◎番外◎ 釣りにゆく | ねこバナ。

◎番外◎ 釣りにゆく

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今日は釣りにいかねばと思ひ
私は魚籠を内ポケツトに入れ
おろしたての鳥打帽を被つて
サンダル履で外へと飛出した



ねこバナ。


一番星が雲の陰から手招する
闇がモウオソカラウと呆れる
然し私は獲らなければならぬ
痺れた右手がさう言つてゐる

  *   *   *

青い芝生の真ン中に陣取つて
縮こまつた肺に空気を入れる
胸郭がパリと音を立てて開き
奥の淵から釣糸があらはれた

雲海を眺め乍ら私は探索する
あしたのために掴まへる者を
光のスピイドで過去つてゆく
あしたのために残せる何かを



ねこバナ。


鼓膜の内側で電子音が鳴つて
アチコチ飛跳ねる私の両目は
スイと或一点に導かれてゆく
紫に染まつた あの空の向ふ

彩雲に抗ひ乍ら 月の欠片が
ちんまりと浮んでゐる のを
釣糸は 一直線に飛んで行き
シツカリと 確かに 捉へた



ねこバナ。


この砂粒のやうな月の欠片が
どんな姿を伴つて
あすの朝
私に
襲ひ掛つて
くるものやら
私には到底判る筈もないのだ

  *   *   *

息をフウウと長く長く吐いて
シユルルルと釣糸を回収した
パチリと軽い振動が伝わつて
魚籠の中にあしたが収まつた

一番星が雲の陰から拍手する
闇がナンダソンナモノと笑ふ
私はそのどちらにも感謝して
サンダルを引摺り家路に就く



ねこバナ。


あしたなんぞ黙つてたつてよ
勝手にあらはれて去つてくべ
そんただモノ気にしてたつて
おら生きていげねもの なあ

頭に響いたあのことばを私は
そうかもしんねえ と噛砕き
んだどもいちいち確かめねと
ゐられねんだ と言返したら

家のドアが
大漁だんべ
と微笑んだ

  *   *   * 

タイリョウダ タイリョウダ
出迎えたかの暴君はさう叫ぶ
私はその歓喜に応へて撫でる
毛皮の間に詰つたぬくもりを



ねこバナ。


んだな大漁だなし
えがつたなえ

擦れた声で呟いて私は転がり
天地が逆転するのを感じ乍ら
狭い部屋が 虚空のあしたと
つながつてゐるのをたしかに

信じられたのだつた

  *   *   * 

矮小で薄汚れた私のあしたは
掌の中にちんまりと収められ
無数の情けないきのうと共に
私のすがたを 形作るだらう



おしまい








なかなか本編が進まず恐縮です
いつも読んでくだすって、ありがとうございます


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