第三百十六話 《漫画化記念》猫神社ーぼくの猫キャラ | ねこバナ。

第三百十六話 《漫画化記念》猫神社ーぼくの猫キャラ

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塾を出たら、もう外は真っ暗だった。
冬ってほどには寒くないけど、それでもすぐに手がかじかんでしまう。
ぼくはママにもらった派手なマフラーを首に巻き、ぶるっと身体をふるわせて、駅に向かって歩き出した。

「ママー」
「おつかれさまー」

後ろで明るい声がする。
ふり返りたくなったけど、やめた。
どうせさびしくなるだけだ。
マフラーのはじっこを、ぼくはぎゅっとにぎりしめた。
ママの香水のにおいが、ほんのりただよって、ぼくはやっぱり、ゆううつになってしまった。

  *   *   *   *   *

地下鉄の駅をおりて家に向かう。道には誰も歩いていない。
そりゃそうだ。もう真夜中近いもの。
朝早く起きて、学校に行って、家に帰るまもなく習い事をして、それから塾。
家に帰っても、寝る前に宿題をしなきゃならない。
朝から晩までみっちりなぼくのスケジュール。
全部が全部いやなわけじゃないけれど、やっぱり気がめいってしまう。

「あんたのためなのよ」
「あんたの人生、最初がかんじんなのよ」

ママは口ぐせのように、そう言うんだ。
大きな会社の社長をしているママは忙しい。たまには塾まで迎えに来てくれるけど、ぎゃくにまるまる一日一度も会わないことだってある。
「おんなでひとつで」ってのは、大変なんだ。それはわかってる。
でもやっぱり、さびしいものは、さびしい。
せめて、ぼくもママも、も少しゆっくりできたらいいのに。

「へっ、へっ、へっくちん」

ぼくの大きなくしゃみが、路地にこだました。

「うう、さむっ」

風邪ひいたら、またママに怒られる。ぼくはずずっとはなをすすって、急ぎ足で路地をかけぬけようとした。

「…あれ?」

路地の向こう側に、ぼんやりと明かりが見える。
夕焼けみたいな色の明かり。
なんだか、あったかそうだなあ。
知らず知らずのうちに、ぼくはその明かりに、すいよせられていった。

「なんだろ、これ」

鳥居、っていうのかな。神社によくあるやつが、立っている。
そんなに大きくないけど、真っ赤にぬられてて、けっこう派手だ。
その両わきには、ぼんやりと光るちょうちん。
そのおくのほうには、小さな古びた建物がある。
へえ、やっぱり神社なんだ。毎日このあたりを通っているのに、今までぜんぜん気が付かなかった。
ちょうちんの明かりに照らされて、犬だか猫だかわからない動物の像が、ゆらゆらとゆれている。
大きな鈴のついた、太い紅白のなわ。そしてその下には、さいせん箱。
そういえば、初詣にいったとき、お願いしたんだっけ。ええっと…あれ、何をお願いしたんだろう。今年のことなのに、もう忘れちゃった。
それだけ、忙しいってことなのかなあ。
それとも、ママがとなりにいたから、正直なお願いができなかったのかな。

「ようし」

ぼくはかばんから財布を取り出し、小銭をいくつか、さいせん箱に放り投げた。
そうして、がらがらがら、と鈴をならし、ぱん、ぱんと手をうって、

「えっと、もう少し、のんびりできますように」

って、声に出して、言ってみた。

「のんびりマターリは大事やな」
「そうそう、だいじ…ん?」

近くで、かん高い声がした。
こんな夜中に、こんなところで。ふいにぼくは怖くなった。

「だ、だれかいるの」
「まあ、そない怖がらんでもええやろ。ほれほれ、こっちや」

かさかさっ、と紙のすれる音がする。
ぼくは、そうっと振り向いた。
だれもいない。

「そっちとちゃうで、こっちこっち」
「こっち、って」

足元から声が。

「こんばんわー」

「う、うわあっ」

足元にいたのは、猫だ。
でっかい茶トラもようの、おなかのおっきな猫。

「こんな夜中に、こども一人で何してんねん。風邪ひくで」

猫が、紙のひらひらついた棒を持って、立って、そしてしゃべってる。
なんで関西弁なんだ。

「なにしてる、って、じゅじゅ塾からの帰りで」
「ああ、さよか。きょうびの子供は忙しなあ。あれか、オジュケンか」
「もうオはつかないけど、再来年は受験…」
「ほう、君いくつや」
「しょ、小学五年生」
「ふうん、それにしちゃ小さいなあ。君、ちゃんと飯食うてんのんか」

