第二百六十五話 山猫衆 其四 | ねこバナ。

第二百六十五話 山猫衆 其四

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箕輪城内の蔵屋敷。その一等奥にある、米蔵と思しき土蔵の中で、オウギとアカメは、無為に時を過ごしておりました。
陽が暮れかかった頃。
四方をシノビの者共に四六時中囲まれ、オウギは随分と、苛立っておりました。

「くそう、こんな、こんな奴等」

オウギは今にも、シノビ達に飛び掛からんとする勢いでございます。

「静かにおしよ。下手に動いて命を取られたら、元も子も無くなるよ」

アカメが制しますが、オウギの鬱憤は収まらず、積み上がった俵に拳を突き立てます。
その様子を冷ややかに見ていたアカメが、問いました。

「どうだい、実の兄に会った気分は」
「...」
「頼るべき武将が少なくなりつつあるとはいえ、業盛は立派な城主だね。武芸にも優れ、家臣にも慕われている。ああした男が死なねばならぬとすれば、残念なことだよ」
「判ったような口を利くな」

オウギはアカメを、じろりとねめつけました。

「あんたは何時もそうだった。俺を見下して、いい加減な言葉で俺を騙して、その気にさせて、挙げ句の果てがこの態だ。あんたは一体何がしたいんだ」
「おや、自分の力じゃどうしようもなくなったら、あたしに逆恨みかい。お門違いも甚だしいね」
「五月蠅いッ」
「所詮、お前も殿様の落とし胤ってことかね。自分だけの力じゃ何も出来ない。あの世で母親が悲しむよ」
「その母を襲った張本人のくせに、何をほざくか」

鋭い踏み込みで、オウギはアカメに迫ります。手刀が空を切り、俵にぶすりと刺さります。

「甘いね。無駄な動きが多いと、何時も言っているだろう」
「黙れッ」

オウギは叫びます。手刀を俵から抜きますと、米がざらざらと落ちてまいります。
薄暗い蔵の中に、米の落ちる音が響きます。

「あんたさえ、あの山賊共さえいなければ、俺はこんなことには」
「勝手なことをぬかすんじゃないよ。今になって育てて貰った恩を忘れて、殿様気分にでも浸ろうってのかい」
「けあああああっ」

またしてもオウギはアカメに飛び掛かります。オウギの手刀は、素手とは思えぬ切れ味で、アカメの背後に積まれた俵を、どんどん切り裂いていくのです。
ざらざら、ざあざあと、米が床に飛び散ります。
オウギの踏み込む足が、アカメの飛び退る足が、米を踏みつけます。

「おのれえッ」

次第にオウギの攻撃が鋭さを増し、アカメは追い詰められてまいります。
四方で見張るシノビの者共、流石に、兵糧が台無しになっては不味いと、一名は外へと伝令に、他の三名はオウギを取り押さえようと動きます。
しかし遂に、オウギはアカメを追い詰めました。逃げる先へと回り込み、殺気を纏った指が、猫の爪のようにアカメを襲います。

「くっ」

アカメの右の肩から、鮮血が迸ります。

「おい貴様等」

シノビ共がオウギの背後に回った瞬間。

「なにッ」

オウギの姿が消えました。
音も立てずに床にへばり付いたオウギは。
旋風のような蹴りで、シノビ共の足を薙ぎ払います。
そこに、アカメの目潰しが繰り出され。

「ぐわあああああああ」

両の眼を潰されたシノビ共は。
オウギの突きを腹に受け、倒れてしまったのでございます。

「ふう、上手くいったね」

アカメがそう呟きますと、

「アカメ、肩は大丈夫か」

オウギが心配そうに訊いてまいります。

「心配無用さ。本気で来て貰わないと、奴等は欺けないからね」
「でも血が」
「直ぐに止まるよ。さあ、仕事だ」

そうしてアカメとオウギは、蔵の天井裏から、外へと逃れたのでございます。

  *   *   *   *   *

「火事だ、蔵屋敷が火事だぞう」
「早く火を消せ」

城内にあかあかと火の手が上がり、兵達は慌てふためいて消火にあたっておりました。
その混乱ぶりを確かめて、オウギとアカメは、東の曲輪へと向かいます。

「搦手門だよ、急げ」

暗闇の中、オウギとアカメは走ります。
搦手門の前まで参りますと、アカメは番兵に礫を投げつけます。
気を取られた隙に、オウギは兵の只中に飛び込み、刀を奪いつつ斬り倒してゆきます。
櫓からオウギを狙った射手も、アカメの放つ小柄に喉を撃ち抜かれ。
瞬く間に、十数名の番兵は、残らず倒されてしまいました。

