第百五十話 <児童文学風>風花
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その日、マナは学校が終わると、いちもくさんに家へと走りました。
じゅくも、おけいこごともない日なので、家で本をいっぱい読もうと思っていたのです。
つめたい北風がふいてくる中、ずり落ちてくるめがねを持ち上げ、ほっぺを手であっためながら、マナはいっしょうけんめいに走りました。
ごう。
強い風がふいてきました。すると、マナの鼻の頭に、白くて冷たいものがくっつきました。
「あ」
空は晴れているのに、雪がふってきたのです。
「風花だ」
マナは少しうれしくなりました。そうして、また急いでかけだしました。
ぶんぼうぐやさんの角を曲がったところで、マナは立ち止まりました。
むこうから、同じクラスの男の子、リュウタが歩いてきたからです。
マナはリュウタがあまりすきではありませんでした。リュウタは春に転校してきてからずっと、クラスのほかの子ともほとんど話をしないし、いつもこわい顔をしていて、ときどき、じろりとにらんだりするからです。
ゆっくり歩いてくるリュウタから少しはなれて歩こうと、マナは道のはじによりました。リュウタはマナのほうを見ずに、小さな箱をかかえて、うつむきながらとぼとぼと歩いてきます。
マナはすれちがいながら、そうっとリュウタの顔を見ました。いつもこわい顔がもっとこわくなっていましたが、ほっぺがふくらんで、目が真っ赤です。口をぎゅっと一文字にむすんで、何かをこらえているようでもありました。
そのようすを見て、マナはふしぎに思いました。リュウタはお昼前に、ぐあいが悪くて早引けしたんじゃなかったかしら。それに、こんなようすのリュウタは見たことがなかったのです。
「リュウくん」
思いきってマナは声をかけました。リュウタに声をかけたのは、これがはじめてでした。
リュウタはぴたりと足を止め、じろりとマナを見ました。上目づかいでちょっとこわかったのですが、マナは聞いてみたのです。
「どうしたの?」
するとリュウタは、かかえている箱に目を落とし、うつむいてしまいました。何だかようすが変です。
体が少しふるえています。
目から大きなつぶのなみだが、ぽとり、と箱に落ちました。
「あの」
マナがまた声をかけようとしたその時、
「ううう、うえええ、ひっく、ええええ」
リュウタはなき出してしまいました。マナはびっくりしました。リュウタはどんなにいじめられても、ないたことがなかったからです。
マナはとっても心配になりました。
「ねえどうしたの」
「ひっ、うう、うえええ」
「どっかいたいの」
「うう、ううううえええ」
リュウタはなにも話してくれません。ぎゅうっと箱を強くだきしめたまま、ひくい声でなくばかりです。マナはその箱が、リュウタのなくげんいんだと思いました。
「この箱、どうしたの、どこかに持ってくの」
「ううええええ」
「重いの」
「ううう」
リュウタは首をふりました。
「中には何がはいってるの」
「うう、ひっ、うううう」
「ねえ教えて、何も悪いことはしないから」
マナがそう言うと、リュウタは少し息を落ちつかせ、ちらとマナのほうを見てから言いました。
「ねこ」
「え?」
「ねこ」
「ねこ? ねこがこの中に入ってるの?」
リュウタはこくりとうなずきます。そして、
「ねこ、しんじゃった」
と言いました。マナはまたびっくりです。
「しんじゃったの」
「うん」
うなずくと、リュウタはまた、ひくい声でなきはじめました。
「ないてちゃだめよ、ほら」
マナはポケットからタオルのハンカチを取り出し、お母さんが弟にしてあげるみたいに、リュウタの顔をぬぐってあげました。
「ねこ、どうするの」
「う、うめる」
「どこに?」
「こうえん」
「そのまんま?」
「うん」
公園にねこをうめるなんて。マナはちょっと考えてから言いました。
「だめよ、そのままうめちゃ。ちゃんとかそうばに持って行かなきゃ」
マナは、お母さんの妹のヨッちゃんが、かっていたねこがなくなったとき、町のかそうばに持って行った話をおぼえていたのです。
「そうしないと、かわいそうじゃない」
「えっ」
リュウタはびっくりしてマナを見ました。
「かそうばに持っていくとね、きれいな白いほねになるのよ。あたし、おじいちゃんのおそうしきで見たもん」
「うう」
「それからうめてあげなさいよ」
