第三百十九話 年末の予定
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ブログネタ:年末の予定は? 参加中
「さて、今日の議題はっ」
父ちゃんが、夕食後のテーブルで声を張り上げた。
例の「かぞくかいぎ」ってやつだ。
もちろん、俺にはサンカシカクってのがないから、ばあちゃんのひざの上で、丸くなって寝てるだけなんだが。
「年末年始の予定であーる」
気が付けばもう今年もあと一ヶ月余り。
父ちゃんがもったいぶってギダイにしたのは、こんどの年末年始をどうやって過ごそうか、ということだ。
そうして、実は、俺も今回のギダイには、ジュウダイなカンシンを寄せているんだ。
「五年前、長野にスキーに行って以来、我々は家でだらだらと過ごすだけだった。が、今年は奮発して、また旅行に出かけてみようと思う!」
「お、やった!」
小学五年生のタクヤはうれしそうだ。が、
「えー、めんどい。それにあたし友達と初詣に行くんだもん」
高校一年のサトコは乗り気じゃないようだ。
父ちゃんは早速なだめにかかる。
「いいじゃないか。たまの旅行くらい付き合ってくれよ」
「やだー。それに寒いとこはもっとやだー。スキーとか最悪」
母ちゃんとタクヤが口を挟む。
「なによ、前のときはスキー行きたいっていうから連れてったのに」
「そうだよう。俺スキー行きたい! だって俺まだ小さかったから滑らせてもらえなかったもん」
「やだったらやなの! 雪まみれなんて絶対いやっ」
サトコは頑として譲らない。
「じゃあ、サトコはどこならいいんだ」
「え? そうねー、あったかいとこかな。オキナワとかさ」
「えー、スキーできないじゃん! 俺スキーがいい、スキー」
「うるっさいわね! そんなに行きたいならあんたひとりで行きなさいよ」
「なにーこのオカチメンコ」
「ったく、どこでそんな単語憶えてくんのよこのサル!」
タクヤとサトコのバトルが始まりそうな予感。
「ちょっとあんたたち、いい加減にしなさい!」
母ちゃんの一喝で、なんとかその場はおさまった。
「あのねえ、今回の旅行はね、ばあちゃんがゆっくりできるところじゃなきゃダメなの。温泉があって、畳の部屋でゆっくり出来るところ。これが最低の条件ね」
そうそう。そのとおり。
この一年というもの、俺はばあちゃんの枕元で、「リョコウ、リョコウ」と囁き続けてきたからな。
おととい、ばあちゃんが父ちゃんに「旅行に行きたいねえ」と行ったのを聞いて、俺は小躍りして喜んだのだ。
「それと、ばあちゃんが疲れるから飛行機はダメ。だからオキナワは自動的に消滅ー」
「えーそんなー」
「それと、雪降るところは足元が悪いから、今回はスキーはなし。タクヤは年明けにでもパパに連れてってもらいなさい」
「ちぇー、つまんねーの」
「じゃああたし、行かない。家で留守番してるわ」
「ダメよ、サトコも行くの。ひとりで家に置いといたら何しでかすか判りゃしないわ」
「なにそれー。信用ないなあ」
「あるわけないでしょ」
「ふんだ」
「おほん!」
と、忘れられかけていた父ちゃんが咳払いした。
「じゃあ、パパからの提案だ。旅行は南伊豆の温泉。ここよりあったかいから、ばあちゃんも安心だろう。老舗旅館の宿泊優待が会社の抽選で当たったから、そこにしようと思うんだが」
そうそう、そのとおり。
大枚はたいて、猫神さんのセンニュウコウサクを頼んでおいて正解だ。
そうでなきゃ、くじ運の悪い父ちゃんが、こんな豪華な賞を貰うなんてありえないからな。
「畳の部屋やだなー。ベッドの部屋は?」
「老舗旅館だからな。そんなものはない」
「うわーサイアク」
