少子高齢化、デフレ、右肩さがりの経済、慢性不況、消費税 | ”秋山なお”の美粒ブログ

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 戦争がおわり、昭和30年、40年、高度成長が起きた。梅ちゃん先生の時代設定と重なる。作ればうれた時代。一度失敗しても、経済が回っているから、失敗は取り返せた。次々とお金が回ったからである。そして、上からのお金は、下まで、落ちていった。地方の商店街、飲み屋まで、上流からのお金が浸透した。バブルである。そのバブルは、平成まで続いた。おおくの人がサラリーマンになり、マイホームをもった。戦前までつづいていた家の制度が崩れた。



 経済成長路線である。いいものを世界の隅々まで、売り歩いた。その結果、現地も活気づく。そこも、経済が発達してくる。現地でも生産しようとする。そこで競争が起こる。品質の差がコストの差を吸収した。

MADE IN JAPANとMADE IN KOREAとMADE IN  CHINAとの差があった。パソコンの起動時間が10分と1分の差は、コストでは吸収できない。しかし、1秒と0.1秒の差は、差別化できるものではなくなった。技術的には、大変な差である。しかし、均質化した社会にとっては、意味がなくなった。社会は不可逆性である。人生と同じ、一度、そうなったものは、元にはもどらない。原子炉が破壊して、人類の大半が死滅して、そこから再度、社会が復興するならいい。しかし、それがなければ、昭和というバブルはこない。こんど、何かあれば、復元できないぐらいの破壊が予見される。だから、抑止が働く。



 少子高齢化である。生産性がおちるのは当たり前、戦争がなく、医療が進み、栄養がよくなれば、ますます、少子高齢化はすすむ。民主主義である。時の総理大臣や与党は、選挙で決まる。社会に迎合することはないが、民主主義は、結果的に、社会と迎合することと同義語になる。おおくの人が貧しくなれば、当然に、貧しい人に資本の再分配を施す政策が採用される。日本的には、どうしても互助会的な組織が力をのばす。だから、自動車メーカーは、高級車をつくるよりも、安い大衆車をつくるようになる。



 税金をとらないと、社会政策はできない。少子高齢化時代のお年寄りを守るには、当然にお金がいる。右肩あがりの経済ならいい、しかし、労働人口がへるところに、生産拠点をもたない。いや、もてない。長期スパーンからみれば、右肩さがりになる。慢性不況よりも、膨張した経済を身の丈にあったものに縮小している。リストラはすすむ。空洞化はすすむ。消費税をあげて、社会政策にお金をむける。20%、30%となる可能性がある。



 公務員の賃金も下がる。能力給与や賞罰も導入されるだろう。宇宙が膨張しているように、経済が地球全体を包み込もうとしている。東西の差が消えて、南北の差が消えかかっている。ものすごく豊かな国とものすごく貧しい国があった。それが、均一化する。ものすごく豊かな国は、貧しくなり、ものすごく貧しい国がすこし豊かになる。今は、その過程である。これからは、自分が乗っている飛行機が最終地点まで到着できるとは限らない。途中で、おりて、そこで、燃料がもたないから、何人かは、降りてもらう必要がでてくる。自活できればいい、しかし、自活できるものがなければ、そこでおしまいということになる。自活できる技術や技能を身に着けていた方がいい。