猫はぼくをじろじろ見ながら、目を細めてそう言う。

「いや、ぼくあんまり食べるのは…」
「なんや、いかんなあ。子供はがっつり食うておかんと。なんにつけ身体が資本やさかいな。しかし…」

ぴいんとひげをはじいて、猫は頭をひねった。

「ほんまに忙しそうやな君」
「う、うん」
「そのトシでのんびりとか言うてるしなあ、おじいさんやあるまいし」
「ぼ、ぼくだって好きでやってるわけじゃ」

ぼくは、ぷうっとふくれた。そうしたら猫は、

「ああすまんすまん。わかってるがな。カテイノジジョーちゅうやつやろ」
「うん」
「ほんでも限度があるわなあ。んで君、のんびりマターリしたいんやな」
「まあ、そ、それなりに…」
「さよか。ほんなら…」
「えっ、か、かなえてくれるの、お願い」
「まあ、それなりに、やな」

猫はにやりと笑って、こそこそと、さいせん箱の中をのぞきこんだ。

「ひい、ふう、み…。んん~、まあこんなもんやろ。子供割引適用しといたるさかい」
「え?」
「ほんで君、のんびりいうてもやな。君のお母ちゃん、ヒマになったら困るんちゃうの」
「ええっと、そ、そうだね。いちおう社長だから」
「ほう! 社長さんかいな」

猫の目がきらりと光った。ちょっと怖い。

「まあ、そこんとこのコーディネイトはまかせてもらうわ。ああ、そんでな君」
「え?」
「今得意なこととか、好きなこととか、あらへんの」
「とくいなこと…」
「芸は身を助く、て昔から言うからな。習い事とかしてんねやろ」
「うん、ピアノとバイオリンと習字と英会話とそろばんと、それから…」
「ま、まだあんのかいな」
「でも、あんまり好きじゃないなあ、どれも」
「なんやー。身にならんなー」
「あ! ぼくね、大きくなったら、マンガ家になりたいんだ!」

と、ぼくはかばんからノートを取り出した。
落書き用に、ママにないしょでこっそり買ったやつだ。

「ほら、これ」
「ほほう…ふふん…ふむふむ…なんや君、ええもん持ってるやないかい」
「ほんと!?」
「ああ、このヘタレな猫なんかいい味だしてるわ~。って、せやけど、マンガ家なんて商売、なかなかきびしいでー」
「うん、だから、ママはぜったいダメっていうんだ」
「なるほど…ふむふむ…。よっしゃ、それでいこ」

ぽふっ、と、猫は手を打った。
ぼくには何がなんだかさっぱりわからない。

「え?」
「まあ詳しいことはおいといてや。君、ちょっとそのノート貸しといてんか」
「えーっ、そんな」
「すぐ返すがな、すぐ。ほれほれほれ」
「じゃあ、ほんとにすぐ返してよ」

猫はぼくのノートをぺらりとめくって、にかっと笑って、

「ほれ、そこに正座しなはれ」

と、棒をちょいちょいっと振った。
正座はにがてなんだけど。でもまあ、願いをかなえれくれるんなら、しょうがない。
ぼくは不器用に足をおりたたんで、冷たい石の上に座った。

