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London Offshore Consultants“HEBEI SPIRIT”COMMENTS ON THE INCHEON MARITIME SAFETY TRIBUNAL (SPECAIL TRIBUNAL) DECISION - 4TH SEPTEMBER 2008(pdf注意) より
 LOC側の見解を黒で、IMST側の見解を青のイタリックで表記します。以下訳文
巡る因果の猫車-LOCロゴ
『HEBEI SPIRIT』海洋安全審判院仁川支部(特別審判)の2008年9月4日裁決に対する見解(31~41P)

6)   曳航船団の航海監督責任
 港内での『Samsung No.1』によるクレーン作業中、この海難事故の関係当事者であり、更には曳航船団の指揮者でもあるバージ船長Yi Hyun Kimは、曳航船団の航行に全責任を負うことになる。しかしながら、一旦建設工事が完了し港から曳航によって出航したならば、この海難事故の関連当事者である『Samsung T-5』船長Seung Min Choが最高指揮を執り責任を負う事になる。『Samsung T-5』は、曳航許可チェックリストにおいて『先導タグボート』として明示されている。この海難事故の関連当事者である『Samho T-3』船長Gan Tae Kimは高周波無線通信(『VHF』)、もしくはハンドシグナルを通したSeung Min Choの指示に基づき、『Samho T-3』によって曳航を補助する。したがって補助タグボート『Samho T-3』の当直航海士は、主タグボート『Samsung T-5』からの指示に従って絶えず位置を変える必要がある。『Samho T-3』の当直航海士は『Samsung T-5』の当直航海士とは対照的に受動的であり、それゆえ、曳航船団の予定された航路や速度に対する、彼の関心は低かった。


B.   原油タンカー『Hebei Spirit』の詳細
1)   船の詳細
 この船は碇泊中、船首側から接近してきた曳航船団に衝突された。衝突を防ぐために行われた『Hebei Spirit』の運動と、接近してくる船舶との距離関係を明確にするために、『Hebei Spirit』の詳細に注目しなければならない。([画像15])
巡る因果の猫車-31ページ画像15
[画像15]『Hebei Spirit』が執った衝突防止関連措置の詳細からの図
2)   器材
A)   航海器材
事故当時使用されていた航海器材は以下の通り:

自動衝突予防援助装置(ARPA)付船舶用レーダー:2船舶自動識別システム(AIS):1
GPS:2自動海図プロッター:1


 VDR(航海データ記録機) として2006年7月30日に装備されたSVDR(簡易型VDR)は、中国船舶登録局とロイズ船級協会によって2007年6月17日に一年目の点検を受けた。VDRは船舶の様々な機器に接続され、一定間隔で自動的に関連データを取得し、記録する。記録対象となるデータ形式は、最低でも過去24時間分の航行データである。([表5])

[表5]『Hebei Spirit』搭載VDRに記録されるデータ
データ種類当該データ取得機器
船舶位置GPS
速度ドップラー速度計
船首方位ジャイロコンパス
水深エコーサウンダー
通信VHF無線
船内通話船内に設置されたマイク

 IMSTは船舶搭載のVDRと、その記録を重要視した。しかし、特定の情報を記録するために、船舶搭載の他の機器も利用できる点は注目に値する。例えば、コースレコーダーは船首方位と舵の動きを継続的に記録し、エンジンデータロガーは機関の作動状態を記録し、機関室警報記録機は詳細な機械的警報を記録する。そして、GPSのデータからでも、船の航行位置の履歴は獲得できる。その上、本船は泰安VTSの管制範囲内に碇泊していたため、VHFによる交信も記録されていた。さらに、タンカーは適合する受信機により位置が監視・記録されるAIS(船舶自動識別システム)を装備していた。私には泰安VTSがこの事件に関与する5隻の船のうち、4隻までのAIS記録を保持出来たように考える(SAMSUNG NO.1を例外としている)。SOLAS(海上における人命の安全のための国際条約)の以下の抜粋から明らかなように、VDRが他の器材の情報を補うにあたり、全幅の信頼を置けるように設計されていない点は注目に値する: 
引用開始
SOLAS 第5章 ─ 第20規則
航海データ記録機(VDR)
海難の調査を助けるために(下線は筆者による)、次の国際航海に従事する船舶は、規則1.4に従うことを条件として、航海データ記録装置(VDR)を設置する。
(訳注:SOLAS条約附属書第Ⅴ章の改正案抜粋より引用)
引用終了


