第十六回『坂本十三さん』(作家コース) | 『作劇的人々』

第十六回『坂本十三さん』(作家コース)


『作劇的人々』

高田:坂本さんが作劇塾 に入られたのは、去年の九月頃でしたっけ?


坂本:はい。実は短期間ですが、四年ほど前にも塾にいたんですよ。家庭の事情で数ヶ月しかいられなかったんですけどね。その後の数年間は、塾から遠ざかっていました。


高田:四年前の塾と、今とではかなり違ってるんじゃないですか?


坂本:そうですね。多分、あの頃は塾全体が模索している状態だったと思うんですけど、授業のシステムから、講師陣まで大分変わってましたね。


高田:塾生に対してはどうでしたか? ここが前と違っているというのがあれば、教えていただきたいんですが。


坂本:考え方もそうですし、発言にしてもそうなんですが、“これをやりたい”というのがみなさん明確にあるんですよ。それぞれの色みたいなものも出てるように思いました。だからここにいればプラスのエネルギーもらえる、という実感がありましたね。


高田:少し話は戻りますが、そもそも四年前に塾に入られたきっかけは何だったんでしょう?


坂本:僕は『サイキック青年団』の大ファンなんですけど、北野誠さんと中山先生が怪談イベントをやるというのを聞きまして、そこへ出向いたのがきっかけでしたね。イベントの時に先生とお話をさせていただいた後、作劇塾のホームページを見てみたら、“専門学校と作劇塾との違い”について、わかりやすく書かれてあったんです。それを読んで「これは、行かなあかんやろ!」と思い、入塾したという流れでしたね。


高田:その“違い”というのを詳しく教えてもらえますか?


坂本:中山先生が体験談を語っておられたのですが、専門学校で講師をされていた頃に、先生が塾生を現場に連れていかれたらしいんですね。それに対して学校からクレームがついたと。学校側からすれば、何か生徒による不手際があったら、それを被る可能性が高いから余計な事はしてくれるな、という事だったと思うんです。だから「専門学校という所は生徒を就職させる事だから」という事でしたね。


高田:他の学科だったらそれでもいいでしょうけど、クリエイターの場合、就職ってありませんからね。僕も専門学校出身だからだから、それはよくわかりますね。


坂本:その辺りの矛盾点について、非常に丁寧に書かれてありました。


高田:塾から離れた後、また復帰された訳ですが、それは何か理由があったんですか?


坂本:実は作劇塾戻ってくるまで、かなり精神的に落ち込んでいたんですよ。未来に希望を見出せない状態が続いて、自分でもこれはやばいなと思っていたんです。一昨年に『エヴァンゲリヲン・新・劇場版』が公開されたんですけど、ある意味ではあれがきっかけになったんですよ。


高田:ガイナックスにかなりお詳しいようですね。


坂本:ガイナックスの母体となったDAICON FILMの頃から、あの方たちに関心を持っておりまして、大阪芸大の学生であったDAICOM FILMの人たちが、ガイナックスに進化していく過程に強く興味を惹かれておりました。新・劇場版は震えましたね。あの映画を見てなかったら、塾には復帰していなかったもかもしれないです。あとこれは前から思っていた事なんですが、例えば庵野監督のサイン会とかに行って、サインをもらって喜んでいるような関係は嫌だなと。


高田:単なるクリエイターのファンでは終わりたくなかったという事ですか?


坂本:はい。だから同業者であるクリエイターになりたいというので、漫画家を選んだというのはありましたね。ただ漫画を描くにしても、凄く中途半端なスタンスだったんです。


高田:と言いますと?


坂本:自分の中で、漫画を描いている事を言い訳にしていたんですよ。仕事をしていても、「どうせ漫画家としてデビューしたら、やめるんだし……」と、腰掛けみたいな感じでやっていましたし、だからと言って物凄く漫画を描いていた訳ではなかったんです。実は最近、シフトチェンジをしたんです。漫画家よりもプロデューサー業の方を重点的にやっていく事にしたんです。


高田:という事は漫画をもう描かれない?


坂本:完全に描かないという訳ではないんですが、ストーリー漫画を描くことはもうないと思いますね。前々から中山先生や他の方から「お前はプロデューサーに向いているんやから、なったらどうや?」と、言っていただいていたんですよ。正直言うと漫画を描いていても、苦しいという思いが強かったですし、こんなんじゃ漫画家になれないよなというのはあったんです。自分を無理にごまかしている部分がありましたね。


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高田:そこを吹っ切れたのは、どうしてですか?


