第二百六十四話 山猫衆 其三 | ねこバナ。

第二百六十四話 山猫衆 其三

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※ 第二百六十二話 山猫衆 其一
  第二百六十三話 山猫衆 其二 もどうぞ。


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オウギは生き残った者達と、ネコのオキビを連れ、稲含、牛伏の山道を抜け、鎌倉街道まで出てまいります。
そこから旅芸人の一座を装って、アカメを先導に、オウギを殿にして、烏川、利根川のほとりを歩きます。
榛名の山をぐるりと周り、岩櫃山へと辿り着いたのは、ひと月ばかり過ぎた頃でございました。
岩櫃城。断崖絶壁に護られた、難攻不落の山城でございます。

山の麓の番兵に、アカメが何やら囁き、懐に銭を滑り込ませます。
そうして、オウギの持っていた母譲りの短刀を手渡し、宜しくお頼み申します、と跪くと。
番兵はいそいそと、城への道を登ってゆきました。
程なくして戻って来た番兵は、一行に、付き従うよう厳かに命じ、オウギ達は、城の中へと進んだのでございます。

  *   *   *   *   *

「懐かしき物を見たぞ。アカメとやら。して、それなる男がこの刀の持ち主だと申すか」

件の短刀を膝に置き、大儀そうに言葉を吐いたのは、真田幸綱、のちの幸隆と名乗った、武田方の知将でございます。

「はい」
「ふむ、確かにこれは、儂が長野殿の客人であった頃、箕輪城の上泉信綱殿に差し上げた刀だ」

館の前で、多くの兵士に囲まれたオウギ一行は、異様な空気にちぢこまっておりました。
オウギはオキビを肩に乗せ、只目を地に落としたまま動けずにおりましたが。
アカメは何事もないというふうに、冷ややかな面持ちで、幸綱に相対していたのでございます。

「北条の軍勢に攻められて、住処を失い、上野まで逃げて参ったとな」
「はい」
「ふむ。だが、これだけでは信用出来ぬな。その方等が只の山賊で、箕輪城から落ち延びたその女子から、これを掠め取ったとしても不思議はないぞ。真偽の程が明らかでないならば、その方等、即刻斬り捨てねばならぬ」

ぎろりと幸綱はアカメを睨みます。

「それについては、今ひとつ証がございます」
「ほう」
「ほらオウギ、書付を出しな」

アカメに言われて、オウギはおずおずと、懐の書付を取り出しました。
それを兵のひとりが取り、幸綱に差し出します。
幸綱、それを見て、ううむとひとつ唸ります。

「では、ここにある左脇の黒子とは」
「は。オウギ、見せておやりよ」

オウギは、言われるままに左の脇を開きます。
そこには、大きな黒子が、書付のとおりの位置に。

「なるほどのう」

幸綱は目を細め、オウギを見遣ってにたりと笑います。

「よかろう、その方等を信ずるとしよう。それなる男が、亡き長野業正殿の嫡男、業親であるということもな」

その言葉に、一同安堵いたします。
幸綱、更に言うことには、

「ときに、アカメとやら。そちはシノビか」
「はい」
「生まれは」
「定かではございませぬ。望月様の縁を頼って、甲賀の郷から参りました。諏訪湖のほとりで修業を積みましてございます」
「ほほう、今は何処ぞの配下におる」
「何処にも。私は求めに応じて口伝えをする、止まり木でございました故」
「成程、それは重畳」

アカメの話を聞き、満足そうに、幸綱は頷きました。
そうしてオウギを見て言うことには、

「オウギと申したな。いや、これからは業親と呼ぶことにしよう。業親よ。そちは腕は立つのか」

突然問われて、オウギは何と言うてよいやら判りません。
するとアカメが、横から口を挟みます。

「シノビの術は、私が教え込みましてございます。未熟ではございますが、お役には立てるかと」
「ふぬう。よろしい、では今一度聞くぞ、業親よ」

幸綱は鋭い眼光で、オウギを射貫き、再び問います。

「赤子の頃に生き別れたとはいえ、そちは箕輪城主長野業盛の弟ということになる。今更我が軍勢に与して良いのか。血を分けた兄と、殺し合いが出来るのか」

オウギは、心の底まで見抜かれるような眼に、たじろぎながら答えを探しました。

「どうじゃ」

アカメは、少々焦れながらオウギを見遣ります。
やがてオウギは、ぼそりと呟くように言いました。

「俺は、会ったことのない兄になど、何の義理も感じちゃいない」
「ほう」
「俺が今ここにあるのは、仲間を救うため。他に理由などない」
「ふっ」

幸綱、オウギの答えに、頬を震わせて笑います。

「ふはははは、よいよい、それでこそ乱世に生きる男というものよ」

そうして、ずいと身を乗り出し、オウギに向かって語ります。

「戦国の世を生き抜くには、仲間を護るにはのう、血筋や義理に流されず、趨勢を読み解く事が肝要じゃ。時には縁ある者共とも刃を交えねばならぬ。調略と称して裏切らねばならぬ。判るか」