B)   係留装備(アンカー)
形式:AC-14(ストックレスアンカー) 重量:15,000kg 巻き上げ速度:9m/分
1シャックルの長さ:27.5m 1mあたりの錨鎖重量:270kg
錨鎖総延長:14シャックル(385m=27.5m×14シャックル) 錨鎖総重量:103,950kg

 IMSTはAC-14アンカーが高把駐力アンカーである事に注目していない。これはクレーンバージに装備するのと同じタイプのアンカーであり、これらのアンカーは高把駐力型であると認められている。1962年の初版出版以来、多くの船乗り達の養成に使用されてきたDanton氏の『The Theory and Practice of Seamanship』の付録を参照して欲しい:

引用開始
アドミラルティ キャストアンカー A.C.14型
 このアンカーは図1.2において完全図解されており、現在、軍艦の艦首錨として採用されている。このアンカーは青粘土(ストックレスアンカーには軟弱な地質)、砂、砂利、軟泥、沈泥の薄い層に覆われた硬岩を含む、ほぼ全てのあらゆる種類の海底でテストされた。これらはヘッド先端に安定フィンを持ち、大きな安定性を持つアンカーであることを証明した。牽引力の損失無しでの素早い方向転換が可能である。ほぼ全種の海底において、同重量の標準的なストックレスアンカーの2.5~3倍の把駐力を有する。
 下記に列挙したのは52cwtの2.5トンタイプ5+-トン中空錨鉤A.C.14アンカーと、5.25トンの標準型ストックレスアンカーの、同条件での重量に対する把駐力試験の結果である。(cwt:ハンドレッドウェイト。英1cwt=約50.8kg、米1cwt=約45.35kg)
海底の種類A.C.14標準型ストックレス
赤土、砂、砂利、岩10.03.9
青土、薄い泥の層、砂13.63.1
軟泥8.21.6
水平、滑らかな岩、沈泥の薄い層2.81.9

引用終了

C)   主機関とスクリュー
主機関製造:MAN・B&W
機関出力:ディーゼル機関1基・20,594kw (約28,000馬力)
スクリュー:固定ピッチプロペラ1基

機関運転の各段階における『Hebei Spirit』主機関の出力と速度は[表6]で示されている。

[表6] 満載で入港時の『Hebei Spirit』主機関出力及び速度
機関位置スクリュー
回転数/分
速度
(ノット)
出力
(メートルトン)
全速前進/後進4912.048.6
中速前進/後進4310.643
微速前進/後進368.836
極微速前進/後進256.125

D)   貨物管理機器
 この船は衝突により損傷を受けた貨物油槽から、約12547kリットルもの原油を海に漏出させた。この事件の裁決を下すために、原油の過度の流出に繋がった原因を確認しなくてはならない。貨物管理機器の詳細は以下の通り。
(1)   油槽の配置と貨物油槽の満載時容量
『Hebei Spirit』は13の貨物油槽と4つのバラストタンクを有する([画像16]、[表7])


 線図から見て取れるように、このタンカーにはIMSTが誤って述べた4基ではなく、8基のバラストタンクが備わっていた。IMSTが記載していない他のバラストタンクは船首狭先部、機関室側方タンク(2基)、船尾狭先部の4基である。