「ううん...」
マナがはっきりそう言ったので、リュウタは考えこんでしまいました。どうしていいかわからなくなったのです。
そのようすを見ていたマナは、少しじれったくなりました。
「じゃあ、いいわ。あたしがつれてってあげる、かそうばに」
リュウタはぽかんとしてマナを見ました。
「あたし、どのバスに乗ればいいか、ちゃんと知ってるもん。ほら、行こう」
マナはリュウタのうでを引っぱってせかします。リュウタはマナのいきおいにまけて、そのまま、かそうばへ行くバスに、マナといっしょに乗りこむことになりました。
* * * * *
「こんにちは」
かそうばのまどぐちで、マナは声をかけました。
すると、めがねをかけたおじさんが、にゅうっと顔を出しました。
「はい、こんにちは」
「あの、ねこが、しんじゃったんです」
「ねこ?」
「はい、だから、もってきたんです」
「もってきたの?」
「はい」
おじさんは、少しこまっているようでした。
「ちょっと待ってね」
そう言うと、おじさんはおくに引っこんで、ほかの人と何か話をしていました。そうして話が終わると、おじさんはとびらを開けて、マナとリュウタのいるほうへ歩いてきました。
「どれ、ねこを見せてごらん」
リュウタはそうっと箱を下ろし、ふたをあけました。
中に入っていたのは、ちいさなねこでした。
ほとんど真っ白で、しっぽと頭、それにせなかのあたりにねずみ色のもようが少しだけあります。
ふかふかの白いタオルの上にまるまっていて、まるでねむっているようでした。
「さわってもいいかい」
おじさんはリュウタに聞きました。リュウタがこくりとうなずいたので、おじさんはそうっと、ねこのせなかをさわりました。
「名前は何ていうんだい」
「コロン」
「コロンか、そうか」
おじさんはねこの頭をそうっとなでると、リュウタとマナを見ながら言いました。
「あのねえ、やいてあげることはできるんだけど、お金がかかるんだよ」
「えっ」
マナはそんなことまでは知らなかったのです。
「いくらぐらいですか」
「このねこなら...五千円だね」
マナはびっくりしてしまいました。もちろんそんなお金は持っていません。なのに、リュウタをここまでつれてきてしまったのです。
マナはとってもしんぱいになりました。
「ど、どうしよう」
マナはおずおずとリュウタを見ました。するとリュウタは、
「お金、ある」
と言ったのです。
「え? あるの?」
「はい」
リュウタは、ポケットから一万円のおさつを取り出して、おじさんに見せました。
「おいおい、こんな大金、どうして持ってるんだね」
「かあちゃんがくれたの」
ぶっきらぼうにリュウタは言いました。マナはまたびっくりです。
「これで、たりる?」
リュウタが聞くとおじさんは、
「あ、ああ、まあだいじょうぶだ。じゃ、おつりを持って来るからね。ここに名前と住所を書いておいてくれないか」
と、紙のはさまった板とボールペンを、リュウタにわたしました。
マナはびっくりしたまま、目をまんまるにしてリュウタを見ていました。リュウタが紙に住所と名前を書き終わっても、まだ見ていました。
「なんだよう」
リュウタはなぜだか、ばつが悪そうに、マナに言いました。
「あっ、ごめん」
考えてみれば、マナはリュウタのことを、何にも知らなかったのです。
少しおねえさんぶって、リュウタをつれてここまできたけれど、同い年の男の子っていうことしか知らないのです。
マナはなんだか、リュウタにもうしわけないような気分になりました。
「はい、これ、おつりね」
おじさんがやってきて、リュウタにおつりをわたしました。リュウタはそれを、そのままズボンのポケットにおしこみました。
「じゃあ、これから、やきばに行くからね。ついておいで」
とおじさんが言ったので、リュウタは箱を持って、おじさんの後について行きました。マナはその後を、少しはなれて、ついて行きました。
* * * * *
暗くて小さい部屋の中には、鉄と石でできた台がありました。その前には、ぶつだんの前にあるような、おせんこうを立てるうつわもおいてありました。
「さあ、ここでおわかれだからね、もういちど見てあげようか」
と、おじさんはリュウタの持っている箱をひざにおいて、そうっと開けました。
中のねこは、やっぱりねむっているようでした。リュウタはゆっくり手をのばして、ねこの頭を、すこうしなでてあげました。そうして、じっとねこの顔を見ました。