「よろしい。では」

しゃららん、と猫が棒を振って、

「ノーンビリ、イタシマッショー」

かん高い声で叫んだ。そして、ぼくのノートを開いたまま、歌いながらおどりだした。

「アジツケ、キホンハ、サシスセソー、ノンビリ、キホンハ、フニフニニャー」

なんだろ、これ。

「フニフニ、ニャカニャカ、フニフニ、ニャカニャカ、フニャ~」

あれ、どっかで聞いたような。

「タベタラミガク、ヤクソクゲンマーン」

やっぱり。

「あのっ」
「ほいそのままっ」

猫はでっかな肉球をぼくにつきだして、

「ほな、いっくでーーー、そりゃああああああ」

ノートを、真っ暗な空に、ほうり投げた。

「ああっ」
「マターリシテ、イラッシャーーーーーイ」

ノートが、いっしゅん、きらりと光った。

「願いはかなえた!さらばじゃ~~~~~~」

猫がそう叫んだとき、ものすごいつむじ風が起きて、

「うわああっぷ」

僕は枯れ葉まみれになって、その場に倒れこんだ。
風はすぐにおさまったけど、

「ぼ、ぼくのノート」

枯れ葉にうもれたノートを、引きずり出してみると。

「ああああっ」

ぼくの大好きな、へなちょこな猫のキャラクターの絵が。
そっくりそのまま、消えていた。

「ど、どうして」

あたりをきょろきょろ見回してみたけれど。
猫のすがたは、どこにもなかった。

  *   *   *   *   *

「へっ、へへっ、へっくちん」

あれから一週間。
ぼくはあい変わらず、忙しい日々を送っていた。
しかも、寒い夜中にうろうろしていたせいか、すっかり風邪をひいてしまった。

「このくらいの風邪、どうってことないわ。さ、栄養ドリンクと風邪薬! はりきって、行ってらっしゃい」

ママはそう言ってぼくを送り出すなり、だいじな会議があるとかで、急いで会社に行ってしまった。
そりゃママはバイタリティのかたまりみたいな人だから、このくらいの風邪なら、どうってことないんだろうけど。
頭は痛いしハナミズは出るし、これじゃ勉強に身が入るわけない。
ああ、やっぱり、猫の神社なんかに行かないで、さっさと家に帰ればよかった。
あの猫のキャラクターだって、また描けといわれても、すぐ描けるわけじゃないし。
ぼくの宝物だったのに。

「ずずずっ」

なんだか悲しくなって、ぼくはハナミズをすすり上げて、ちょっとにじんだ涙を、手の甲でふいた。

「そない焦らんと、のんびり待ちいや」

ふいに、頭の中で、あの猫の声が、ひびいた。

  *   *   *   *   *

「へっ、へへっ、へっくちん」
「…社長、どうなされました」
「え? いいえ、ちょっと風邪ひいたみたいね」
「無理しないでくださいよ」
「無理するわよ。大事な勝負どきだってのに、休んでなんかいられないわ。で、もう皆さん集まってるの」
「はい、すぐに始められますよ。こちらです」

がちゃり。

「遅れてすみません、では、さっそく、我が社が来春に打ち出す新商品のキャラクターの、公募選考結果を」
「はい、では選考委員長を務めてくだすった、マンガ家のウミノコトリ先生から、結果を発表していただきます。ウミノ先生、お願いします」
「おほん! では発表します。今回はたいへんすぐれた案が出て来ましたので、満場一致で決定いたしました。映像にご注目ください。こちらです!」

ぶぃ~~~ん

「おお、これは」
「ぷぷっ、か、かわいい~」
「お手許の資料の、エントリーナンバー2222,とろけネコ! ちょっとやさぐれた目つきに、たるんだ身体! このギャップが私たち委員の心をとらえました。マーケティング部の部長さんも絶賛されてましたよ。ねえ部長」
「はい、柔らかな素材と組み合わせて、いろいろな商品への展開が期待できますな! 湯たんぽとかカイロとか。夏にはアイシンググッズやタオルなどにも使えそうです。いかがですか社長」
「ふうん、なるほど。いいんじゃないかしら。では、これで決定。発表はウェブですることになってたわよね。ところで先生、このキャラクターはいったいどんな人が?」
「それがですね、小学生なんですよ」
「あらまあ」
「ええっと、都内の◎◎区在住の、えー、アンザイ、マサヒコくん。小学五年生です」
「へえ~、小学、ご…え、え、ええええええええええええっ」

がたたんっ

「ど、どうしたんですか社長」
「ちょ、ちょっと、どういうこと、応募の資料は」
「これです」
「…ま、まさか、うそでしょ、マーくん!」
「マーくん? じゃ、じゃあこのキャラの産みの親は」
「しゃ、社長の息子さん!?」
「ど、どうしましょうウミノ先生」
「どうしましょうって…わ、私たちは社長の息子さんだなんて、ぜんぜん知らずに…」
「まさか、マーくん…あ、あたしにないしょで…マーくん…」
「うわっ、しゃ、社長しっかり!」
「おい、救急車!」
「だから無理するなっていったのに…」

ぴーぼーぴーぽーぴーぽーぴーぽー

  *   *   *   *   *

「へっくちんっ、ずず、ずずず」

ああだめだ、頭が痛いしハナミズで息が苦しい。
塾の先生の声だって、よく聞こえない。
今日はタクシー使っちゃおうかな。電車で帰る自信がないや。
机につっぷして、ぼくはぼんやり、熱っぽい頭で、そんなことを考えていた。

