二年に一度行われる東宝映画のスタッフと俳優の交流会「同友会」が一昨日の土曜日に行われた、例年だとスタジオを借りきつてやるのが恒例だが出席者の数が今年は160名と前回より41人減っている、この中には昨年皆から愛されながら世を去った小林柱樹さんや白川由美さん、そして俺のテレビ出演の殆ど「青春とはなんだ」「太陽野郎」「東京バイパス指令」等々で一緒に苦楽を共ににした松森 健監督も入っていた。この同友会も前々回より前回の間に50人のメンバーが居なくなり、又今回は40人減り少しばかり淋しい会になつたが、宝田明 司葉子 星由里子 菱見ゆりこ 最近は電子書籍で作品を発表している私と同年代の江原達よし君、アメリカ在住だが必ずこの会には来て下さる戦後の東宝映画の大スター杉 葉子さんそして皆でより良い映画を創る為に協力しあつた仲間達との二年に一度の再会。楽しい時間を有り難うございました。
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「高将の名言」に出演します!

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9月24日(土曜日) 23:30~24:00

「今を生きる・時代の先駆者たち~高将の名言」 BS-JAPAN

松平健さんと八塩圭子さんが司会のトーク番組に出演します。

 

 

楽しいトークが出来た様な気がします。

夜遅い番組ですが、時間があったら見ていただければ幸いです。

 

 

米アカデミー賞で短編最優秀ドキュメンタリー賞を受賞したことがある

日系三世のSteven Okazaki監督が少年の頃から大ファンだったという

三船敏郎さんの生涯をフィルムに残した「MIFUNE LAST SAMURAI」が

やっと完成し試写会で見られる運びとなりました。

かつて三船さんと同じ時間と空間を共有して沢山の思い出と多くのことを

学ばせて貰った後輩として、当時のことを知っている人達が少なくなった今

及ばずながら制作に協力できたことは嬉しい限りです。

この映画は世界中で公開される予定なのでたくさんの人に観ていただけたらと

願っています。

 

久し振りのBLOGで報告だけでごめんなさい。

又、近々書かせていただきます。

 

 

 

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関東地方が今日やっと梅雨明け宣言をした。

毎日湿気の多い日が何週間も続き、ともすると体調を崩しそうな日々もあったが

<梅雨明け宣言>と聞いただけで元気になれるって人間は不思議な生き物だと思う。


7月は白川由美さんの突然の訃報が入った。

この10月には80歳の誕生日<傘寿の会>をやろうと計画していた矢先の出来事だった。

東宝映画で数々の名作を残した名監督の成瀬巳喜男監督が亡くなって10数年前から毎年行われている<偲ぶ会>には今年も宝田明さん、司葉子さん、星由里子さんは出席したがいつも明るいお由美さんの姿は無かった




TV映画のウルトラマンが今年で50周年記念でNHKが特番を組んだり、いろいろなイベントが行われているらしい。

私はあの番組とは関係ないが、ウルトラセブンでアンヌ隊員役を演じた後輩のひし美ゆり子さんのイベントに昔夏木プロダクションにいた俳優の与座重里久と共に出席して楽し1日を過ごしたことが思い起こされた。

重里久は現在台湾で俳優として頑張っているいるようで益々の活躍に期待したい。



また7月は盟友山川健一君と小野昌朗さんの誕生会と山川君のこれまで出版した著書85冊が全部電子書籍化されたのを記念して仲間たちが集まった。

小野さんの日本で初めて設計したCLASSIC F1がMONACO GRAND PRIXを走ったこと同様皆んなが元気で活躍しているのは嬉しい限りです。


アメリカと日本を股にかけて活躍しているギターリスト吉田次郎さん。

今年は初めて手掛けたアメリカ映画も公開される予定で張り切っている次郎さんのライヴに出かけた。

今回は平井堅やエヴァ ンゲリオンの音楽を手掛けているジャズピアニストのクリヤ・マコトさんとゲストのマリーンのライヴ。

1年振りだったが素晴らしいライヴに楽しいひと時を過ごさせてもらった。

背中きり見えないクリヤさんのピアノを弾く肩から背中の筋肉がアスリートと全く違った付き方でプロの凄さを再発見した。

昔車の絵を沢山描いていた頃AAC?というクラブに属していた。

そのクラブの事は現在どうなっているか解らないが、知り合いから紹介されてAAF<AUTOMOBILE ART FEDERATION>の第5回作品展に行って来ました。
久しぶりに沢山の素敵な絵画に会えて、今年の熱い夏はまた絵を描きたいという刺激をいただきました。

感謝。感謝です。



昨日は雑誌<男の隠れ家>の写真撮影に二子玉川近くの遠くまで見渡せる駐車場に50年前のJAGUARで出かけた。

幸いな事に梅雨明け宣言の前の日で気温も28度位で古い車にとってはラッキー。

もし一日ずれて 今日だったら大変だったかもしれない。



明後日の都知事選挙が終わると8月。

BSの収録や幾つかの取材や先日富士サファリランドに行った日は雨だったのでお天気の良い日にもう1度行 く予定?

