第百九十五話 砂漠の猫 | ねこバナ。

第百九十五話 砂漠の猫

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夜が明けやうとしてゐた。

ヲアシスの木陰の天幕から顔を出すと、乾いた冷気が頬を撫でた。
紫の空には無数の星が未だ輝きを放ち、私を威嚇するやうに瞬いた。

ニヤアといふ声に私は驚き、天幕の向ふに見ゆる砂丘のテツペンを見た。

小さなシルヱツトが、昇りかけの朝陽に切り取られてゐる。
時折シツポが緩やかに動く。

私は砂を踏みしめ、そのシルヱツトに近付いた。

ニヤアと云つて私を見たのは、小さな猫だつた。
四角い顔をしてみぢかい手足をきちんと揃へて、チンマリと座つてゐる。
私はゆつくりと、その隣に腰を下ろした。

私は猫の背をじつと見つめた。
ひくりと背の皮が動いて、シツポがはためいた。
さも迷惑さうに。

隣に座るのが迷惑なのだらうかと思つたが、視線を外すと、彼は一向構はぬと云ふ体で東の空を眺めてゐる。
私も彼に倣つて、朝陽の昇る方を見ていやうと思つた。

さらさらさらさああああ

微かな風が、砂粒を転がしてゆく。
東の地平線がオレンヂに色づき、果てしなく続く砂丘の連なりが、輪郭をあらはした。
寒気がする程美しく怖ろしい。
此れはキツト、世の終りの姿に違ひ無い。

猫は。
猫は静かに朝陽を待つてゐる。
時折小刻みに身体を震はせて。

この死の世界で彼は何うやつて生きているのだらう。
ひとりで生きるには怖ろしく寂しい場所なのだらう。
ネズミやトカゲを喰らふ丈けでは、身も心も渇ききつて仕舞ふだらうに。
凍てつく夜の寒さは、その小さな身体をちぢこまらせて仕舞ふだらうに。

だから。
彼は朝陽を待つてゐるのか。

其の黄金色の目で与ふる者を見つめる為に。
其の小さな身体に、光と熱を取り込む為に。

ぎらり。

強烈な光が私の網膜を灼いた。
朝陽はずんずんと昇り、辺りを横殴りの光線で我物顔に照らしてゆく。
目を手で覆ひながら猫をちらと見ると。
猫は目をシツカリと閉ぢて、

ニヤア

みぢかく、さう鳴いたのだ。


光は空と砂丘とヲアシスを急速に満たしてゆく。
星々は残念さうにひとつ、又ひとつと消えゆく。
輪郭から色面へと変貌しつつ在る世界を前にして。
私は猫を観ながら。

此処ならキツト便所には困るまいと。
埒も無い事を考へて、笑つた。

さらさらさらさあああああああ

其んな考へを知つてか知らずか。
猫は。

砂粒を迷惑さうに振払ひ乍ら、

ニヤア

と、やはり迷惑さうに、鳴いたのだ。


遙か彼方で放たれた大砲が。
空気の振動を、微かに、運んで来た。



ねこバナ。


おしまい




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