。
 
 
(これ、たぶん…)
 
なんとなく原因の想定をしながら、採血をして血液検査を提出しました。
 
 
翌朝、クリニックにFAXで送られてきた結果は、著明な高ナトリウム血症でした。
(僕は、あるとすれば電解質異常、カルシウムかナトリウムかな、と思っていました)
 
電解質異常なら、適切な輸液をすれば改善の余地があります。
すぐに訪問看護ステーションに連絡し、輸液の指示を伝えました。
 
 
輸液調整からわずか数日で、それまで全く動かなかったのが、
表情などで少し反応が見られるようになりました。
 
そして、それからさらに数日後のある日、目を開け、ほぼ口の動きだけで
「ありがとう」
と娘さんに伝えたそうです。
 
 
その(ことば)を発した日の夜中に、そのまま自宅で息を引き取りました。
 
 
 
原疾患及び老衰の進行の結果としての意識障害ならば、
残念ながらできることはありませんでした。
ですが、癌の終末期であろうと、老衰の一過程であろうと、
医療としての手を加えることで意味のある改善が見込める、
つまり意識が少しでも戻るのであれば、
その検索及び治療は(大きな負担なく可能な範囲で)するべきだと思いました。
 
その意識で診ていなかったら、この人は、おそらくこのまま、
言葉も、口の動きも、視線も、何も発することのないまま、逝ってしまったでしょう。
そして、それはそれで、病気だから、あるいは老衰だから仕方のない、当たり前のこととされ、
こと在宅であれば、自宅で看取れて良かった、苦しまなくて良かった、
などという認識で終わっていたでしょう。
 
そのようにして埋もれている“さいごの時間”は、おそらく実際にあるのではないでしょうか。
僕自身の診療を振り返っても、埋もれさせてしまっていたものもあったかもしれません。
 
 
“終末期だから”、
“DNARだから”、
という括りだけで、本当は必要なこと・意味のあることも含めて
“何もしない”という選択をしていないか?
大切な学びになりました。
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奥さんと娘さんが自宅で看病していた、高齢男性。
全身の衰弱、特にある臓器の機能低下が、徐々に、ある時点からは急速に進み、足から体幹部まで浮腫が強く、ひどい時には顔面にもむくみが見られていました。

さらにある頃からは、その臓器障害よると思われる意識の低下が、まばらに出始めました。眠る時間も長くなってきました。
それでも、僕らが診療のためにお宅に行った時にはしっかりと座って、ほぼはっきりと話をして、家族を驚かせることもありました。


体力・筋力が低下し、かつ意識は(波はあれど)ある程度しっかりしている、このような時期が、介護者としては一番きつい時です。

例えば、自力でトイレに行きたい、行こうとする。
でも、行けない。
家族が介助する。
それでどうにかできる時もあれば、できずに倒れこむこともある。その後ベッドに戻ることも、かなりの負担。

そのような時期が数日続き、家族から、入院させた方が…という相談がありました。

在宅生活を支える僕らの立場としては、このような時期はおそらく長くて数日、あとは意識も体力も落ち、介護負担はうんと減る…いわば、今は短距離走のラストスパートといったところ。
もう少し、在宅で頑張れなくもないのではないか…その方が、本人も家族も後悔が少ないのではないか…とも思えました。

しかし、それを強く推し過ぎても、つまり在宅にこだわり過ぎても、実生活で介護する家族の心身がパンクしてしまう懸念もありました。
これはこれで、後にずっと大きな後悔が残ります。


本人が眠るベッドの横で、僕たちと家族さんとで、よく相談しました。
娘さんたちは、できることなら家で看たいんだけど、でも…、でも…と、最後まで迷っていました。
最終的には、それまで眠っていた本人が徐々に覚醒して話に加わり、
「入院しましょう」
と言ったことで、入院が決まりました。

もともと入院したくないと言っていた人でしたが、おそらく、ご家族のことを思っての決断だったと思います。
波のある意識状態の中で、この時は特にしっかりとした態度でした。

娘さんたちは、涙を流しながらの決断でした。


僕たちとしても、家族のその意思を、前向きに支えることにしました。
最後まで在宅というのが最良で、入院させることが無念の策、という画一的なものではないからです。


予め入院の依頼をしていた病院への搬送の直前、多少のためらいはありましたが、行く前に写真撮りましょう!と僕が言い、移動するバタバタの中で写真を撮らせてもらいました。