巡る因果の猫車-36ページ画像16A
[画像16]貨物油槽とバラストタンクの配置

[表7]98%積載時の貨物油槽容量

巡る因果の猫車-36ページ表7

 一重船殻構造の石油タンカー『Hebei Spirit』は、1992年11月16日に竜骨を据え付けられ起工された(1993年10月7日竣工・引渡し)。このタンカーはバラストパイプが貨物区画から完全に隔離された、SBT+PL(分離型バラストタンクを防護的配置にした)構造型タンカーである。1992年11月16日(マルポール73/78条約附属書Ⅰの規則第20条の第2カテゴリーと規則第18条の第12~15項(分離型バラストタンクの防護的配置)を条件とした船舶) に起工されたこのタンカーは、貨物油槽に注入・放出するためにポンプ室に設置された毎時4,500?の放出能力を有する石油貨物ポンプと、毎時2,750?の放出能力を有するタンク清掃ポンプを装備している。

 酸素濃度を低爆発性水準(LEL)に維持するために、不活性ガスが常時貨物タンクに注入される。機関室から排出される高温の排気ガスは、脱硫された後に完全排気され、ガス洗浄器を通して冷却され、その後、各貨物油槽に2基の送風機を用いて不活性ガスを送り込む。貨物油槽内圧力が特定水準より上下した場合、P/Vブレーカー(圧力及び真空ブレーカー;『P/V弁』)が作動する。


 貨物油槽が常に不活性化されているという、IMSTの記述は間違っていない。原油貨物を取り扱う際、破滅的な爆発の危険性を避けるため、VLCCは貨物油槽を常時不活性化する事をISGOTT第5版に記述されたタンカー慣行によって要求されている。以下に抜粋を示す:
(訳者注:ISGOTT=international safety guide for oil tankers and terminals オイルタンカーとターミナルに関する国際安全指針)

引用開始
7.1.5 貨物油槽内空気組成制御
7.1.5.1 不活性ガス制御

 不活性ガス機構を使用するタンカーは、貨物油槽を常時(下線筆者)不燃性状態に維持しなければならない:
 点検や作業のためにガスを放出する必要がない限り、油槽は常時不活性状態に保たれていなければならない。すなわち、酸素濃度は容量に対し8%以下、気圧は常に陽圧を維持しなければならない。

 油槽内の空気は不活性状態からガス放出状態へ、可燃状態を経ることなく移行させなくてはならない。実際面では全ての油槽でガスを放出する際、炭化水素含有量が致命的なラインを下回るまで、不活性ガスで浄化しなければならない事を意味する(図7.1の線GA)。

 船が積み込み港への到着前にガス放出状態にあるとき、油槽は積載前に不活性化しなければならない。貨物油槽を不燃状態に維持するために、不活性ガス設備の運用には以下が要求される:
 空荷の貨物油槽を不活性化しなければならない(7.1.6.1条参照)
 貨物揚荷作業中、バラストを放出し原油洗浄剤で油槽を洗浄しなければならない(7.1.6.6条及び7.1.6.9条参照)
 ガス放出前に油槽を洗浄すること(7.1.6.10条参照)
 航海の他の局面での必要に応じ、貨物油槽への圧力を増さなくてはならない(7.1.6.5条及び7.1.6.7条参照)
 不活性ガス設備によって与えられる防護は、全設備の適切な運用管理に依存している事を重視しなければならない。

引用終了

 不活性ガス濃度が希釈され、酸素混入率が可燃濃度まで上がる可能性を避けるために、これらの種類の船舶は特に貨物油槽内を、不活性ガスで陽圧に維持する事を目的に設計されている。揮発した原油が点火したならば、破滅的な爆発によって命と船が失われ、広範囲な汚染という結果に終わる可能性がある。

 『酸素濃度の低爆発性水準維持』において述べられているわけではないが、業界の認める水準である8%以下に空所の酸素含有率を下げるため、不活性ガスは注入される。この点は可燃性領域の淵であり、容量に対して8%が実用に耐える安全限界として、タンカー業界は要求している。以下のISGOTT第5版からの引用を参照して欲しい:

引用開始
 修正された海上における人命の安全のための国際条約(SOLAS 1974)は、主に酸素含有率を容量の5%以下に抑えられる不活性ガス供給流量を、不活性ガス設備の性能に要求している。油槽のガス放出が必要でない限り、貨物油槽を常時陽圧に保ち、空気組成の酸素含有率を容量の8%以下に抑えなくてはならない。既存の機構は、酸素含有率が容量に対し通常5%を上回らず油槽のガス放出が必要でない限り、タンクの不活性化を常時維持する不活性ガス発生性能を要求されるだけである。
引用終了

 また、この項で言及されているP/Vブレイカーを『P/V』弁と呼んでいるのは、IMSTによる基本的な誤解のように思える。これらは船舶に装備される、完全に別種の安全装置である。PV弁は船舶の各貨物油槽スペースへ個々に設置される機械式安全装置であり、主に空所の空気の熱による伸縮に起因する、狭い空間の圧力変化を制御するように設計されている。これらはP/Vブレーカーより先に作動するように設定されている。

 P/Vブレーカーは全ての貨物スペースで共有する単一の装置であり、通常、不活性ガスを甲板へ放出する主要導線に設けられた、液体が充填された『タンク』である(不活性ガス送出機の甲板への主放出ラインに設置された、甲板上の封水と混乱しないように)(訳注:P/Vブレイカーがどういう物なのか解らないので適当orz)。P/Vブレイカーは、上記のP/V弁よりも高い許容限度で作動するように設定されている。これはISGOTTからの以下の抜粋により、明確に証明される:

引用開始
7.1.8 貨物油槽の防護
 いくつかの石油タンカーの大事故は過加圧と過減圧、どちらか両極端な圧力を貨物油槽に受けた事によって発生した。油槽への流圧軽減装置の完全設置、もしくは個々の油槽に対する圧力監視を要求するようにSOLAS規定は改正されたが、通気機構の運用目的が正しく設定された事を徹底的に確実に点検する事は、依然として重要である。一旦運用を始めたならば、圧力や圧力弁・真空弁のズレによる蒸気漏れが原因の異音など、様々な異常に対する更なるチェックが求められる。船の乗組員は、通気機構の適切な管理と制御のため明白な運用手順を確実に遂行し、その性能に対する完全な理解がなされていなければならない。

7.1.8.1 圧力/真空ブレーカー

 あらゆる不活性ガス設備は1基以上の圧力/真空ブレイカーか、認可されている装置の設置を要求されている。これらは過度の圧力や真空から貨物油槽を防護するために設計されており、したがって、メーカーの指導による定期メンテナンスによって使用可能な状態を維持しなければならない。これらのブレーカーが液体で満たされている時、流量と水位を確実に正しく維持する事が重要である。通常、不活性ガス主導線に圧力がない時は、水位がチェックされるだけである。液体の状態と水位をチェックする際、蒸発、結露、海水流入の可能性を考慮しなければならない。荒天時、貨物油槽内の液体の動きによる圧力の急上昇は、圧力/真空ブレイカー内の液体噴出の原因になる可能性がある。これはタンカーより、多目的船で発生する傾向があるかもしれない。

7.1.8.2 圧力/真空弁

 これらは貨物油槽の熱変動によって起こる、タンク内気圧の小規模な浮動に備えるために設計されており、圧力/真空ブレイカーの手前で作動するように設置するべきである。圧力/真空ブレーカーの無駄な作動を防ぐために、圧力/真空弁は定期的な点検と洗浄によって使用可能な状態にしておかなければならない。

引用終了

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 結構時間かかった割りに、地味なことにw;
 海事素人の身には、専門用語とか条約の条文出てくるとなかなかきついですね~orz
 読みづらい・解りづらいかもしれませんが、ご容赦を…

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