と、そのとき。
勢いよく教室の扉が開いて、事務のおねえさんが飛びこんで来た。

「アンザイくん、いる?」

ぼくの名前を呼んでる。

「は、はひ」
「急いで来て! お母さんが会社で倒れたって、いま連絡が!」

「ま、ママ…!」

ぼくは勢いよく立ち上がった、つもりだった。
とたんに頭がぐらりとゆれて、足がもつれた。
耳のおくが、きいんと鳴って、天井と床がぐるぐると回って。

「アンザイくん!」

ぼくは、気を失ってしまった。

  *   *   *   *   *

「…マーくん…」

目が覚めたら、パジャマ姿のママがいた。

「ママ」
「ああ、気がついた、マーくん」

ここはどこだろう。家のベッドじゃない。
白くて少し重い布団。つんとする匂い。

「ママ、どうしたの、ぼく」
「いいのよ、そのままで」

どうしたんだろう。ママは泣いているみたい。

「まったく、困った子」
「ママ、どうしたの、ここは」
「無理させちゃったのね。ごめんなさいね」
「ママ、腕になんかついてる」
「ごめん、ごめんね」

ママは、布団に顔をうずめて、泣きだした。

「さあ、あなたも横にならないと」

看護婦さんが、そう言ってママを立たせる。
そうか、ぼく、病院にいるんだ。

「だいじょうぶ。ママは別のお部屋で寝てるから、あなたもゆっくりお休みなさい」

看護婦さんはそう言って、ママの肩をだいて、部屋を出ていった。
とたんに、また眠気が襲って来て。
ぼくは、熱っぽい夢のなかに、とけていったんだ。

  *   *   *   *   *

結局、ぼくとママは、一週間、病院ですごすことになった。
勉強も習い事もない一週間。こんなの、生まれて初めてだった。
ママも、少し仕事の電話をしていたくらいで、あとは昼寝をするか、ぼくのベッドのそばで過ごした。

「マーくん、いつのまに応募したのよ」

ママがそう言って、ぼくにあのへなちょこな猫キャラの絵を見せた。
ぼくには応募したおぼえはないんだけど。でもたしかに、ぼくの描いた猫。

「ああ」
「どうしたの?」
「う、ううん、なんでもない」

猫の神社でお願いしたなんて、あれが猫のしわざだなんて、どうせ信じてくれないに決まってる。
でも、どうやらお願いは、かなったみたいだ。

「もう少し、ゆっくりできるようにしましょうか」

ママはそう言って、習い事の数をへらして、ぼくが休めるようにしてくれた。
そしてママも。

「あんたのおかげで、会社はうまくいきそうだし。あたしも無理しないことにするわ」

ママは社長じゃなく会社の役員になって、たまに会社に行けばいいんだって。
キャラのコンテストで受賞したのが社長の息子だとまずいとか何とか、オトナのジジョウもあるみたいだけれど。
とりあえずぼくの描いた猫は、いろんなグッズになって、お店に並ぶことになったらしい。

「あんた、ほんとにマンガ家になりたいの」
「うん、できれば、ね」
「ふうん…。まあ、いいわ。ただし、ちゃんと大学くらいは行ってよね」

と、クギをさすあたりが、ママらしいんだけど。
とりあえず、こそこそかくれて落書きするようなことは、しなくてもよくなったみたい。

「うう~~~ん」

いつもより早く終わった塾の帰り道、ぼくは大きく伸びをして、スキップしならが、あの神社に行った。
夕焼けが神社を真っ赤にそめていた。

「こんにちは、猫さん」

おくの方に向かって声をかけてみたけど、返事がない。

「こんにちはあ」

もういないのかな、あの猫。

「しょうがないか…」

あきらめて帰ろうと思った、その時。

「お、元気そうやな~」
「うわ、いたんだ」

目の前に、あの猫が立っていた。

「願いかなって、よかったやろ」
「うん、ちょっと大変だったけどね」
「さよか。ほんなら~」

猫はにかっと笑って、僕にささやいた。

「こんど、お母ちゃんも連れてきてえな」
「えっ」
「うちな社長さん大歓迎やさかいな。スケール大きい願いもかなえたるで」

なんだか、時代劇の悪役みたいな声で猫は言う。僕は、

「あ、ママはもう社長じゃないから」

と、きっぱり言った。

「ええっ」
「それにね、ママはね、もう高望みはしないって。ふつうに暮らせればいいってさ」
「そ、そんなあ~」
「だから、たぶんここには来ないと思うよ」
「くうっ、ぬかったわ。あすこのダンドリをも少しこうしとけば…」

なんだか猫はくやしがってるけれど。

「じゃ、ぼく帰るね。どうもありがとう」

ぼくは猫にそう言って、手をふった。

「君、はよ大物になって、また来てやー」

なんだかがめつくて、へんな猫。

「うふふふふふふ」

僕はおかしくなって。
スキップしながら、ママの待つ家へと、帰った。



おしまい







ブクログのパブー にて、
海野ことりさん
『猫神社ー短気にはにゃんこ顔ー』

公開中!

バンザーイ \(≧∇≦)/\(≧∇≦)/\(≧∇≦)/\(≧∇≦)/♪



海野ことり作『猫神社』


いつも読んでくだすって、ありがとうございます


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$ねこバナ。-海野ことり作『ねこっとび』
ぶん:佳(Kei)/え:海野ことり 絵本『ねこっとび』


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文:佳(Kei)/絵:大五郎 絵本『ねこのまち』