「さあ合図だ」

アカメは番兵の持っていた矢を奪い、鏃に布を巻きますと、かがり火を移して、空高く放ちます。
茜色の筋を描いて飛ぶ矢を、真田の陣に加わっていた遠目のガマが、高い木の梢から、いち早く見つけました。

「合図だぞう」

その声と同時に、大きく太鼓が打ち鳴らされます。
城の東に陣取った武田の軍が、ぞわぞわと動き始めます。

「よし、どうやら伝わったようだね」

アカメが額の汗を拭います。すると、

「そこまでだ」

鋭い声が飛んでまいります。
アカメとオウギが振り返ると、そこには、上泉信綱が。
そして、城の護りの箕輪衆が。
ぞろぞろと、押し寄せて来るのでございます。

「矢張搦手門を選んだか。昼間のうちから武田の兵がうろうろしているのは見えておったわ」
「むっ」
「お主等が動く先を見張っておったのよ。これで攻め来る奴等は一網打尽じゃ。観念せい」

見ると、搦手門から城内へと続く道の周り、曲輪の縁には、次々と兵が集まってまいります。
備えは万全。容易に破れぬ陣容でございます。
アカメは、ふふ、と冷ややかに笑います。

「流石だね。寡兵で大軍を破るには、効率よく攻め勢を打ち倒さねばならない。兵の配置、動かし方も見事なものさ」
「その方等も中々の手練れ。殺すのは惜しいのう」
「そうかい。じゃあ、あたしらを使ってくれるかね、信綱殿」
「戯けが」

信綱が手を挙げますと。
兵が一斉に矢をつがえます。

「貴様等の首、仲良く業正様の墓前に備えてやるわ。さぞお喜びだろうて」

無数の矢が、アカメとオウギを狙います。
オウギは低く構えてじっと動かず。
アカメは腕組みをして仁王立ち。
信綱が、にたりと口の端を持ち上げた、その時。

「てっ、敵襲だあああああ」

城の北から、攻め勢の雄叫びが、番兵の悲痛な叫びが聞こえてまいります。

「な、何事だ」

冷静沈着な信綱も、予期せぬ城内の混乱に、狼狽えるばかりでございます。

「残念だったね、あたしらは、囮さ」
「なにっ」
「こちらに護りの兵を集めておくために、あたしらは動いたのさ。手薄になった北の馬出口から、真田の精鋭が突入を始めたようだね」
「くっ、ぬ、ぬかったわ」
「武芸では右に出る者がいなくても、知略では真田に及ばぬとみえる」

アカメは腕組みをしたまま、冷ややかに信綱を見つめております。

「皆の者、本丸の守備へと急げ!」

信綱は苦々しく叫びます。

「おっと、いいのかい、搦手門が手薄になるよ」

アカメが挑発いたしますと、

「ふん、この門ならば、儂ひとりで十分よ」

信綱が槍を構えます。
流石に上野国一本槍と謳われた武芸者。隙無くアカメとオウギを威圧いたします。

「オウギ、あんたは行きな」
「えっ、行くって」
「兄弟どうし、まだゆっくり話もしていないじゃないか」
「話?」
「業盛が真田に殺されちまったら、恨み節も吐けなくなるよ。さっさと言って、悪態をつくなり殴るなり、してきたらどうだい」
「そんな、アカメ!」

ずい、とアカメは前に踏み出します。

「ここはあたしが押さえる。勝てはしないだろうが、要は負けなきゃいいのさ」
「アカメ」
「さっさと行くんだよッ」

短く叫ぶと、アカメは信綱目掛けて突進いたします。
鋭い槍の突きを躱し、アカメは刀で信綱の脇に斬りつけます。
しかしその刀は槍の柄で払われ、アカメは横に飛び退って再び低く構えます。

「ええい」

オウギはその横を、一陣の風のように駆け抜けました。

「行かせるか!」

叫んで行く手を阻もうとする信綱の槍を、アカメが払います。

「おっと、相手はこっちだよ」
「女。貴様何故あの若者に加勢するのだ」

信綱が唸るように問います。

「あんたの姪御にゃ、悪いことをしちまったと思ってるのさ。今までさんざん奪い殺して来たが、あん時だけは、何故か悔やまれて仕方なくてねえ」
「むむ」
「罪滅ぼしにゃ、ならないだろうがね。殺すだけでなく、せめて一生に一度くらいは、ひとを生かしてみたいと思うのさ」
「何をほざくか、シノビの分際で」
「あんた言ったね。いつか太平の世が来るってさ」
「ぬうう」
「あたしらシノビにだって、太平の世ってもんを、拝ませておくれよ」
「ふん、ならば力ずくで奪ってみよ。そちの太平とやらをな」
「望むところさ」