オウギは答えることなく、只幸綱の眼を見ております。
謀略と裏切りに明け暮れる幸綱の眼は。
獲物を睨むネコのように。
光っておりました。

「その方等には小屋をひとつ与えよう。ただし女子供とて容赦なくこき使うからその積もりでおれ。それともうひとつ」

幸綱、すいと目を細めて問うには、

「その方等、一同の名はなんという。山里に住まう武芸者ならば、自らの名を持っておろうが」
「えっ」

オウギは口籠もりました。
名も無き山賊稼業に、名などあるはずがありません。
アカメが口を挟もうといたしますが、幸綱がそれを眼で制しました。

「どうした。それともその方等、矢張只の山賊か」

オウギは地に目を泳がせました。
答えねば。
しかし。

「なあおう」

突然、肩の上のオキビが、声を発しました。
一同驚き、幸綱もまた、目を皿のようにして、オキビを見ました。
咄嗟に、オウギの口から出た言葉は。

「や、山猫衆」
「なに」
「俺達は、山猫衆だ」

アカメは呆れた顔でオウギを見ましたが。

「なんとも奇態な。はは、山猫衆とな。はははははは」

館に幸綱の笑い声が響き。

「なあおう」

オキビはまた、高く啼いたのでございます。

  *   *   *   *   *

岩櫃城に入ってふた月ほど過ぎた頃。
アカメとオウギは、幸綱に呼ばれて、軍議の末席にありました。
いよいよ、箕輪城攻めが、始まろうとしていたのでございます。

「長野は寡兵とはいえ、箕輪城は守り堅き城じゃ。徒に多くの軍勢を繰り出すだけでは、大被害が出るは必定。易く勝つには、城の内部に内応者を作らねばなるまい」

敵将の家臣を調略し、内応者の助けによって城を攻めるは、幸綱の得意とするところでございました。

「そこで、業親、そちの出番じゃ」

幸綱の言葉に、おう、と座す者共から声が上がります。
このふた月というもの、オウギとアカメは、城の手練れた者共と幾度となく手合わせをし、一度も負けたことがなく、その武芸には、皆一目置くようになっていたのでございます。

「業親、そちはアカメと共に、同族の誼を得て箕輪城に入れ。我等が軍勢を整えた後、合図と共に内部に混乱を起こす。それに乗じて我等が一気に城を攻め破る。堅き城も、内から攻めれば脆いものよ。被害は少なく、次なる戦に向けて力を温存出来るというもの」

幸綱の説明に、一同聴き入っております。すると、

「しかし、幸綱様、拙者はまだ信用出来ませぬな」

猛将甘利昌忠が、もっともな苦言を呈します。

「もし業親とアカメが裏切り、長野と箕輪衆の味方となったら、いかがいたします」
「それなら、こ奴らの運も尽きたという事だな」

幸綱は素っ気なく答えます。

「内応者があれば、我等は容易く城を攻められるが、そうでなければじっくり攻めるまでのこと。我等の優位が、たかだか二人の加勢で崩れるものではない。それが判らぬこ奴らとも思えぬのだがな」
「むむう」

