第百六十五話 <随筆>根気 | ねこバナ。

第百六十五話 <随筆>根気

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我が家の二代目猫マルコは、いたずら盛りである。現在二歳三ヶ月。人間の年齢に換算すると二十代前半といったところか。
とにかく体力が有り余っているから、何にでも興味を示し、行けると思い込めば何処へでも行く。彼は家の中のあらゆる場所を知り尽くしていると言わんばかりに、走り回り、飛びつき、そしてたまに転ぶ。
多くの猫がそうであるように、マルコは狭いところが大好きだ。ゴミ箱の中やソファの下はまだいいが、電子レンジの裏や配線の入り組んだキャビネットの隙間に入るのだけは勘弁して欲しい。一度彼はそうした場所に入り込んで出られなくなったことがあるし、電気コードを齧って感電でもされたら命に関わるからだ。
危険な場所に入らないよう、色々な躾を試した。霧吹きを吹きかける、嫌な臭いの物を置く、パンパンと手を叩いて知らせる、などなど。しかしそれでも直らない場合が多い。
「根気が大事です」と、猫の育児本には書いてある。我々下僕は相当根気強く頑張っているが、どうやらマルコの興味は、我々の根気をかなり上回っているようだ。

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イエネコは基本的に単独で生活する動物である。群れを作ってテリトリーを共有するという意識は希薄だそうだ。多頭飼いの場合も、重なり合ったテリトリーの中で暮らすのに慣れた状態、あるいは親離れをせず幼児性を保ったまま育ったという状態らしい。上下関係もあって無きが如しである。
だから狩りは、それぞれの個体にとって切実である。野生であれば、目の前の獲物を確実に捕らえなければ生き残れない。誰かの分け前に与るなどという事態は想定されない(奪い取ることは有り得るだろうが)。彼等の主食はネズミや小鳥、トカゲなどの小動物だから、狭い隙間に逃げ込む獲物を捕まえるためには、自らもその隙間にトライせざるを得ない。
闇雲に狭いところに突っ込み、動くものを盛んに追い求める。どんな微かな動きも見逃さない。この猫独特の行動はやはり、長きにわたって遺伝子に組み込まれて来た、生存のための本能によるものである。失敗しても失敗しても、何度も繰り返し狩りに挑戦する。狩りとはまさに根気が命。
そう、彼等の行動は、天性の粘り強さによるものなのだ。
我々下僕如きが対抗しようとしても、数千万年の積み重ねには、敵わないかもしれない。

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先代猫ゴン先生は狩りが得意だった。よく獲物を見せびらかしに来たものだ。あの太い足でがっしりと捕まれたら、たいていのネズミは逃げられなかっただろう。
彼は若い時分のほとんどを屋外へと自由に出られる状況で過ごした。家から一歩出ると、彼にとって刺激豊かな冒険世界が広がっていたに違いない。勿論そこは、魅力的であると同時に危険な場所だ。他所の野良猫や飼い猫に喧嘩を売られて傷をこさえて来たのは一度や二度ではない。そんな危ない処へ行かなければいいのにと思うが、彼は翌日には何事も無かったように出掛けていくのである。
仕事に出掛けるのが嫌で嫌で仕方のなかった私は、彼のその姿を見て、幾らか勇気づけられたものである。

彼の狩りへの欲求と外界への興味が薄らいで来たのは、齢六歳を超える頃ではなかったかと記憶している。隙間に潜り込むこともなくなり、猫じゃらしにも反応しなくなった。
それはやはり、生きることへの執着が薄らいだとも言えるだろう。言わば煩悩を捨てたその姿は、煩悩だらけの私には、とても魅力的に思えたのである。
すっかり達観した彼を「先生」と呼ぶようになったのは、この頃からである。それから約十一年、彼はゆったりと年を取り、さまざまなことを、私に教えてくれた。

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さて、ゴン先生に比してマルコは、全く狩りが得意そうには見えない。ひょろひょろの手足にたぷたぷのおなか。そして極度のビビリ症。何処にも狩りに向く要素が見当たらない。
いや実は、彼は一度も狩りというものをしたことがないのだ。外に引き綱を付けて出て行っても、ごうと吹く風に飛び上がってさっさと家に戻ってしまう。これではネズミ獲りなど夢の又夢だ。
彼の得意な「取ってこい」遊びは擬似ハンティングともいえるが、かさこそ音を立てる紙の玉におののいているようでは、ネズミやトカゲなどに到底敵わないだろうと思わざるを得ない。
それでも彼は、果敢に挑戦する。細い隙間に、暗闇の向こうに。何もないことは判っているだろうに。
その度に我々下僕は叫び声をあげ、必死になって彼をその暗闇から引き剥がそうとする。本能に衝き動かされる彼にとっては迷惑千万に違いない。しかしこれも人間と共に暮らすという運命。それをぜひ理解して欲しいと切に願う。が、恐らく無理だろう。

今日もマルコは、勇猛果敢に挑む。食器棚の中、引き出しの裏、酒の箱。彼の追究は止まるところを知らない。しかし追究したところで、彼の人生?に変化があるとは思えない。
そんなへなちょこな彼の状況、彼の生き様が、私は堪らなく好きなのだ。とはいえ感電されては困るので、せいぜいガードを固めるとともに、我々も猫に倣って、根気強く、下僕稼業に勤めるとしよう。


おしまい




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