本格的な暑い夏になりますが皆様お元気でお過ごし下さい。




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嬉しい近況

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5月13日から16日までモナコで行われたクラシックカーの

F1レース「10e GRAND PRIX DE HISTORIQUE GP」に

30年前からの良き仲間であり親友の小野昌朗さん42年前に

日本人として初めて設計して作ったF1が走った。


結果は40台中予選26位、レースは13位という素晴らしい結果だった。

小野さんは「東京R&D CEO」という忙しい立場にもかかわらず毎年高野山で行われているヴェトロモンターニャや福井のフレンチトーストピクニック等のクラシックカーイベントにも時にはドライバーとしてまた時にはナビゲーターとして

ご一緒してもらっている。

素晴らしい仲間の快挙は嬉しい限りです。



80歳の誕生日、傘寿の会を祝ってもらった時の写真です。

誰かが代表して1枚を撮って皆に送れば良いと思うが、

この日は5人のスマホやカメラでレストランのお姉さんが

ハイチーズの合図で2回、合計10回のチーズで疲れている私の左が

小野さん夫妻。

右の山川健一さんは東北芸術工科大学文芸学科長で教授・小説家・

Rudies Club Bandのヴォーカルとして現役バリバリの働き盛り。

その上はいつも具合が悪くなった時にはお世話になっている浅沼和生先生

ご夫妻、奥様も整形外科のドクター。

その隣は姫路と東京で「デイフリーク」というイベントや広告業をやっている

谷口正吾君ご夫妻。

1日おきくらいに会っていて様々な刺激とニュースを提供してもらっている

河崎君、最近は山川君に代わってパソコンの先生もしてもらっています。

一番左は長い間マネージャーとして事務所や経理全般の面倒を見てもらって

いる新井さん。


この写真を見て今改めて気付いたのは全員が高野山の常連のメンバーで

車の免許証を持つオーナードライバーでした。



30数年前に徳大寺有恒君や日本で初めてバイクの世界チャンピオンになった

片山敬済君、元ベストバイクの編集長の新見久始君、小野さん山川君たちと月に一度位に食事をしながら好きな車の話をする集まりで始まった。

年が経過する度に帰らぬ人になったり元気な人はその世界のトップで活躍中で頻繁には会えなくなっているが、誰かの誕生日には皆で祝いあい素敵な時間を共有している。

嬉しいことに昔は男ばかりの集まりだったのが奥様同伴になり、

独り者の私には普段感じることのない家庭的な雰囲気が少しばかり理解できるようになったことだ。


明日で大好きな5月も終わり梅雨の季節!少しばかり憂鬱。

PS

梅雨と言えば雨、雨と言えば22年間楽しみに参加し続けている

高野山のクラシックカーイベントのヴェトロモンターニャ。

紅葉の一番きれいな時期ということで11月の第一土日に行われているが、

生憎5年連続の雨でオープンカーにはかなりシビアな条件となっている。

スリップする落ち葉、風、寒さ等など危険な事があり過ぎ・・・

世界的な気象の変化でこればかりはどうすることもできないかもしれないが、

どうも以前のように楽しんで走れる自信が持てないので今年は一度パスしようかとも思っている。

車雑誌やその種の媒体のカレンダーにはイベントの告知がある程度載るはずだが何故かヴェトロはお知らせがない。

その為か近畿地方以外では知名度が低く、喜んでナビゲーターを引き受けてくれる人で苦労しているのもパスする要因の一つです。


『仕事は楽しく、遊びは一生懸命に!』

傘寿の叔父さんは今日もそれなりにですが頑張っています。



世界的なメーカーの一つであるフォルクスワーゲンが燃費に関する不正事件で

世界を騒がせたのはまだ記憶に新しい。

トヨタ自動車と毎年販売台数で世界のトップを競っているメーカーが何故そのような

事件を起こしたのか?