一同、幸綱の考えに頷きます。

「どうじゃ、業親」

幸綱に問われて、オウギは憮然として答えます。

「やるしかないだろう」

初めから、オウギに選ぶことなど、出来ないのでございます。
幸綱は、そうであったな、と笑いました。
直ちに、仔細の打ち合わせが始まりました。

  *   *   *   *   *

「おいオウギよ」

その夜、遠目のガマがオウギに問います。

「お前、本当にこれでよかったのか」

オウギは、刀の手入れをしながら、黙って聞いておりました。

「こんなところで、偉そうな奴等の手先になってよう、よく判らねぇ争いに巻き込まれてよう」

アカメは、オウギのすぐ横で、壁に背を預け、眼を瞑って立っておりました。

「はあ、おかしなもんだぜ。山賊暮らしをしている頃にゃ、仲間以外の人間は只の獲物にしか見えなかったが」

ぼりぼりと胸の傷を引っ掻き、遠目のガマは呟きます。

「今じゃ、こっちが獲物になっちまった気分だ。それも食うため生きるために狩られるんじゃねえ。よく判らねぇ理由で、追い回されているような気がする」

ぱちぱちと囲炉裏の火が弾け、アカメの眼に光が揺らめきます。

「それが戦というものさ。得体の知れない力に動かされて、訳も判らず熱にうかされて、殺し殺されるのさ」

静かにそう言うアカメの声に、オウギは不思議な響きを感じて、顔を上げました。

「おっかねえ。俺ぁそんなもんに関わるのはまっぴらだ」
「馬鹿言ってんじゃないよ」

嘆くガマに、アカメがぴしゃりと言い放ちます。

「死んじまったら何にもならないじゃないか。あたしらはオウギについて行くと決めたんだ。生き延びるためにね」
「そうだけどよう」
「だったら生きるために何をするか考えてごらんよ。今あたしらは、オウギを助けて、目先の仕事をすることしか出来ないじゃないのさ」
「ふうぬ」

鼻を鳴らして、ガマはごろりと横になります。
その向こうでは、疲れてぐっすり寝てしまった子供等の姿がありました。
オキビはその子供等に寄り添って、くるりと丸まって寝ております。

「あの子達だって、あたしらが裏切れば、犬死にさ」

アカメの言葉に、今更ながらオウギは、自らの重苦しい運命を呪いました。
幼い頃、オキビと寄り添い眠った日々が、蘇って来たのでございます。
厳しくも懐かしい安寧の日々が。
それが今では、どうだ。
自分の動きひとつが、親しい者達の明日を動かしてしまうとは。

「アカメ」

オウギは、傍らに立つアカメに呼びかけました。

「なんだい」
「アカメは、どうして俺についてくるんだい」
「どうしてって」
「アカメは、ひとりでも生きてゆけるじゃあないか」
「...」
「俺のことなんか、放っておいても」
「そうはいかないさ」

眼を閉じて、アカメは静かに言いました。

「お前の母親に、あたしは言ったのさ。この子は生きる理由がありそうだ、ってね。その時から、あたしはお前を生かすことに決めたのさ」
「どうして」
「さあてね、女の勘ってやつかね。それとも、哀れな女に、子を持てぬ自分の身の上を重ねてみたのかねえ」
「...」
「それにね、あの山賊の住処を失って、あたしは初めて、自由になったのさ」
「自由に」
「殺して奪って、顔の見えない相手に口伝で、反吐の出るような悪巧みを伝える生き方から、あたしは解き放たれたのさ。今あたしは、生まれて初めて、自分のためだけに生きているんだ」

オウギはアカメの言葉が、よくは判りませんでした。
そんな呆けたオウギの顔を見て、アカメは微かに笑いました。

「あたしは誰に命ぜられたのでもない、あたしの考えひとつで、お前と生きることにしたんだよ」
「...そうなのか」
「だからお前が気に病むこたぁない。お前がそうと決めたなら、腹違いの兄に、一緒に会いに行ってやるさ」
「アカメ」
「どうせなら、裏切ってやる前に、たっぷり銭でもせびってやるんだね」

そう言って、ふふふ、と笑うアカメの真意を。
オウギは、まだ計ることができませんでした。

ゆらゆらと夜は更けて。
小屋の中の煤けた空気のなかで、オウギはぼんやりと、何事かを考えていたのでございます。

  *   *   *   *   *

「おう、儂の腹違いの弟を名乗るのは、貴様か」

三日後の午のことでございます。
オウギとアカメは、箕輪城近くの山道で、箕輪衆の警邏に取り囲まれ、城に引き立てられてゆきました。
そうして、縄で縛られたまま、城主長野業盛との対面を、果たしたのでございます。
業盛はこの年十九。若々しい精気に溢れた青年でございました。

「信綱よ、どうなのだ。その書付は本物か」

と業盛が問うのは、上野国一本槍と讃えられる武芸の達人、上泉信綱その人でありました。

「は。間違いございませぬ。拙者に縁深き一色家から、この城に参っておりました女が産んだ赤子が、これなる業親殿でございましょう」
「ふむ、それで、それなる女は何者か」
「聞く処によれば、業親殿の後見人として、共に諸国を巡っておりました由」
「そうか。よし、縄を解け」

業盛の命令で、オウギとアカメの縄は解かれます。

「お聞き届けくださり、感謝いたします」

アカメがそう礼を言いますと、

「勘違いするな。このような時期に城へと乗り込んでくる者を、そう易々と信ずるわけにはゆかぬ。この者共の身は信綱、そちに任せる。まずは蔵屋敷の奥にでも放り込んで置くのがよかろう」
「承知」

