デフレのコスト、ケインズ政策、人口的影響 (寄稿コラム) | 批判的頭脳

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昨今において、インフレの害を強調する一方で、デフレの害を軽視する向きは後を絶たない。

理論経済学の枠組みでは、フリードマン・ルール(名目金利がゼロであり、正の経済成長≒正の実質金利がデフレを伴うルール)が最適になるということもあり、経済学者ではデフレの害を確信していない人が多い。

とはいえ、実証レベルでは、デフレが経済厚生上良い証拠はなかなか無いので、政策提案レベルではどの経済学者もデフレを推したりすることはあまりない。


しかし最近、BISの論文で、「戦後はデフレによる成長低下効果が弱い」と主張するものが表れた。

Claudio Borioの"The costs of deflations: a historical perspective"という論文である。

この論文では、期間を分離し、インフレにおける一人当たりGDP成長率と、デフレにおける一人当たりGDP成長率を比較する手法を取っている。

すると、戦前では(ビクトリア均衡を除く)多くの期間でデフレによる成長低下が観察される一方で、戦後長い期間でデフレによる成長低下効果は顕示的でなくなっている。

なぜこうしたデータが得られたのだろうか?

一つは、成長低下を伴うインフレが戦後に多くの国で見られたことが挙げられよう。いわゆるスタグフレーションである。
これはサプライショックによって起こる特殊なインフレであり、総需要刺激が齎すデマンドプルインフレーションと十把一絡げに扱うのは少々無理がある。

もう一つは、デフレによる成長低下影響を相殺するような政策的機構が戦後整備されたことによる影響が考えられる。
戦前では、政府の相対的規模は現在より極めて小さく、またケインズ的総需要調整はまったく政策の主流ではなかった。
したがって、経済の総需要水準は、民間投資がほとんど左右しており、民間投資はデフレで弱まり、インフレで強まる大傾向を持っていたから、デフレ・インフレによる成長変化が素直に観測された。


しかし、戦後になり、インフレ・デフレに左右されない政府支出の規模が相対的に高まったのに加え、ケインズ的財政的総需要調整機構が主流になるにあたって、民間投資が総需要に与える影響は相対的に弱まった。
つまり、デフレ→民間投資弱化→総需要不足という経路が、財政赤字によってある程度相殺されるようになったのである。

上記二つの要素は、戦後においてデフレのコスト(インフレの効用)がデータ上で弱まったことを説明できる。


また、分析それ自体の問題もある。

分析では、per capita(一人当たり)のGDPを評価している。しかし、成長低下的影響は、一人当たりGDPの低下ではなく、人口減少で解消される可能性がある。

例えば、所得低下が自殺や出生低下を起こし、人口増加が抑制される場合、一人当たりGDP低下も抑制されるが、それは所得低下の影響が人口増加率減少として消化されたに過ぎない。

実際、大恐慌に前後して、出生数は大きく低下している。(参考:http://www.rice.or.jp/archive/pdf/2004/population-increase.pdf


……デフレの害が小さく見えるとき、デフレの害を弱めてくれた構造の可能性や、データの性質的にデフレの害が過小評価されている可能性などを考慮してみることは重要だろう。




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