◎番外◎ <随筆>すみかを夢想する | ねこバナ。

◎番外◎ <随筆>すみかを夢想する

【一覧】 【続き物】 【御休処】

-------------------------------

私は、家を夢想するのが好きだ。
現実的な持ち家願望など全くないくせに、そしてそんな経済力など微塵もないくせに、あんな家に住みたい、こんな家に住みたいと、夢想するのである。
夢想はいい。第一金が掛からない。それに脳内での建築は自由自在だ。とはいえ、実際に夢想してみると、案外現実的な仕上がりになってしまうのが、私のまだまだ至らない(?)処ではある。
今日はそんな夢想に、お付き合いいただこう。

  *   *   *   *   *

家を建てるにあたって重要なのは、立地である。
私は内陸の生まれで、山に囲まれた風景に慣れている。こういう土地は盆地の気候で、夏は暑く冬は寒い。でも私は、そういう処が好きだ。
そして出来れば、冬には雪が降る処がいい。窓から降り積もる雪を眺めつつ暖をとる。家々が、凍てつく世界のなかに灯る蝋燭のように感じる。そんな場所で私は幼少を過ごしたせいか、またそういう場所に還っていきたいと感じるのである。
そして、なだらかな斜面をほんの少しだけ登った、小さな丘の南向きの斜面に家を建てよう。あまり斜面が急だと、年を取ってから登るのが億劫になる。家の前は全部畑にするのがいい。夏にはトマトやナスを収穫し、冬には雪の中からジャガイモを掘り出して食べられるような畑が欲しい。
そして、家の裏手には、雑木林があるとなおよい。夏は虫がうるさくて往生するかもしれないし、蛇やトカゲの襲来に妻はおびえるかもしれない。しかしそういうものどもと近しく住むことを、私は熱望している。年を取れば取るほどその熱望は高まっていく、そんな予感がするのである。

  *   *   *   *   *

さあ、立地は決まった。建屋はどうしよう。
二人と一匹で住む家だから、そんなに広くなくとも不便はない。ちいさな居間とキッチン、トイレに風呂、寝室、書庫、そして客間がひとつ。そんなもので十分だ。二階建てよりも、こぢんまりとした平屋がいい。

私が是非ともこだわりたいのは、書庫とキッチンである。
私と妻はやたらに本持ちだ。今住んでいる小さなアパートの本部屋のほぼ七割は私の蔵書で埋められているが、妻の蔵書は実家の自室に堆く積み上がっているので、それを自宅に持ち込んだら、恐らく私達の寝る場所がなくなる。
二人とも新刊はめったに買わない。買うのはマニアックな専門書や古書ばかりだ。判型もバラバラで、いつも書棚に押し込めるのに難儀をする。だから、棚板が自由に動かせる、とてつもなく大きな書棚をみっちり詰めた書庫が欲しいのだ。
書斎ではない。書庫だ。なぜそうなのかといえば、長いこと小さな部屋で暮らして来たせいか、何時の間にか、居間のテーブルで仕事をする癖がついてしまったためである。
図書館で使うような本専用の台車に必要な本と書類を乗せて、居間のテーブル近くに持って来て仕事をする。これは今でもやっている(いや、“いた”が正しい)ことなので、これからもこのスタイルは変わるまい。

私は料理が好きなので、毎日思う存分使い倒せるようなキッチンが欲しい。高級である必要はない。実用的でありさえすればよい。
キッチンは、レストランで使うような大きな作業台が置けるほど、広いスペースが欲しい。三口コンロのほかに、中華料理店で使っているような巨大なバーナーも付けたいところだ。そうそう、炭火でピザやパンを焼けるような石窯も、隅っこに取り付けることにしよう。そして毎日、ここで腕を振るうのだ。ただ後片付けはほとんど妻の領分なので、それに必要な機材やスペースは、彼女に考えてもらうことにしよう。

居間には大きく頑丈なテーブルと、ちいさなソファを置こう。暖房は薪ストーブがいい。裏山の木々を拾って来て使うのだ。冷房のことは...考えないことにしよう。朝晩めっきり冷え込むようになると、どうもそこまで考えを巡らせるのは気が引ける。
寝室は小さくてよい。ベッドが置けて、妻の服が全部入るだけのクローゼットがあればよい。客間は畳敷きにしよう。床の間には、季節毎に粋な軸でも掛けられるようにしたい。風呂やトイレは特にこだわりはない。ただ掃除が楽で、冬に酷く寒くならないように出来れば十分だ。

  *   *   *   *   *

と、ここまで書き進めてきて、何か大事なものを忘れているような気がする。
そう、猫だ。

猫のための夢の住宅設備といえば、キャットウォークである。
壁に段になった踏み台を幾つか設け、梁の上を自由に行き来出来るようにする。えさ場やトイレまでスムースに移動できるよう、配置には気を遣う。
居間のキャットウォークから、寝室まで抜けられるような秘密の入り口を作る。自分が猫になった気分で考えるのは、この上なく楽しい。高い梁の上から人間どもを見下ろしている気分を想像するだけでワクワクする。
ただ、我が家の二代目猫マルコは、少々運動神経に難ありとみているので、かなり安全に気を配った方が良いかもしれない。梁から床に転落しないよう、サーカスの空中ブランコの下に張るような、頑丈なネットでも用意する必要がありそうだ。となると、我が家の内観は一変する。漁師の網小屋の中で生活するような気分を味わえるかもしれない。
そんな家で食べる夕食は何がいいだろう。夢想するのは冬の食卓だ。魚介をふんだんに使った漁師鍋がいいだろうか。洋風にブイヤベースなんてのもいい。牡蠣をたっぷり入れたシチューも捨てがたい。それなら石窯で焼いたパンを一緒に食べようか。
雪の降り積もった外の風景が家からの暖かい光に照らされるのを眺めながら、ふたりで温かい料理をふうふういいながら食べる。会話に花を咲かせるよりも、その場に居られることに安心しながら、ゆっくりと食べる。そんなときマルコはきっと、私の足下あたりで、人肌に温めたヨーグルトを舐めているに違いない。

  *   *   *   *   *

そんな夢想を楽しんでいると、つう、と首筋から頭頂部にかけて、痛みが走る。
私の夢想は、最近こんなふうに中断される。もうそろそろ、横になって休まなければならないようだ。
横になれば、また夢想の続きを楽しめるだろうか。それとも、妙に現実的な不安がまた、じわじわと襲ってくるだろうか。
ベッドに向かう前に、マルコのご機嫌を少しとっておこうか。そうすれば、私の枕に寄り添って、昼寝を楽しんでくれるだろう。
その体温を感じていれば、私は夢想をまた楽しめそうだ。ふたりと一匹で暮らす、恐らく実現しそうもない、楽しいすみかの夢想を。


おしまい





アンケート企画
→この「ねこバナ。」がキニナル!←
11月30日(月)まで開催中です。ぜひご参加ください☆
ねこバナ。-nekobana_rank

→携帯の方はこちらから←

にほんブログ村 小説ブログ ショートショートへ
にほんブログ村

いつもありがとうございます




トップにもどる