写真を掲載することはもちろんできませんが、実際、とても良い写真でした。



入院した数日後、その病院で息を引き取りました。
僕が撮った写真は、彼らにとって、最後の家族写真になりました。


在宅医療に携わる立場として、難しい判断でした。
ですが、最期まで在宅、ということが全てではなく、その意思決定のプロセスに本人も家族もしっかり関わることこそが必要なことなのだと思います。
そう考えると、この患者さんは彼自身の人生を、家族はそれを支えることを、全うしたのではないでしょうか。



旅立った後、娘さんから僕に届いたメールの一部を紹介します。

=====
ひと月ほどでしたが、親子水入らず過ごす時間を持てたのも先生方がサポートしてくださったおかげです。
本当に有り難うございました。
先生が撮ってくださった私達の最後の家族写真。
名カメラマンに心より感謝を申し上げます。
本当に本当に有り難うございました。
=====
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ある老年の女性。末期の癌でした。
初めは、外来で診ていました。
いつも、娘さんと一緒に来院していました。

本人も娘さんも喫煙者で、この人たちが来たらすぐ分かるな、という程、凄いタバコの匂いをさせていました。
この人の診療が終わったら、診察室の窓を開けて、換気していました。

そんな話を、僕や外来看護師たちと、本人たちとで、笑ってするような関係でした。

いつからか、最初ほどの強い匂いはなくなっていました。私達に気を使ってくれていたのでしょう。
でも、タバコは変わらず吸い続けていました。
(もちろん、僕らも今さら禁煙を勧めることはありません)


徐々に体力が落ち、可能な時は外来、無理なら在宅、という感じになりました。
そして最終的には、完全に在宅になりました。

家でもタバコを楽しんでおり、最初に訪問した時は、空気が煙の色をしている程でした。
包み隠さず、凄い匂いですねぇ!と苦笑しながら言うと、次の訪問時からは、窓を開け放った状態で招き入れてくれました。
季節は冬です(笑)

匂い嫌でしょ、どうぞ、と、僕ら用の使い捨てマスクも用意してくれていました。
(もちろん僕らはマスクをして行くので、それを使わせてもらうことはありませんでしたが)

この人を訪問する時には、衣服用芳香スプレーを訪問車に常備していました。


さらに体力が落ちるにつれ、その本数が減りながらも、やはりタバコは変わらず楽しんでいました。


自力でトイレに行けなくなり、娘さんの介助が必要になり、最後の数日にはベッド上のみになりました。

そして、それまでほとんどなかった痛みが急速に強くなり、医療用麻薬の持続注射を開始しました。
それにより速やかに痛みが和らぎ、穏やかに休めるようになりました。
その夜、最後のタバコを楽しんだそうです。

翌朝、そのまま息を引き取りました。



葬儀屋さんが、クリニックに死亡診断書を取りに来てくれた時、“お土産”を預けました。
本人・家族宛の簡単なお手紙と、その人が吸っていたタバコです。

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人生で初めて、タバコを買いました。
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少し前に亡くなった患児のご両親が、クリニックに挨拶に来てくれました。

 

生後間もなくから、長く生きていけない病気が分かり、

自宅への退院後は、当院からの在宅診療と、

出生した大きい病院への定期通院とを並行していました。

もちろん、状態が悪化した時には、臨時での受診・入院もありました。

 

詳細は省きますが、最後は比較的急速な経過で、

病院でその短い人生を終えました。

 

その急速な経過の中でも、自宅で見届けるのか、病院に搬送するのか、

強い葛藤の中にも、強い覚悟がありました。

 

 

 

愛娘の旅立ちから少し時間が経ち、穏やかな表情でクリニックに来てくれたご両親は、

色々な言葉を私たちにくれました。

 

――あの子がいなくなった悲しみはもちろんあるけれど、それまでの●ヵ月間、家族みんなで、家で過ごせて幸せだった

 

――先生たちは、あの子だけでなく、私たち親や他の兄弟のこともみてくれてたんだなと思う。それがなかったら、私たちは潰れていたと思う

 

 

今私たちがやっている仕事の意義を、改めて感じさせてくれました。

 

 

 

image

 

その子が使っていたベビーカーです。

座席下が大きいタイプのもので、ここに、常時外せない医療機器を置いて使っていました。

これを、クリニックに寄贈してくれました。

 

彼女の名前を採り入れて、このベビーカーに名前をつけようと考えています。

 

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数日過ぎてしまいましたが、月曜日、近くの整形外科を受診してきました。

 

だいぶおじいちゃん先生で、画像を見ながら、初め薬指あたりを探していて、

看護師さんから「先生、中指です」って指摘されたりしてて、

なんか本当に大丈夫ですかって感じだったんですが(笑)

 

一応、

・骨折自体はけっこう古いものかも?(骨片の石灰化が強い)

・それが最近何らかの負荷で痛くなったのかも?