坂本:ブログへのコメントです。ある方からコメントをいただいたんですが、ブログを読んでいるだけで自分が漫画から逃げ続けているという事が、こうも伝わってしまうのかと。コメントをいただいたその日のうちに、中山先生のお宅にお邪魔して「プロデューサーとしてやって行きたいんです」というお話をさせていただきました。


高田:プロデューサー業っていうのは、わかりやすくいうとどういう仕事なんですか?


坂本:一言で言うならば“クリエイターの仕事をお金に変える”という事ですね。例えば、塾生で有能な人がいたとしますよね。でもその人は自分の才能をどうやれば発揮できるのか悩んでいた場合、僕がその間に入って営業をかけて売り込めば、その人にも喜んでもらえるし、営業先の方にも喜んでいただける。そして僕も嬉しい。


高田:なるほど、みんなが幸せになれますね。一口にプロデューサーと言っても、色々なタイプがありますよね。


坂本:はい。例えば予算的な成功を最優先するプロデューサーと、作品の成功を一番に考えるプロデューサーがいると思うんです。やっぱり現場の人がどれだけ、楽しく生き生きと創作できるかによって、作品の質が変わってくるはずなので、現場を察した上での采配ができるプロデューサーは強いんじゃないかなと思いますね。ただまだ金銭面の感覚というのが甘い部分があると思いますので、その辺の能力を向上させて上手くバランスを取れるようになりたいです。


高田:坂本さんは中山先生と著名なクリエイターの方とを引き合わせてイベントをしようというのも考えておられましたよね? それに今年の冬に大阪芸大の学生さんを引き連れて、塾の飲み会に来られていました。ああいうスタンスを見て、僕も「この人はプロデューサーとしての適性があるんじゃないかな」と思ったんですよ。


坂本:ありがとうございます。確かに誰かと誰かを繋げる事によって、何かを生み出す事ができたら楽しいという考えは、昔から持っていましたね。あと僕は凄く飲み会を重視してるんですよ。


高田:作劇塾では頻繁に飲み会が行われますよね。


坂本:飲み会に参加して、クリエイティブな話から下らない話まで、いろんな事を語り合う事で、クリエイターの血に入れ替わっていくのではないかと思っています。だから芸大生の人たちにも、それをわかって欲しかったんで連れてきたんです。


高田:今、塾内で“商業作品として通用する映画を作れるようになろう”と盛り上がっていますよね。そのためにはプロデューサーという立場が、絶対に必要となってくると思うんです。


坂本:そうですね。かなり大変な事だと覚悟はしていますが、そのためならどんな事でもしようという気持ちは強くあります。


高田:坂本さんにとっての作劇塾はどんな所ですか?


坂本:包み隠さず本音を言ってくれる所ですね。映画制作の時もいろいろあって、僕の行動でみなさんに迷惑を掛けてしまいましたよね?


高田:あれは結構な修羅場でしたね。


坂本:でもその時に塾生の人たちは、僕を見捨てるんではなくて「このままじゃダメだよ。ここを直しなさい」と真剣に言ってくれたんです。僕はそれまでの人生でことごとく“逃げ癖”がついていたんです。でもあの時、みなさんから叱ってもらって「この塾に残りたい。それには、まずこの逃げ癖を直すしかない」と強く感じました。あそこで逃げていたら、今ここにいてませんからね。塾生の人には深く感謝しています。



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高田:では最後に今後の目標をお聞かせ下さい。

坂本:まず塾生を増やす事ですね。僕の名前で入ってきたという塾生を、作りたいですね。日夜、“塾生倍増計画”を考えてるんです。こうすれば新塾生が入ってくるんじゃないかという案がいくつかできたんで、近々行動に移したいと思います。


高田:そうそう、僕は今、ある企画を考えているんですよ。そこへ坂本さんにプロデューサーとして入ってもらえると凄く助かるんですよ。成功すれば塾も潤う話なんですが。


坂本:そういう話だったら、大歓迎です。


高田:今日もこの後、塾長宅で飲み会があるようなので、そこでお話してもいいですか?


坂本:もちろんです! ぜひ聞かせて下さい。


※次回の更新は、6月25日(木)の予定。ゲストは作家コースの木下くんです。