私の中では同社だけの問題ではでなくドイツ車全体に疑いを持つ位大きな事件だった。

これはあくまでも私個人の話だが・・・


その記憶も薄れない今、今度は三菱自動車が会社ぐるみで同じ事件を起こした事が発覚した。

1985年世界一過酷と言われた「パリ・ダカールラリー」に挑戦した時のパジェロという車種にも

及んでいる事実は少なくとも個人的にはショックだった。

もう30年も前の話で今では当時苦楽を共にした仲間たちや社員は一人もいないが、

個人的に辛いのは今でも三菱自動車の関係者だと思っている人達がいて、

何処かのショウルームに新車を見に行っても冷やかしに来ただけで結局買うのは

三菱の車でしょうと言われることだ。

まあその位パリダカの印象が強く、人生の8分の1をアフリカで楽しめたのも

パジェロのお陰だったので、今その車が不正事件の一台で評価を受けているのは辛い限りだ。



BS11で放送された「あのスターにもう一度逢いたい」三船敏郎篇を見てくださった皆様

ありがとうございました。

これまで何回か三船さんに関する番組に出演させていただきましたが、

今では三船さんと一緒に仕事をした人達の殆どが亡くなってしまっているので

仕方がありませんが、同じ話がダブってしまったところもありごめんなさい。

そしてエンドロールで三船さんと二人の写真は私がデビュー間もない頃の一枚で

違う人のモノではないかと言われる方もいますが間違いなく私の写真です。


熊本の大きな地震から10日程たちますが、いまだに多くの余震も続き

現地の方々の心労は計り知れないものがあります。

交通機関も大分復旧してきているので、小さな力ですが何かの形で応援したいと

思っている今日この頃です。








天候不順の為か、近所の桜の花もまだ満開とは言えないようです。


今日からは4月・・・というとなぜか新学期が始まる様な気がして

ウキウキ、ドキドキするのは私だけでしょうか?