マナは少しはなれて、箱の中をじっと見るリュウタを見ました。口をきゅっとむすんで目を動かさずにいるリュウタは、少したのもしく見えました。
「もういいかい」
おじさんはやさしく言いました。リュウタは、こくりとうなずきました。
ねこの入った箱を、おじさんが台の上にのせ、少し下がって箱に手を合わせました。リュウタとマナもそれにならって手を合わせ、目をとじました。
ごろごろん。ごろごろごろん。
おじさんが、暗いあなの中に台をおしこみました。そうして、
「じゃあ、やけるまで一時間くらいかかるからね。むこうの部屋で待っててくれるかな」
と言いました。
リュウタは小さくうなずいて、少し早足で歩いて行きました。マナはあわてて、リュウタの後を追いました。
* * * * *
マナとリュウタは、待合のソファにすわったまま、しばらく何も話しませんでした。
ぴくりとも動かず、じっと下を向いたままのリュウタに、マナは何と声をかければいいかわからなかったのです。
どうしよう、どうしよう。
もじもじしながら考えていると、リュウタがふと、顔を上げました。
「あ」
「え、なに」
「雪が」
リュウタが外を見て言いました。マナも外に目を向けてみます。すると、晴れた空の下、雪がちらちらとふっているのが見えました。
「ああ、風花よ」
「かざはな?」
マナのことばに、リュウタは首をかしげました。
「そうよ。知らないの?」
「うん」
「そうなんだ...」
「雪じゃないの」
「ええと、そうね」
お母さんが言っていたのを思い出しながら、マナは教えてあげました。
「あのね、晴れてるときに、山のほうから雪がとばされてきて、ちらちらとんでるのを、かざはな、っていうのよ」
「ふうん」
「聞いたことない?」
「うん...ぼくが住んでたとこは、雪がいっぱいふるとこだったから」
リュウタは外を見ながら言いました。
「こんなふうに雪がふるのなんて、あんまり見たことないんだ」
「そうなんだ」
マナは、リュウタがしゃべってくれたので、少し安心しました。そして、もっとリュウタのことを知りたいと、思ったのです。
「ねえ、あのねこ、おうちでかってたの?」
「ううん、ぼくんちのアパートの下の、ものおきの中で」
「おうちの人には、ないしょだったんだ」
「うん。かあちゃん、動物きらいだから」
「おとうさんは?」
「...とうちゃんは、いないんだ」
「...そうなんだ」
リュウタはまたうつむいてしまいました。マナはもっと話さなきゃと思いました。
「あのね、あたしのおうちには、大きな犬がいるの。ジョンっていうのよ」
「へええ」
「こんど、おうちにいらっしゃいよ。とってもおとなしくて、いい子なの」
マナはたくさんしゃべりました。犬のジョンのこと、弟のこと、すきな本のこと。
リュウタはそれを、うん、うん、とうなずきながら、聞いていました。
そうしているうちに。
「はい、終わったよ」
おじさんが、マナたちをよびにきたのです。
* * * * *
小さなねこは、小さな白いほねになりました。
おじさんがくれた小さな箱に、ほねはみいんな入ってしまいました。
リュウタはそれをかかえて、帰りのバスの中では、ひとこともしゃべりませんでした。
マナはそんなリュウタを、じっと見ていました。
マナたちがバスからおりると、また雪がちらちらとふってきました。
夕日が雲の間から、町をあかくてらしています。雪もその光にてらされて、オレンジ色になっています。
リュウタはマナに向かって、少してれくさそうに言いました。
「あの、どうもありがとう」
マナも少してれくさそうに言いました。
「ううん」
リュウタは空を見上げました。
ちぎれた雲がむらさき色になって、空にへばりついています。その下を、たくさんの雪のつぶが、ひらひら、ひらひらと、とんでゆくのが見えました。
「かざはな、だったっけ」
リュウタがぽつりと言いました。
「そう」
オレンジにそまった雪のひとひらが、すう、とリュウタの前にまいおりました。
リュウタはそれをつかもうと手をのばします。
ふわり、と雪はそれをのがれて、空の向こうと飛んでゆきました。
マナとリュウタは、そのひとひらのとんでゆく先を、いつまでもいつまでも、見つめていました。
おしまい
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