という見解でした。

 

偽痛風の可能性もありますか?と聞くと、

偽痛風・・・そうですねぇ、尿酸値測ってみたらいいかもね、とも言われたけど、

いや、偽痛風は尿酸関係ないでしょ・・・?

ということで、重ね重ね大丈夫ですかって感じだったんですが(笑)

 

image

結局、こんな風にテーピングで比較的簡単に固定しつつ生活しています。

 

 

振り返って、可能性があるのを挙げてみると

11月3日野球した、6日胸骨圧迫した、くらい。

なんとな~く違和感あったのが、6~8日くらいからかな?

明らかに痛くなったのは10日夕からで・・・

タイミングを考えても、結局原因ははっきりしません。

 

とりあえず、少し間空けてまたレントゲン撮ってみるかね・・・

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僕の右手中指MP関節。

数日前からなんとなく違和感あって、
昨日夕方から痛みが強くなってきたので、
自分のクリニックで撮影したんですが…

(骨折じゃないよなという)期待を込めて偽痛風と思ってたけど…
これ、やっぱり折れてるかな…σ(^_^;)

明らかな外傷歴はないんだけど、
指ポキポキ鳴らすのが癖でしょっちゅうやってるので…それでかなぁ…

週明け整形外科受診しようかな…
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皆さんは、

「在宅患者なのに、なんで救急に来るの?」

「なんでさいごまで家で診ないの?」

という思いを持ったことはありませんか?

恥ずかしながら、僕もかつてありました。

ですが、在宅患者でも、適切に判断されれば、救急搬送然るべき、ということを、

在宅医療の立場から経験していますので、報告します。

~~~~~

 

 

去る10月26日、救急医学会でポスター発表をしてきました。

救急病院の勤務医から、現在在宅医療に従事している僕の立場から、

救急医療に関わるスタッフのメッセージです。

 

『在宅からの救急搬送例に学ぶ在宅医療の意義』

 

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冒頭及び以下は、実際のプレゼンと同じような内容です。

 

~~~~~

当院は、外来から、看取りを含めた在宅医療を行う無床診療所です。

2016年の1年間で診療した在宅患者297名のうち、救急搬送した74例について分析しました。

 

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年齢層は、やはり高齢者が多いですが、

重度心身障がい児を含め、文字通り0歳から100歳まで。

背景疾患は、慢性疾患がほとんどです。

一般に在宅でイメージされやすい癌終末期は、4例のみでした。これについては後述します。

 

image

 

搬送理由は、発熱+α(呼吸状態不良、意識レベル低下、痙攣)、呼吸状態不良、

転倒による骨折疑いが多く、以下、ご覧の通り様々です。

いずれも、在宅医が一度診療し、改善の可能性が見込めると判断したものです。

一方、心肺停止での搬送が3例ありましたが、これも後述します。

 

搬送先での診断はこのようになりました。

結果的にも、搬送の判断が妥当だったと言えるものがほとんどでした。

 

image

 

搬送後の転帰は、実に2/3近くの例で在宅または元の施設に戻っています。

しかも、その多くは20日未満と、比較的短い入院期間となっています。

これは、いわゆる“出口問題”に悩む急性期病院にとっても、

患者さん・その家族にとっても、大きなメリットと言えると思います。

 

image

 

癌終末期の方の搬送例の検証です。

・膵癌の方の発熱、疼痛、ショック。診断の結果は腫瘍熱疑いで、入院せずに帰宅し、

 約2か月後、在宅で看取りました。

・腹膜癌の方の腸閉塞疑いで搬送した例は、搬送先で1ヵ月後に亡くなりました。

・肺癌の脊椎転移による対麻痺が急速に進行した方は、搬送先からホスピス病院に

 転院しました。

・食道癌の方の鼻出血での搬送は、止血処置をして帰宅しました。その後間もなく、

 在宅で亡くなりました。

このように、癌終末期とはいえ、いわゆる“最期を丸投げ”というような搬送ではなく、

概ね妥当な判断での搬送と言えると思います。

 

続いて、心肺停止での搬送例の検証です。

これは3例全て同一施設で、①食事中の誤嚥による窒息、

②心不全のある方の急性心疾患疑い、③元々かなり状態の悪い方のnear CPAでした。

いわゆる急変に近いものでもありますが、当院と施設スタッフ及び家族との話し合いが

不十分で、当院に連絡する前に救急車を呼んでしまった、という状況でした。

そのあたりが改善されれば、穏やかな看取りを含め、より良いマネジメントが

できるのではないかと思います。

今後、スタッフへの教育を含め、我々の課題でもあると思います。

 

image

 

結語です!