4月といえばApril Fool

もう何年も忘れていましたが<嘘をついても良い日>とやらで

子供の頃、と言っても50年位前は、誰にどういう嘘をつくか?誰を騙してやろうか等と

真剣に考えていた事を思い出す。しかし本当は嘘をついても良いのは午前中だけで

午後はその嘘のネタばらしをする日らしいです。

そして4月2日はTrue Aprilで真実、つまり本当のことしか言ってはいけない日の様です。


1日早いですがこれは本当の話です。



「あのスターにもう一度逢いたい」三船敏郎篇 4月19日(火) BS11 20:00~20:54


に出演します。

これまでにドキュメンタリー映画(未公開、目下編集中)を含め

尊敬する三船さんの番組には何回か出演していますが、

これまで話したことがないエピソードもいくつか披露していますので

是非見ていただきたい番組です。




話変わって先日某テレビ局からかなり話題になる筈の番組から

出演依頼をいただき熟慮しましたが、自分の演じている姿がイメージできないので

残念ながらお断りいたしました。年を重ねてくるとなかなか映画やテレビに出る機会はなくなってきますが、それだけに出るからには出演してよかったと思える仕事をしたいと

思っています。


春先になると毎年どこか旅に出たくなっていろいろ考えてみますが、

行きたい国はテロや危険が伴うところだったり治安が悪い国であったりで

なかなか決まりません。


昔から飛行機が好きでジェット戦闘機以外の戦中から現在の飛行機まで

T6というプロペラの練習機、その前はモーターグライダーからコンコルド、

残念ながら何年か前に事故で亡くなったロック岩崎さんのアクロバット飛行で

PITTS SPECIALに乗せていただいたこともありました。

まだ水上機だけは乗ったことがないのでモーリシャス島に行けば水上機に乗りたいし

北極の犬ぞりにも乗ってみたい。

昔パリ~ダカールの時に何回も行ったサハラ砂漠のど真ん中の町

トンブクツーにももう一度行ってみたい。

何年か前までは四輪駆動車で、しかも単独ではスタックした時に出られないので

何台かのコンボイでしか行けないところだったが、最近は飛行機で行けるようになったらしい。

最も週1便位しか飛んではいないと思うが。

そのような事を考えていますが、4月5月は色んなイベントに参加する予定があって

少しばかり忙しくなりそうな気配です。


取りあえず、それなりに元気です。










ご無沙汰!近況報告です。

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30数年前車好き、バイク好きの男ばかり数人が集まって月に一度時には二回位『車を肴』に夜の更けるまで語り合っていたメンバーも年を重ねる度に一人減り、二人減り淋しい集まりになってきたが世の中は上手くしたもので男ばかりの集まりに最近はそれぞれ奥様方が参加してくれる様になって又昔の賑やかな集まりになって嬉しい限りだ。先月は私の誕生日が傘寿とやらでそのメンバー達が集まって祝って盛大に祝ってくれた、その時期は雑誌VINTAGE paradiseの取材『3月11日発売』そして一昨年皆に惜しまれつつ亡くなつた仲間が集めた数十台の車達に会いに群馬県の太田市に皆で集まった。きちんと整備された車達だがやはり主人を無くした為だろうかなんとなく躍動感が無く寂しそうに見えたのは私だけだろうか?そして今日は4月に放映される予定の『あのスターにもう一度会いたい。三船敏郎さん』の収録をした、昨年から数回三船さんのドキュメントやテレビの取材を受けた、生前の三船さんを知っている方々がほとんど亡くなってしまった為如何に彼が日本の映画界
の発展に寄与したか!『世界の三船』と言われる様になったか?の一人の語り部として、一人のファンとして出掛けるつもりです。ブログをアップするとすぐにコメントを届けて下さる方々、初めて見てコメントしてくれる方々、そして昔?一緒に仕事をしてくれた人。今も相変わらず『好き勝手』に寅さんの様に毎日を楽しく生きています。縁があつたら又会おう、縁がなければ冥土でだ、昔三船さんと一緒に出演した映『国定忠治』の最後の台詞でした。合掌。
花曇り、三寒四温、一雨毎の暖かさ。この時期は春が来るのを待ちわびる先人達が感じたと思われる素敵な言葉だ。そして三月六日頃は『啓蟄』ケイチツ、土ごもりしていた虫が春の温かさに誘われて這い出してくると云う意味の言葉ではあるがアスファルトとコンクリートに囲まれた現代の都会で生活を余儀なくされている私には子供の頃の野原や土を思い出させるノスタルジックな言葉だ。私自身は全く意識をしている訳ではないが傘寿を迎える前後からだろうか車を運転する機会が妙に少なくなつた様な気がする。勿論一寸した買い物や仕事の打ち合わせ等には自分で運転して出掛けるが、仲間達が集まって食事をする機会や久しぶりに麻雀をやろうとなると必ず誰かが送り迎えをしてくれる様になったのは年を取ったからなのだろうか?自分で出掛けるとなると現代車かクラシック カーで何時も迷うがやはり手の掛かる、少しばかり面倒なほうを選んでしまい、時には失敗してしまう事もあるがこの病はまだまだ続きそうだ。今月は先輩でもあり尊敬する三船敏郎さんに関する番組に
出演します、オンエアは4月になると思いますがこれ迄誰にも話した事もない素顔の三船さんのエピソード等々を話したいと思っています。啓蟄ではありませんが、そろそろ私自身も目を覚まさないと『生き馬の目を抜く』江戸?いやいや東京で現代から取り残されそう!ダウンジャケットを脱ぎ棄て、活動しよう!
第二次世界戦争の戦前、戦中、戦後を生き抜いて本日80歳の誕生日を迎える事が出来ました。昔の人の洒落か言葉の遊びからか数字の『八』と『十』を重ね合わせて『傘寿』の祝いとやらで沢山の仲間や友人達からお祝いの言葉やメールを頂き有り難うございました。当初の予定では50歳迄生きられれば十分だと思っていたので随分無理をしたり乱暴な生き方もしましたがとりあえず30年も余計に生きさせて頂きました。これから先は『生きる事の原点』を根本に、仕事は楽しく、遊びは一生懸命に。の精神で一日、一日を楽しく過ごしてゆく積もりです。これはあくまでも先の夢物語の様な話ですが次に生まれ変わる時も男に生まれ35歳迄はラグビー プレイヤー、その後はピアニストになる予定です。
一月も半ばだと言うのに此処世田谷近辺は家の中にいる限りは小春日和の様な暖かさの日々が続いています。新しく年が変わる度々に一年の計画を立ててはみるものの中々計画通りにはいかないものだが、新年の挨拶やら行事が一段落して、さて今年こそはと思う事は沢山あるものの果たして身体が何処まで耐えられるか?集中力が何処までキープ出来るか?その様な無理難題を自分自身に押し付けたかる様な自分ともっと年相応に楽に生たらどすですか?と言う自分が攻めぎあっている今日この頃です。五十年前に『キングコングの逆襲』と言う映画で宝田明さんと共演していたリンダ ミラーさんが二人でイベントをやる為に久しぶりに来日したのを機会に集まり楽しい時間を過ごせました。昔の仲間達が集まると五十年があっと言う間に過ぎてしまったと思えるが皆がそれなりに高い教養を身につけ思いやりのある人に成長しているのは嬉しい限りだった。今年はとりあえず今の体調を維持して新しい何かに挑戦したいと思っています。今年も宜しくお願いいたします。