第百二十二話 <随筆>猫の目 | ねこバナ。

第百二十二話 <随筆>猫の目

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私は最近、光というものが怖ろしくなっている。
病のせいで、強い光を感じると眼の奥から頭全体に痛みを感じるからだ。昼間の外出はもちろん、夜であっても、明るい店の中などはサングラス無しでは耐え難い。
この傾向は年々強まっているような気がする。突然、自分が暗闇の中でしか生きられない奇怪な生き物になってしまったような錯覚に囚われる。
そんな時は、サングラスをかけ、玄関先に出てほうっと外を眺めることにしている。まだ自分が光の中にあることを、自覚出来るからだ。我が家はアパートの二階で、玄関を開けると目の前に堤防と、その上に作られた自転車道が見渡せる。そこを颯爽と自転車で走り抜けたり、腕を懸命に振って散歩する人々がいる。そして時折、玄関先でぼうっと座るサングラス姿の私を、不思議そうな目で見ていく。私はそんな人々を、ただ、やはりぼうっと見送るしかない。

私が玄関先の椅子に腰掛けているとき、たいてい二代目猫マルコは引き綱を付けられて、私の足下でミントの鉢植えの匂いを嗅いでいる。どうやら近所の野良猫たちが匂い付けをしていくらしい。その匂いを必死になって嗅ぐその姿は、可笑しくもあり、また少々憐れを誘う。
ひくひくと鼻を動かすたび、彼の瞳孔が、大きくなったり小さくなったり、細かく動くのが判る。恐らく人間もそうなのだろうけれど、猫の目は、光に反応するだけでなく、さまざまな感情や本能を見事に反映する。喋ることの出来ない猫にとって、目は「口ほど物を言う」もののようだ。

  *   *   *   *   *

その多くが夜行性で肉食という特徴を持つネコ科の動物は、暗闇の中で捕食するために暗視機能を発達させた。特に瞳孔による光量変化への対応と、網膜における輝板(タペタム)の発達は特筆すべきで、これが猫という動物の、人間に与えるさまざまな印象の基となっている。
昔々、島津の殿様は朝鮮出兵時に猫の瞳孔の大きさを時計代わりにしたというし、忍者もまたそうして時を知ったと忍者小説などに書いてあるそうだ。あかりの発達した現代社会では余り当てにはならないが、成程日の出日の入りが生活リズムの基本だった頃は、そういう判断基準として使っても構わないかも知れない。
大きな目の中で瞳孔が細く閉じている様子を見て、子供の頃の私は怖いと思った。そして、そう思ったのは子供時代の私ばかりではないらしい。事実、人ではない何かしら怖ろしい存在を表現するとき、この縦に細い瞳孔は屡々象徴的に使われて来た。妖怪や怪獣、悪魔の類を描くとき、画家は身近にあって「人外」をイメェジしやすい猫の目を引用したのであろう。「スリラー」のマイケル・ジャクソンのメイクなどはその好例ではないかと思う。
そして、闇夜にぎらりと光る猫の目は、何にも増して印象的だ。もちろん目自体が光るのではない。微かな光を捉えて反射し、増幅させることで暗視を可能にした猫の目は、光源となる者の方向にも光を反射するから、あたかも光っているように見えるのだ。そして瞳孔の形と同様に、古来猫の目が放つ光は、人間の怖れの対象となって来たようである。

優れた性能の目を持つが故に、猫は、人間に怖れられ、忌み嫌われるという側面を備えてしまったようだ。勿論これは人間の側の勝手な言い草に過ぎない。そして大方、忌み嫌う側のほうに問題があるのだ。人間が猫にみる残酷さ、気味の悪さ、怖ろしさといったものは、恐らく人間そのものの中にしか存在しない。人外という適当な存在=猫に、自らにべっとりと付いて離れない怖ろしげなものを擦り付けているに過ぎないのだ。
そう考えていくと、矢張人間という存在の愚かさや浅ましさを思わずにはいられなくなる。果たして人間は、こうした思いを拭い去ることが、この先可能なのだろうか。恐らくそうではあるまい。ならば、その愚かさや浅ましさをせめて自覚し、問いかけながら生きるしかないではないか。
それが人間なのだと知れば、今少し、生き方も変わって来ようというものだ。

  *   *   *   *   *

私はマルコの目を見るのが好きだ。
猫じゃらしで遊んでやるときなど、細かった瞳孔が一気に開き、真ん丸になって獲物の先端を見る。
まるで、ひとかけらの光さえも逃すまいと、必死になって目を開く。彼の頭の中は、目の前に在るへなちょこに動く物体、ただそれしかないのだ。
呆れるほどのひたむきさに、私は笑う。そして、彼のそうしたひたむきさ、愚直さといったもの、それを少しでも、自分のものとできたら幸せだなと、心からそう思うのだ。


おしまい






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