信綱が立ち上がり、兵に合図をいたしますと、オウギとアカメは囲まれて、城の奥へと連れてゆかれます。
そうして、大きな蔵のひとつに入れられ、重い扉が閉じられます。
蔵の中には、信綱、そしてオウギとアカメの三人のみ。

「して、その方等を遣わしたのは誰か」

と、信綱が出し抜けに問うてまいります。

「誰も」

アカメはそう応えますが、信綱はじいとアカメ、そしてオウギを見遣って再び問います。

「その程度の策略を見抜けぬ儂ではないわ。大方、真田殿か春日弾正殿あたりの計であろう」

あっさりと見破られて、オウギは只眼を円くするばかり。
観念したように、アカメが話し始めます。

「上泉様、既に不利を覆す事は出来ませぬ。武田晴信は、貴殿を厚く遇すると約しております。それに今なら、箕輪衆の多くにお許しが出ましょう。御身のため、長野家のため、ここは真田の計に乗ってくださいませ」
「それは出来ぬ」
「何故です」
「武田は世を統べる器にあらず。謀略を以て闘うは良し。されど謀略を以て治める事は易くはない。武田が如何に勢力を拡大しようとも、いずれは衰える。それが判っていて与するのは愚かというものよ」

そう言い放って、信綱はオウギをじいと見つめます。

「ふむ、我が姪ハルの息子が、そなたか。良い若者に育ったものだ。父業正様の雄々しさと、母ハルの凛々しさを受継いでおる。ハルは...矢張死んだのか」

アカメが神妙に答えます。

「はい、旅の途中で、谷に落ちまして」
「そうか。不憫な」

堪らずにオウギは尋ねました。

「母は、俺を産んだ母は、何故この城を、出なければならなかったのか」

信綱は、重苦しい言葉を吐き出しました。

「先代業正様の嫡男は、いずれも奥方様の子ではない。跡目争いをこれ以上複雑にしてはならぬとの仰せでな。ハルは赤子ともども、不作法にかこつけて斬り殺される処だったのだが、拙者が秘かに城から送り出した。真田幸綱殿を頼って落ち延びるように、とな」
「そ、そんな」
「これが戦だ。槍や刀を持ち戦場に立つ者だけが、戦に関わるわけではない。女も子供も、皆、戦の只中にあるのだ。この世とはそうしたものよ」

オウギの胸はかき乱されました。
信綱は続けます。

「いずれ乱世が終わり、太平の世が来る。我等は目先の戦のためだけでなく、太平の世のために何を遺すかを、考えねばならぬ。儂が武田に与することは、徒に乱を呼ぶだけのこと。悪いが話には乗れぬな」

「判らない、判らないッ」

オウギは声を張り上げます。

「なんだ、真田も長野も、そしてあんたも、自分の都合で動いてるだけじゃないかッ。何が太平の世だ。そんなものがあるなら見せてみろッ。俺達の惨めな暮らしは、貴様等の都合で動かされてたなんて、そんな、そんなこと」

そうして、懐から隠し刀を取り出します。
ぎらりと刃が光ります。

「おまちよオウギ」

鋭くアカメが叫びます。

「お前ではこの御仁には敵わない。あたしと一緒でも、恐らくは勝てないよ」
「なんだって」
「ほほう、いい見立てだのう女。アカメと申したか」

信綱は眼光鋭く、オウギとアカメを交互に睨みます。

「矢張お前はシノビか。ならば仕方あるまい」

ぱん、ぱん、と信綱が手を叩きます。
すると。
蔵の天井から、するすると四人の男女が下りてまいりました。
農民と変わらぬ襤褸を纏った者達は、蔵の四隅に立ち、じいとオウギ、そしてアカメを見ております。

「こ奴等もシノビよ。その方等には、戦が終わるまで、此処で大人しくしていて貰おう」
「ちっ」

アカメが舌打ちいたします。

「こ度の籠城戦に勝利すれば、武田は暫くは、上野への足がかりを掴めぬ。上杉勢も加勢にやって来る。そうなれば上杉、北条、武田の三竦みはまだ続く。三者を疲弊させ、勢力の及ばぬ空白地帯を作る事が出来れば」
「出来れば、何なのです」

信綱は、アカメの問いには答えません。

「暫くは殺さぬ。逆らわなければ、の話だがな」

そうして信綱は、重い蔵の扉から、外へと出ていったのでございます。



つづく





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