そうしてアカメと信綱、観る者を圧倒する、激しい戦いを繰り広げたのでございます。
斬撃の応酬が響く搦手門をあとにして。
オウギは物陰に隠れ、兵達を斬り裂きながら。
暗闇を駆け抜ける、一匹のネコのように。
本丸を、目指したのでございます。

  *   *   *   *   *

火の手は二の丸まで回っておりました。
空堀の陰から這い出たオウギは、燃える火の陰に隠れながら、音も無く本丸の屋敷へと、潜り込みます。
屋敷の前には、箕輪衆の重臣と思しき将が数名。その者共に何かを命ずる若い男。
その男に向かって、オウギは一目散に走り出しました。

「なっ、何者」

叫びを上げる間も無く、鋭い当て身と突きを食らい、重臣達はばたばたと倒れてゆきました。
そうして、あとに残ったのは。

「貴様、生きておったか」

業盛とオウギ。業盛の後ろには女が二人。
女共の腕の中には、年端のいかぬ子供、そして赤子が、抱かれておりました。
オウギは息を整えながら、業盛、そして女共と子等ををじいと見つめます。

「実の兄に手向かうとは、罰当たりな奴め」

業盛は太刀を抜きますが、オウギは低く構えたまま、抜こうといたしません。
そうして、静かにこう言うのです。

「この世には神も仏もない。親も子も」
「なんだと」
「あるのは人、ただそれだけだ。俺はそうして生きて来た」
「ふふん、さぞ惨めに生きて来たのであろうのう。その恨みを儂に向けるのか」
「恨みはない」
「ならば母の仇討ちか」
「そんなものでもない」
「ならば貴様、何故殺す。何故儂に刃向かうか」
「仲間を守るため、日々を生きるためだ。お前にはそれが判るか」

業盛、オウギに問われて眉を顰めます。

「何を言うておる。貴様のような下賤の輩に身を落とした者など、最早弟でも何でもないわッ」

そうして抜いた太刀を構え、オウギに襲いかかります。
ぎらりと光り、迫り来る刃。
オウギはそれを静かに躱し、

「くらえッ」

鋭い突きを放ちます。
オウギの拳は業盛の胴当てを砕き。
衝撃は臓腑を突き抜けて。
業盛の身体を、吹き飛ばしたのでございます。

「ぐはあっ」

仰向けに転がった業盛を、オウギは冷ややかに見つめます。

「命が惜しければ、真田にそう言ってみろ。真田は使えると思えばすぐには殺さん」

そう言うオウギに、業盛はゆっくりと立ち上がり、激痛に顔を歪めながら答えます。

「ふん、誰が命乞いなどするものか。武田は儂等を許しては置かぬ。儂も、女共も、この子等も、最早助からぬ」

ひいい、と声を上げ、女共が子等を抱き締めます。

「せめて儂が、この儂が」
「おいッ」
「冥土へ送ってやるわああああ」

落ちた太刀を拾い上げ、業盛は女共に向かって、子等に向かって、振りかぶります。
女共は激しく叫び。
子等は。

母達の胸の中で、微睡んでおりました。

「やめろおおおおおおおお」

オウギは業盛の脇腹に、渾身の突きを食らわせました。
骨の砕ける音がして。
業盛は、どさりと倒れ込んだのでございます。

「ひいいいいい」

女共は、子等を庇って泣き叫びました。
オウギは。
只呆然と、其処に立ち尽くしておりました。が、

「おい」

女共に、問いかけたのでございます。

「その子等を、殺すのか」
「いや、いやです、どうぞ命だけは、この子等の」

女共、只首を横に振り、泣き叫ぶばかりでございます。
するとオウギは、

「すまん」

女から赤子を取り上げます。

「いやああああ」

そして女の鳩尾に、突きをひとつ入れますと。
女は気を失って倒れます。

「なっ、なにをする」

縋る女にも当て身を食らわせ、気絶させますと。
オウギは、もうひとりの子も胸に抱き。
帯で身体に結わえ付け。

「行くぞ」

火の粉が舞い散る中。
屋敷を後に、疾風の如く、闇の中へと走り去ったのでございます。

  *   *   *   *   *

永禄九年九月。
北の馬出口から進入した真田の軍勢によって、堅城の名高い箕輪城の護りは崩れ、落城。
城主長野業盛は、一族郎党と共に、本丸の奥、御前曲輪の持仏堂にて、自害した由にございます。

