「イケメン・ジョニーがパンクに吠える!」
きょとん。
ただただそうとしか表現しようのない様相にて青年は立ち尽くしていた、左肩から下げたストラップ、その重量感が彼をやや猫背気味に上体を前方へ傾かせている。
気を張っていなければ、そのまま倒れこんでしまいそうにさえ見える。
彼は塗装が剥げて黄ばんだ弦楽器を抱えている、それはギターだった。
エレクトリック・ギターという楽器。
だが、彼はそれを爪弾くでもなく、掻き鳴らすわけでもない。
わけも分からず呆然とするだけである。
後方からはそのリズムに正確さこそ欠けるものの、荒々しく叩き出されるドラムが彼の背中を機銃のように撃っていた。そして、斜め左からはルートを追いながらもノイズを混じらせるベースギターが唸りをあげて、彼に巻きつき、締め上げるかのようだった。
「状況が分からないんだけども……」
「や、ちょ……この騒々しさって……」
「パンクって……僕……こんなことをするために誘われたのかな……」
金髪の彼は呟く。だが、その呟きはひたすら流れて、誰に聞かれるわけでもないお経のようであった。
ジョニーは「スーパースター」という、あまりに魅惑的な言葉に誘われるがままパンクバンドに加入したわけだが、肝心のパンクロックをまるで分かっていなかった。
ジョニーを勧誘したジャック(天野くん)に手渡されるがままギターを担ぎ、「とりあえずジャムってみるか」と言われたのでジャムとやらをしてみようと思ったのだが、彼はジャムを文字通りジャム、つまりトーストにジャムでも塗って一休みしようと言われたものと勘違いしていた、一休みどころの騒ぎではない、ジョニー以外の二名はまるで雑音の大合唱、完全なるお祭り騒ぎである。
「ストップストップ!!」
ジョニーの左、ベースが鳴り止み、ついいましがた自己紹介を受けたばかりの男がドラムを叩くジャックに声をかける。
「おいジャック、ジョニーくんはどうしたんだ? まるで音が出てないじゃんか……」
「うーん。やっぱりこうなるか……」
ジャックは首を捻った、謙遜ではなく本当にパンクを知らないんだな、ジョニーは……。とは言え……まさか、まるきりの初心者をバンドの顔として勧誘したとも言い出せなかった。
解散寸前のこのバンドを蘇らせるには、強力なインパクトを持つコイツの存在感だけが頼りでもあった。
「いや……ジョニーは……いざというときにしか弾かないんだ……」
「いざというとき……それじゃ練習になんないじゃんか……」
ベーシストは合点がいかない様子でこの新ギタリスト兼ヴォーカリストを見つめている。
「ジョニー、魂だ!! 技術は気にしなくていい、お前の魂を喚き散らしてくれ!!」
「た、たましい……?」
「そうだ、お前のなかに棲む野生を解き放つんだ、それがパンクロックって音楽なんだ!!」
苦し紛れに過ぎなかった、だが、なぜかそのジャックの叫びはジョニーの奥深くに眠ったままの衝動というべき原始のエネルギーを解放させることになった。
衝動……原始……解放……まるでそれは引き金だった。
「うぉぉぉぉぉ!!」
叫び声はもはや獣そのものだった、野太い咆哮はジャックのスタジオ兼住居の壁を揺らし、震えた天井からは埃が降り、そして床が割れた。どこかの部族の宴のように不気味に舞い踊るジョニーの踵が古い板材を踏み抜いたのだった。
本能を解き放ったジョニーはモンスターと化してしまったのである。
「天野くん、こんな感じかーいっ?!」
眼を血走らせ、睨む鬼の形相に変化したジョニーの進撃は続く、ギターを鉈のように振り回し、周囲のすべてに破壊をもたらした。
ジョニーのギターがもたらすのは壊音のみである。
「お、おい、ジャック……」
ベーシストは目を丸くしてジャックに問いかける。
「ああ……ああ!! パンクだ、ジョニー、それだ!!」
暴走を続けるジョニーは制御を失い、ひたすらに天野くん宅を破壊し続けた。
ジョニーの雄叫びは天を突き上げるほどのエネルギーに満ち、新生ジョニー・バンドが誕生したかに思われた。
そのときだった。轟音に飲まれ気づかずにいたが、納屋のシャッターが開き、そこにいたのは警官隊だった。
「静かにしろ、お前ら!!」
点滅する紅白のランプに気づいたのは天野くんだった。
「あ、ケイサツ……」
三人は事情聴取を受けることになった。
check!!
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失笑必至の前回まではこちら♪
(不敵に不定期に続く)