『荷風随筆集(上)』 | 本だけ読んで暮らせたら

『荷風随筆集(上)』


『荷風随筆集 (上) 日和下駄』 永井荷風/著、 野口富士男/編、 岩波文庫(1986)


荷風随筆集は上下2巻。この上巻は東京という都市(論)を描いたエッセイの集まり。

明治から昭和30年代までの東京の移り変わりの様が描かれている。


父親が実業家で金持ちだったからだろう。明治の世にあって、若き荷風は自費でアメリカとヨーロッパに行っている。

当時、外国に行くことのできたのは政府関係者や官費留学生など、使命を持って(持たされて)いた人がほとんどであったことだろう。そんな時代にあって、比較的自由気ままに外国の世情や文化を体験した人間は稀であったろうと思う。


西洋の文化・文明に触れ、それを称賛する荷風。

一方、明治文明開化によって江戸期の街並み・様相が大きく変貌してゆく(西洋化する)東京を、そして、その東京を変えようとする人情を嘆く荷風。

西洋の真似をしようとしても、しきれるものではない。風土や歴史などに依存せざるを得ない。そのことを良く判っていた荷風。

それでも、東京下町の裏道や横道に、人々の何気ない所作や言動に、未だ残る江戸文化・風情の残影を愛でる荷風。

社会や文明に対する諦念と、文化や芸術に対する気概。乾いていながら憂う気持ち。何事にも背反する二重性を持つ人格であったように思える。

そして、何故だかは良く判らないが、この作品だけに限らないが、いくつかの小説・随筆を読んでみると、荷風さん自身にハードボイルドっ気を感じる。



そしてそして、なにはともあれ、この文庫を持って東京散歩に行ってみたくなる。荷風さんの時代の東京と今の東京を比べてみたくなる。


読者にいろんな感情を表出させてくれるいい作品だなァ、としみじみ思う。

お薦めです。