その箕輪城から南に約一里。
和田山極楽院という、庵がございました。
あかあかと燃え落つる箕輪城の火が、朝日に隠されてゆく頃。

「おや、これは」

庵の僧が、戸口の脇に、見慣れぬ布袋を見つけたのでございます。
その中には。

「なんと、子供ではないか」

仰天する僧が、漸く乳離れしたかと見える子を抱き上げますと。
その着物には、長野氏の紋であるヒオウギが。
白く染め抜かれていたのでございます。

この子、即ち業盛の嫡男亀寿丸は、長じて鎮良と号し、この庵の主となりました事。
世にひろく知られたところでございます。

  *   *   *   *   *

そして。

「こ度の働き、大儀であった」

戦の後、真田幸綱は、生きて戻ったオウギとアカメに、そう労いの言葉をかけました。
アカメは、上泉信綱と闘っている最中に、搦手門の外から押し寄せた武田の軍勢に紛れ、まんまと逃げおおせることに、成功したのでございました。

「そち等のお陰で、我が軍の被害は最小限に食い止められた。これで我等の関東支配に弾みが付くというものよ」

幸綱は満足そうに笑いましたが、

「ところで、業親よ」

鋭い眼差しをオウギに向け、問うたのでございます。

「我等が本丸を押さえた折、業盛の子と思しき者共の姿が見えなんだ。そち等に心当たりはないか」
「...」
「あの激しい闘いの最中、逃げ出すのは容易くあるまいて。それに屍体も見当たらぬ。どうじゃ」

オウギは幸綱の眼を睨みつつ。

「業盛の子など、知らん」

短く、言い放ったのでございます。
幸綱、眉を顰めて、何やら考えておりましたが、やがて、ふうと息を吐き、

「褒美をとらそう。何がよい」

と問います。
オウギは、迷う事無く、こう答えたのでございます。

「何もいらない、ただ」
「只何だ」
「旅に出たい。俺達を、自由にしてくれ」
「なんと」

一同、目を円くしてオウギを見ます。

「出奔したいと申すか」
「勘違いするな。武田にも上杉にも北条にも、何処にも肩入れしない。俺達は」

「なあおう」

肩の上で、オキビが高く啼きました。

「俺達は、山猫衆だからな」

幸綱はからからと笑い、武田の領地の通行許可証を与えて。
オウギらの出立を、許したのでございます。

  *   *   *   *   *

「やれやれ、また旅の一座の真似事か」

遠目のガマが嘆きながら歩きます。

「五月蠅いね。ぶつくさ言ってないでとっとと歩きな」

アカメにこづかれて、ガマはぐへぇと声を上げました。

真田の陣から三里ほど歩いた小さな村で、オウギは、一軒の家を訪ねます。
そうして、布にくるまれた何かを、もそもそと持って参ります。

「なんだぁ、おい、こいつぁ」

ガマは眼を円くして、布の中身を覗き込みます。

「預かって貰っていたんだ。旅に連れて行こうと思ってさ」

と言うオウギの腕の中には。
赤子が。
その産着には、ヒオウギの紋が、白く染め抜かれてありました。

「まったく、物好きなこったね」
「うん」

アカメに言われて、オウギは短く答えます。
親の運命に翻弄され、生か死かの瀬戸際にあった子に。
オウギは、かつての自らの姿を、重ねたのやもしれません。

「さあ、何処へ行こうかね」

アカメの問いに、オウギは、流れゆく雲を仰ぎ見て。

「山を越えて、西へ」

そう呟いたのでございます。

オウギとアカメ、遠目のガマ、二人の子供に、乳飲み子とその母がひとり。
オウギに背負われた赤子。
そして。

「なあおう」

赤子に寄り添うネコのオキビ。
何とも奇妙な一団、山猫衆は、こうして旅を続ける事に、相成りましてございます。

さても奇なるは人の縁。
巡り会わすは猫の縁。
山猫衆の、運命や如何。

それは、次回の講釈に。



おしまい





$ねこバナ。

☆今日は2月22日 にゃんにゃんにゃん!の日☆
いつも読んでくだすって、ありがとうございます



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