サトコは文句たらたらだ。しかし父ちゃんは、にやりと笑ってこう行った。
「そうか。残念だなあ。その老舗旅館、韓流スターのケジャンが宿泊することで有名なんだが」
「え、ええっ! うそうそうそ! そうなの」
いきなりサトコの目がきらりんと光る。俺はほくそ笑んだ。
サトコが韓流スターに入れ込んでるのも、ちゃあんと調査済みだ。
「そうそう。でもまあ、畳が嫌ならしょうがない。いいよサトコだけ駅前のビジネスホテルに泊まっても」
「ちょちょちょっと待ってよ! ケジャン様のサインとかあるの!? 行くいくいくいきますって! なんなら明日でも」
「こら落ち着け! じゃあ、サトコはいいんだなそこで。タクヤは?」
「えー、俺スキーがいい」
「だから、お前は週末に連れてってやるから。それに伊豆だから、お前の好きなマグロがたくさん食えるかもしれないぞ」
「そっかあ。じゃあいいよそこで」
「決まりだな! ばあちゃん、そういうことでいいかい」
俺の背中を撫でていたばあちゃんは、ふいっと、俺に視線を落とした。
「ああ、いいよ。いいけど…」
「どうしたの、何かあるの」
「いやね、タロをどうしたもんかと思って」
ばあちゃんは俺のことを気にかけてるらしい。
「大丈夫よ。ペットホテルに預ければ」
「でもねえ…。前んときは毛が抜けちゃったじゃないか」
「あん時はまだ若かったから、神経質だったのよ。今じゃこんなに横柄になっちゃったじゃないのタロったら」
「そうかねえ」
オウヘイとは心外だな。
でもまあ、ほぼ旅行は決定、つうことでいいのかな?
いいんだよな?
「家で留守番させるわけにはいかないのかねえ」
「タロを家で留守番ねえ…」
「あー、あれほら、こないだ広告入ってたペットシッターってやつ。あれ頼んでみれば?」
「年末年始もやってるのかなあ…」
みんなは、俺をどうするかで、あれこれ話し始めた。
そのすきに、俺はばあちゃんのひざから降りて、急いで寝室のベッドの下に潜り込んだ。
* * * * *
ぷるるるる、ぷるるるるる
ぷちっ
「毎度ありがとうございます、こちらキンキニャオンツーリストでございます」
「あ、あのー、年末年始の宿泊プランを予約したいと思って」
「はい、どうぞ」
「ええっと、クマモトのネコダケ参拝ツアー、三泊四日のやつ」
「少々お待ちくださいませ…。はい、ちょうど一名様の空きがございます」
「うぉし、やったぁ!」
俺は肉球を握りしめ、ガッツポーズを作った。
大人気のこのツアー、まさに滑り込みセーフだ。
家族がみんな出かけて留守になる時。これは俺達猫にとっちゃ、旅行の数少ないチャンスなんだ。
なるべく豪華でリッチな旅行にしたいのは当然のことだ。
数々の布石が実った瞬間だ。
「じゃあ、それ予約します」
「かしこまりました。では予約入れさせていただきます。お名前を」
「はい、チョーフのウオヤマンション四〇五号室、タロです」
「タロさまですね。では、出発は十二月三十日の午後二時、シンジュクのネコバスターミナルから出発となります。帰着は来年一月二日の午後二時二十分の予定です」
「はい」
「それから、こちら人気プランのため、キャンセルの場合は代金全額ご負担いただきますので、ご了承ください」
「はいはい」
「今回は、五万五千ニャンクレジットのお支払いとなります。カードご一括でよろしいですね?」
「ええもちろん」
正直バカ高い。俺の貯金がほぼ全額パーだ。
しかし、俺はこの日のために、ちまちまと貯め込んで来たんだ。
一生に一度はネコダケ巡礼。これは日本猫の合い言葉。
なかなか留守にしてくれないこの家だが、苦節五年、ようやく俺に巡ってきたチャンスだからな。