「在宅患者=救急医療の適応外」では決してありません!

在宅患者の場合、急性期病院からの退院もスムースであり、在宅医療が救急医療の適正利用に寄与していると言えます。

在宅医療は、“看取るため”の医療ではなく、“さいごまで生きることを支える”医療です!

その目的のために、救急病院の先生方の協力は不可欠です。

私たち在宅医療も、救急医療を支えていきます。

どうぞお互いに、よろしくお願い致します。

~~~~~

 

 

いかがだったでしょうか。

僕自身、これまでの学会発表の中では一番自身のある内容で、

一番伝えたいメッセージでした。

聴いてくれた人からのリアクションはとても良かったです。

 

「こんなに意識高くやっているクリニックが、各地域にもっと増えたらいいですね」

とも言われました。やった!!

 

在宅医療の実際を、救急医学会で発表したことに、大きな意味があると思っています。

これからも、現場での仕事はもちろん、色々な形で発信していきます!

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実家にあった古い電子キーボードを、子たち用に自宅にもらって来ていたのですが、
ここはいっちょパパもきばってみようと思い、楽譜購入してみました。
 
目標(だけ)はでっかく、弾き語り!(笑)
 
 
最初に浮かんだのは、X JAPANだったのですが、
仮にピアノができたとしても(それだけでもハードル高い)、
TOSHIの声は凡人が踏み込むことのできない領域だと思っているので、
カラオケでも比較的歌いやすい尾崎豊にしてみました。
 
あいら〜びゅ〜♫
 
 
一応、4歳から10歳までは細々とピアノやってたんです。
姉と兄がやってたからなんとなく僕もやってたけど、あんまり好きではなく、
しかも10歳から野球に目覚めて、その年頃の男集団にありがちな、
男がピアノなんて〜みたいな感じが嫌で、やめちゃったんですよね。
 
大人になった今振り返ると、もったいなかったな。
続けていれば、今頃はYOSHIKIのように…(違
 
 
ともあれ、ゆ〜っくりと、頑張ってみます!
いつか、いつか、いつの日か、ここでお披露目できれば、します(笑)
 
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福岡市内8校OB野球に行ってきタ!
昨年に続き2回目の参加。

1年ぶりの、母校のユニフォーム!
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個人的にはなかなか良いピッチングができたと思うけど、
いや、こう言ったらアレだけど、、、
守備の乱れでけっこう点取られた(笑)

ま、60歳超の大先輩も参加する“オトナ野球”だから、
こういうのは折り込み済みってコトにしとかないとね。


これで、今シーズンの野球の機会は終了。
でも、これからもできるだけパフォーマンス落とさないよう、
日々のトレーニングを続けていきます!

息子たちが野球に興味持ってくれた時に、パパのカッコいい姿を見せたいもんね!
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一応、ブロガー歴長いんですが、
ブランクが長かったので、もとい、“活動休止”状態が長かったので、
改めて、僕のプロフィールっていうか、やってる仕事とか、
今居る立ち位置とか、書いておこうと思います。

ここ数年で変化もあったし、バックグラウンドを書いておかないと、これからここでする話も、内容がうまく伝わらないこともあるかもしれないので。


ということで…
nino、35歳。
えー、医者です(笑)
10年目の医師。
初期研修2年を終えて、大学病院救命センターで2年、市中病院救命センターで1年、
それから初期研修の病院に戻り、消化器内視鏡を2年半くらい、
その後集中治療センターに移り1年半くらい、
そこで病院を退職し、今は、外来・在宅医療をやっているクリニックに勤めています。
内視鏡始めた頃から、週1回外勤で行っていたクリニックです。

また、この4年くらいは、南の島の離島医療にも縁があり、今も月1回程度、だいたい4〜5日の応援勤務に行っています。


学生時代は野球部。ピッチャー。
現在の趣味は、ランニング。
野球は、年に数回、試合のチャンスがあります。

家族は、妻、長男、次男。
娘が欲しいです(笑)


こんな感じかな。ざっくりと。
あとは、また、追い追い。

在宅医療のこと、離島のこと、離島医療のこと、家族のこと、趣味のこと、などなど、色々と、気の向くままに書いていきたいと思います。

夜露死苦。
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