ああ長かった…感無量とはこのことだな。
「予約番号は、2・2・2 でございます。お控えください」
「はい、2・2・2、と…」
「では、ご予約ありがとうございました」
「どうぞよろしく~」
ぷちっ
しめしめ、これで俺の年末年始も充実するぞ。
五年前のハッカイサン詣でツアーは、寒くてカイロあてすぎて毛が抜けちまった。今年はそんなことにはならんだろう。
それに初めてのバスツアー。マターリ過ごせそうだ。むふふ。ニヤニヤがとまらない。
素敵な年末年始を妄想しながら、俺はまた、ばあちゃんのひざの上であったまろうと、居間に戻った。
* * * * *
「ああタロや、こっちおいで」
ばあちゃんが俺を抱きかかえる。
「にゃーう」
「よしよし。やっぱりお前が心配でたまらないよあたしは」
「にゃーう」
大丈夫だって、ばあちゃん。俺もちゃあんと旅行に…。
「まったく、ばあちゃんの気紛れにも困ったもんだ」
父ちゃんが溜息をついてる。
「ねえー、ちょっとー、ケジャン様はあー」
サトコが母ちゃんに向かってすねている。
「しょうがないじゃないの、ばあちゃんが家でいいって言うんだから」
「そんなー」
そうそう、そんなにいきり立っても…。
…って、
おいっちょっと待て!
「パパ、俺のスキーは」
「ああ、ちゃんと連れてってやるから安心しろ」
「わーい」
「ちょっとー、タクヤだけずるいー」
おいおいおいおい。
どうなってんだ。
じゃあ、旅行は。
「お前ももうトシだからねえ。一緒に家でのんびりしようかねえ」
ばあちゃん、俺を撫でながらそんなことを。
うそ。
うそだろ。
旅行なしかよ。
じゃあ、俺の。
俺のツアーは。
「うにゃーう!」
「おおそうかい、そんなに嬉しいかい。よしよしよし」
「うきゃっ」
俺は焦った。
焦って、ばあちゃんのひざから飛び降り、
「ありゃ、どうしたんだタロは」
「旅行に行かないから、喜んでるんだろうよ」
「そうなの?」
「ねえケジャン様あー」
「いいかげんにしなさいっ」
いちもくさんに、寝室のベッド下に滑り込んだ。
* * * * *
ぷるるるるる、ぷるる
ぷちっ
「はいこちらキンキニャオン…」
「あ、あのっ、さっき予約したタロですけど…」
「はい? ああネコダケ巡礼ツアーの」
「そうそう、あ、あのう、キャンセルは…」
「申し訳ございませんが、キャンセルの場合は全額のご負担を…」
「そ、そこをなんとか」
「すでにお客様のカードから代金は引き落としさせていただきました」
「えええええ」
「詳しくは、お手許に発送いたします商品約款をご覧くださいませ」
「ちょちょちょちょっとまってええ」
「ご利用ありがとうございました~」
ぶちっ
「うそおおおおおおおお」
がっくり。
俺はもう立ち直れない。
俺の布石は。
俺の苦節五年は。
「ありゃ、タロや、こんなとこにいたのかい」
ばあちゃんが、俺をベッドの下から引きずり出す。
ずりずりずりずり。
俺にゃ抵抗する気力さえない。
「どうしたんだい、元気がないねえ」
「ふにゃ…」
「ちょっと、タロが元気ないみたいだよ」
「あら、どうしたのかしら」
「また何か拾い食ったなタロ」
そんなわけねえじゃん。
俺の苦節五年を。
かえしてくれよう父ちゃん。
「じゃあ、あした病院に連れてくかねえ」
「そうだなあ」
「念のため、きょうはごはん抜きね、タロ」
「ふぎゃっ!」
硬直した俺を。
ばあちゃんは、なんとも、幸せそうな顔で、見ていた。
おしまい
いつも読んでくだすって、ありがとうございます
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